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第26話 選択肢


「ここまで言ったけど、俺の話は全部推測だ。本当かもしれないし、間違っているかもしれない。だから真実を知るためにも裏を取ろうと思う」

「あてはあるの?」

「ある。図書室だよ。時間を潰すのに最適だから通ってたんだけど、そこで閲覧制限のあるデータを見たことがある。真相に繋がる情報が保管されているかもしれない」

「閲覧制限なんてどうやって突破するの?」

「マントの特権を使う」


 ミカナが目を丸くする。


「えっと……さすがに、そんなもので突破できるとは思えないんだけど」

「俺も望みは薄いと思うよ。でも考えてみれば、特権システムの詳細は俺達には明かされていない。ミカナも、我がままを実現できる権利としか認識してないんじゃないか?」


 少し考えればおかしいと気付けたはずなのだ。規則に厳しい軍事組織が、サンタよろしく願いを何でも叶えるプレゼントを用意するわけがない。


 そういった意味でも俺達は子供だった。


 子供は誕生日に世界の入手を願わない。世界を手に入れればゲームやおもちゃなんていくらでも手に入るのに、子供が欲するのはいつも手頃なおもちゃだ。


 子供がおもちゃを欲する理由は一つ、知らないからだ。世界征服を為せばおもちゃが手に入るなんて、誰も教えてくれないからだ。世界征服を実行できるかどうかはともかく、知らない物を欲することは賢者にもできない。


 必要以上に想像力を働かせない。そういうふうに教育されてきた俺達には、マントの詳細を問う発想ができなかった。手記を拾わなければ、今もマントをただの便利な道具と認識していただろう。


「相手が機械である以上、権限には明確な線引きがあるはずだ。もし特権行使の仕組みが、マント所持者の権限レベルを一時的に上げるものなら、俺にもデータの閲覧許可が出たっておかしくない」


 ミカナが形のいい眉を寄せる。


「それってかなり危ないよね? 閲覧履歴から足がつくんじゃない?」

「そうだな、発覚のリスクは伴う。目論見がばれたら機械は俺を生かしておかないだろう。そうなったら君は知らぬ存ぜぬを突き通してくれ」

「そんな⁉ できないよそんなこと! その時は一緒に逃げようよ!」

「それが難しいのは分かってるはずだ」

「せめてもっと安全な方法を探そう? 早急に決めることじゃないよ」


 俺は首を左右に往復させる。


「いや、おそらく俺達には時間がない」


 華奢な姿が視界の隅に消える。

 俺は足を止めて振り返る。


「時間がないって、どういうこと?」


 声が弱々しい。聞くのが怖いと告げているような声色だ。


 ここで伏せてもお互いのためにならない。

 だったら話す。困ったら相談。抱え込んですれ違うのは、もう御免だ。


「手記の記述で気になることがあった。友好派の投入とクーデターの示唆だ。人類軍は過激な方向に舵を切ろうとしてる。いや、すでに舵を切った後かもしれない。俺達への手加減を止めるのも時間の問題だ」

「彼らは手加減していたって言うの?」

「ああ。少なくとも俺達は大人と撃ち合ったことがない。おかしいじゃないか。手記を見た限り、生身の大人も銃を手に取ってるのに。きっと別の戦場でドンパチやってるんだ。そこが本当の最前線なんだよ」

「私達はぬるま湯に浸かってたってことなのね」


 ミカナが指をぎゅっと丸める。悔しいのだろう。その気持ちは俺にも分かる。


 実力で首席をもぎ取ったと思っていた。十全の敵を葬ってきた誇りがあった。

 それなのに、敵は手足を縛られた状態だったという。優秀者を誇示するマントも、今や道化どうけの象徴にしか見えない。


「俺達は先日拠点を奪取した。人類軍が危機感を募らせて、強力な兵器を持ち出してもおかしくない。俺達の装備じゃ迎え撃つにも限界がある」


 ミカナが足元に視線を落とす。


「私達、見捨てられちゃうのかな」

「十中八九そうなるだろうな。人類軍の敗北は人類の絶滅と同義だ。俺達が切り捨てられる時はいずれ必ずやってくる。機械にとっても、俺達は反乱因子を兼ね備えたじゃじゃ馬だ。完全勝利した暁には皆殺しにされるだろう」


 小さな顔が青ざめる。細い両腕が自身の体を抱いた。

 俺は歩み寄って恋人の体を優しく抱き締める。腕から伝わる震えが鳴りを潜め、華奢な体がそっと離れる。


「落ち着いたか?」

「うん。ありがとう、ジンくん」


 端正な顔に微笑が戻る。

 大丈夫と信じて話を再開する。


「ここからは先のことを話そう。俺達には選択肢が二つある。一つは現状の維持だ。手記を見なかったことにして今まで通りに暮らす」

「それって、近い将来戦死するってことだよね?」

「否定はしない。その代わり、しばらくはツムギと三人の時間を堪能できる。もしかしたら全部杞憂ってこともあり得るしな」


 杞憂に終わるなら、それが一番なのは言うまでもない。人類軍に属する兵士として戦い、ミカナやツムギと生きていく。それができたらどれだけ幸せだろう。その夢に浸るには、いささか否定材料が揃いすぎているが。


「もう一つは?」

「消されるリスクを承知で動く。可能ならここを脱出して人類軍に保護してもらう。言うまでもないけど成功率は絶望的だ。人類軍の拠点がどこにあるか分からないし、途中で捕まれば拷問か銃殺刑が待ってる。それは大人に保護された後も変わらない。恨みを持つ連中の手でリンチにかけられるかもしれない」

「でも、生き残れる可能性はある」

「そういうことだ」


 手記には、子供を守りたい一心で声を上げる団体の存在が記されていた。人類領には味方もいる。可能性はゼロじゃない。


 ミカナが空を仰ぐ。


 短い平穏と破滅。脱柵のリスクと未来への希望。恋人の中では、両者を乗せた天秤が激しく揺れ動いていることだろう。


 ミカナがまぶたを閉じ、意を決したようにあごを引く。


「私は決めたよ。ジンくんはどうする?」

「リスクを踏まえて動く。今の暮らしは気に入っているけど、それじゃ満足できない。俺は三人でその先を見てみたい」

「私も同じだよ。ジンくんと、ツムギちゃんと、三人で未来に歩いていきたいから」

「決まりだな」


 ここに見解は一致した。


 プランテーションを脱出するのは俺、ミカナ、ツムギの三人。同僚を説得する時間はない。俺達もいまだ半信半疑なんだ。裏切り発覚のリスクを冒して説き伏せる義理もない。


 俺達はジョギングを切り上げる。確固たる決意を胸に抱き、自室への道のりをたどる。

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