第5話 森の中の小屋
歩を進める内に、となりで桃色のくちびるが開いた。
「ねぇ解代くん、お兄さんについて聞かせてくれない?」
「気になるのか?」
「うん。先代の首席だったんでしょう? 何か参考になればと思って」
なまけ者に負けるのがくやしい。次席は中庭でそう告げていた。先代首席の話を聞いて自らの糧とする腹づもりに違いない。
一生懸命だなと心の内で賞賛する。
今でこそ俺はサボり魔だけど、以前はそれなりに訓練をがんばっていた。
今でもふて寝するよりは技術をみがいた方が生産的だと思っている。性根が少々ひん曲がって、必要以上にはやる気にならないだけだ。
かつての自分の幻影と生真面目な少女の姿が重なる。
彼女がこれからどんな未来を歩むのか、俺は純粋に気になった。
「いいよ。何から聞きたい?」
「解代くんのお兄さんがどんな人だったのか教えて」
「簡単に言えば喧嘩っ早い人だった。同僚相手によく取っ組み合いをしていたよ」
「気が短かったってこと?」
「気が短いというよりは、曲がったことが嫌いだったんだろうな。いじめの現場を見つけたらすぐ殴り込むような奴だった。タチが悪いことに後先を考えないんだ。カツアゲから助けた被害者に昼飯代をねだったし、勘違いだった時は陽気に笑って許せとか言ってた」
「え、エネルギッシュな人だったのね……」
次席が苦々しく頬を引きつらせる。
弟の俺自身、ユウヤは過激な人物だったと認識している。
魅力的な面はあった一方で万人によく思われるタイプではなかった。次席の口から悪口が出ないだけマシだ。
「とにかく活力は人一倍ある人だった。視点も独特でな。相手は機械軍なのに、敵になり得るのは機械だけじゃないってことで喧嘩のやり方も教え込まれた」
「解代くんは喧嘩強いの?」
「さぁ? 最近はなぐり合ってないから分からないな。兄の形見みたいなものだし、たまに鏡の前でフォームの確認はしてるけど」
フォームの確認とは言っても喧嘩は基本何でもありだ。
不意打ち上等、地面に石ころがあれば投げる。お世辞にも褒められたものじゃない。披露する機会が来ないならそれが一番だ。
「暴力的な人に聞こえるけど、それだけじゃないんだよね?」
「どうしてそう思うんだ?」
「解代くんが楽しそうに話してるから。お兄さんのこと、尊敬してたんだね」
整った顔立ちがふっとほころんだ。
優しげな微笑みを見ていられずに目を逸らす。
「尊敬ってほど敬ってなかったけどな」
「本当に?」
「本当だって。でも、たまにハッとするようなことを言ってたな」
「例えば?」
「色々あるけど印象的なのはこれだな。戦争は俺たちの代じゃ終わらない。技術でも何でもいい、後に継なげ。突然そんなことを言い出したから当時は戸惑ったけど、たまに考えるんだよ。ユウヤは自分の死期を悟ってたんじゃないかって」
「死期を悟るって、まるで小説に出てくる英雄だね」
「実際英雄みたいなものだったよ。色んな人に慕われてたし」
でもろくでなしだ。名言よりも迷言の方が圧倒的に多い。
俺は口を突きかけたその言葉を呑み込む。
玖城さんにはユウヤを誤解されたくない。不思議とそう思った。
「そっか。何だか安心したよ」
「何で?」
「解代くんがワルにあこがれてるのかと思ってたから」
「俺のどこら辺にそんな要素があったんだ?」
「こうして普通に会話できるのにいつも独りでいるからだよ。何かを仕出かして敬遠されてるのかと思っちゃった」
するどい。
そう思ったのもつかの間、俺は表情に笑みを貼り付ける。
結論から言って玖城さんの予想は外れている。
かといって的外れでもない。それを指摘するには、玖城さんはまだまだ他人というだけだ。
「話は以上だ。兄の話は君の役に立ったか?」
玖城さんが目をしばたかせる。
「役に立つって、何の話?」
「兄が先代の首席だから気になったんだろう? 成績向上に役立つ情報が欲しかったんじゃないのか?」
「ううん、単純に気になっただけ」
「そうなのか。存外に物好きだな」
俺は森の景色を一瞥して腕を上げた。
「この辺りで二手に分かれよう。俺はこっちを捜索する。玖城さんはあっちをお願いできるか?」
「いいよ。定期連絡は十分置きでいい?」
「ああ。何かあった場合の合流地点はここだ」
「了解。気を付けてね」
「玖城さんもな」
同僚と散開して一人進む。
見渡す限り樹木、樹木、樹木。人の手が入っていない道はでこぼこだ。歩き慣れていても気を抜くと転びそうになる。
未開の地は資源の宝庫だ。人が踏み入らないだけじゃない。噴火などの地形変動でレアメタルが採掘されやすい。
戦争は資源を消費する。どこの国も大量に輸出する余力はない。自給自足こそが重要であり、人も機械も暇さえあれば開拓を進める。
今回もその一環だ。
対象範囲は広くないが人員は二人。トロトロやっていては日が暮れる。
地形を電子マップと照らし合わせてマッピング作業に手を付けた。見覚えのない虫や植物を見つけては検索し、データとして保管する。時折玖城さんと定時連絡をはさんで情報をやりくりする。
足を止めて目をしばたかせる。
ちょっとした広場に木製の小屋が鎮座している。建てられてから日が浅いのか、小屋の外観はこれっぼっちも朽ちていない。
活力あふれる林の中でポツンと建つさまは、この場が世界から取り残されているかのように映る。
「何でこんな所に小屋があるんだ?」
疑問の声が森の静寂に溶ける。
雨風をしのげる無人兵器に小屋はいらない。倉庫代わりにしても作りがお粗末だ。最近まで人がいた痕跡と考えるのが自然だろう。
単に迷い込んだだけの市民? レアメタル目的の窃盗団?
現時点では判別できない。俺はイヤホン型デバイスに腕を伸ばす。
「こちらマント1、小屋を見つけた。座標を送るから合流しよう」
「了解」
腕時計型デバイスの画面をタップしてペアの少女に小屋の座標を送る。
もし一般人なら迷わず保護を求めればいい。そうせずに未開拓の地で小屋を建てた辺り、相応の後ろめたい理由があると推測される。
人類領を追放された犯罪者かもしれない。一人で突入するのは危険だ。
「お待たせ」
玖城さんが小さな声で存在を主張した。
「中に人がいるかどうかは分からないけど一応警戒しよう。以降安全が確認できるまではハンドサインで意思疎通する」
「了解」
俺はハンドガンを構えて足を前に出した。玖城さんと小屋をはさんで展開し、背中を壁に沿わせて移動する。
ドアのそばでハンドサインを送り、俺が先に突入する旨を伝える。
細い首のうなずきを得て小屋に靴先を入れた。銃口でバッと室内を薙ぐ。
人影は、ない。木製の床に最小限の家具が散在している。
家具というよりは小物と評するべきだろうか。ごみ箱やバッグなど携帯性に優れる物品が目立つ。
――向こうにドアがある。中を確認しよう。
ハンドサインで伝えて歩を進めた。玖城さんとドアをはさんで再度突入。銃を構えて部屋の内部をあらためる。
床に動物を模したぬいぐるみが転がっている。まるで子供部屋の様相だ。
その内装にふさわしく、ベッドの上に小さな人影があった。