第23話 手記
俺は軍用車両に乗り込む。
例のごとく車両には窓がない。視界が歳の近い少年少女で埋められ、無機質さと陰鬱さ漂う空間が醸し出される。
同僚の身を包むのは、規格化された戦闘服や防寒用のマントだ。銃を手に緊張で固まるさまは錆び付いたロボットを思わせる。
俺に友人はいない。視界をまぶたで閉ざし、黙って時が過ぎるのを待つ。
何分か、何十分後か。車体が微かな揺れの後に停止する。ドアがスライドし、車内に濃厚な土と草木の芳香がぶわっとなだれ込む。
俺は外の土に靴裏を付け、デバイスに送られたマップを頼りに行進する。
行うべきは敵拠点の制圧。押されるばかりだった戦況が変わり、人類軍は攻勢に転じた。奪われた拠点を奪還する時がついに来たのだ。
俺は部下を連れて戦場に踏み入る。
連絡にあった通り銃撃戦が始まっていた。乾いた破裂音や爆音が伝播し、人工的な騒々しさが大気を振動させる。
相手は機械軍。人の姿形をしていないし、少年兵は戦闘服を着こんでいる。敵味方の区別は容易だ。
無人兵器を見つけてトリガーに指を掛ける。標的は銃弾やロケット弾を発射するタイプばかりだ。いずれも交戦したことがある。
狙うべき弱点は変わらない。比較的もろい結合箇所に弾を集めて無人兵器に煙を噴かせる。誤射を避けるべく、味方の位置を常に把握しながら展開する。
戦地を駆け回ること数十分。無人兵器が劣勢を悟って後退する。
勝ち鬨が上がった。耳に装着したデバイスから上官の声がもれる。
「諸君、拠点制圧ご苦労である。そこには何かしらの物資があるはずだ。本部への土産として可能な限り回収してもらいたい」
「了解。これから物資の回収にあたります」
俺は部下に物資の回収を命じて地面に新たな靴跡を刻む。
情報のやり取りはネットワーク上で行われる。手紙や伝書バトと異なり、ほぼタイムラグなしに情報を交換できる。利便性はダントツな一方で、通信傍受やクラッキングの危険がある。人工知能が相手ではハイリスクハイリターンな手法だ。
その対処策として、間にアナログを混ぜる手法が用いられる。情報が届くまで時間を要するが、致命的な情報流出は避けられる。急を要さない場合は書類を使うことも珍しくない。
そんなアナログの欠点は、形として存在することに尽きる。
手紙にしろ伝書バトにしろ、知らせる手法は何かに記した文字だ。敵に奪取されると作戦が筒抜けになる。作戦を立案する参謀本部にとっては最高のお土産だ。
「ジンくん」
「ん?」
作業の手を止めて振り向く。
恋人が手を振っていた。口角を上げて体の正面を向ける。
「怪我はなかったみたいだな。よかった」
「ジンくんも大丈夫そうだね」
「戦い慣れたタイプばかりだったからな。一緒に作業しないか?」
「いいよ。あっちに大きめのテントがあるし、中を見てみない?」
ミカナの視線を目で追う。大きな深緑のテントが立っていた。
「テントか、何か隠れているかもしれないな。残弾数を確認してから入ろう」
「了解」
ミカナと互いの残弾数を確認してテントの入り口前に立つ。
垂れ幕でテント内部が見えない。敵が潜んでいることを仮定して、注意を引くために石ころを投げ入れる。
一拍遅れて内部に踏み込む。石が転がった逆方向に展開し、銃口でテント内部を薙ぐ。
敵兵器は見られない。テーブルとチェアが並ぶだけだ。天板の上には書類が散らばっている。テーブルの利用者が慌てて逃げ出したことがうかがえた。
テント内を視界に収めながら背後の垂れ幕に左手を入れる。外で待機させたミカナへ向けてクイクイッと手招きする。
ミカナがテント内に靴裏を付ける。
「見たところ安全そうだね」
「まだ分からない。物陰も確認するまで気を抜かずにいこう」
無人兵器はともかく、人間は死んだらそれまでだ。
以前なら仕方ないで済ませたが、これからはそうもいかない。リスク管理を怠って何かがあったら一生後悔する。
気を抜かずに物陰を一つ一つ改める。
全ての暗所を暴き、二人でほっと息を突く。
俺は元来た道を戻ってしゃがむ。
「どうしたの? 急にしゃがんだりして」
「ここに掘り返した跡があるんだ」
ポーチからスコップを引き抜き、先端を土に差し込む。土を持ち上げた感触は軽い。一度掘り起こされた証明だ。
「何か埋まってるのかな?」
「おそらくな。一応離れてくれ、ブービートラップがあるかもしれない」
「それだとジンくんも危険じゃない」
「一緒に怪我をするよりはマシだ。二人とも負傷したら助けを呼べないだろう?」
ミカナが渋々首を縦に振る。
「分かった、隅っこで見てるよ。危ないと思ったら私に構わず逃げてね?」
「その時はミカナを抱っこして逃げるよ」
慎重に土を掘り進める。
現代は武器だけでなく医療も発達している。医療用ナノマシンがあれば大怪我程度なら生き残れる。性能が性能だけに高価な一品。医療班が所持していることを祈るのみだ。
「お」
先端に硬質な感触があった。俺は一度スコップを引き、深い角度で突き入れて掬い上げる。
土に混じって透明な袋が持ち上がった。中には棒状の物体が入っている。
「ボールペンか? こりゃまたアナログな」
呆れ混じりに袋の口を開けて手の平に乗せる。
違和感を覚えて眉をひそめる。
「重いな」
ボールペンにしては重量がある。手でいじると先端のキャップが開いた。
否、それは蓋だった。長方形の端子が顔をのぞかせる。
「これ、USBメモリだ」
「ボールペンの形なのに?」
靴音が近付く。俺はミカナにも見えやすいようにメモリを傾ける。
「考えられるとすれば偽造だな。持ち帰らずに埋めたあたり、誰かに渡そうとしたんじゃないか?」
「誰かって、誰に?」
「それは分からないけど、何か重要なデータが入ってるのかも……ん?」
視界の隅に長方形が映った。俺は腕を伸ばし、テーブルの下にある長方形を手元に引き寄せる。
日記帳だ。冊子が暗褐色のカバーに覆われている。コーヒーでもこぼしたのか、所々が滲んでボロボロになっている。
「この汚れ、血か?」
目を凝らして冊子のカバーを観察する。
血液は時間が経つと酸化して茶色になる。血の付いた手で記した際に付着した可能性はあるが、そうなると一つの矛盾が生じる。
「その日記帳は機械軍の物でしょう? 何かの油じゃない?」
「機械が日記帳に書いたってのがピンと来ないんだよな」
機械は情報をデータという形で保存できる。日記なんて、内蔵されたアプリに書き込めば事足りる。
紙を戦場に持ち込むほど手記という形に入れ込んでいる。そんな人物が日記帳を滲みだらけにするとは思えない。管理体制がずさんなのは不自然だ。
「人を殺して奪った可能性はないかな?」
「ないんじゃないか? 不都合なことが記されているなら燃やせばいいだけだ。取り敢えず中を見てみよう」
「悪趣味じゃない?」
「俺もそう思うけど、ダイイングメッセージが記されているかもしれない。機械軍の機密が書き留められた可能性もある。見て損はないだろう?」
「確かに、そういう考え方もあるけど」
俺は日記のページに手をかける。
何となく、手を止める。
「……読まないの?」
「い、いや、読むよ」
手元に向き直る。
手の内にあるのはただの日記帳。意思を持たないそれが、俺に読まれることを拒絶しているような気がした。
「……よし」
意を決して日記帳を開く。