第7話『転入テスト』
ビリーマン教授は、ジャンが舞台に上がるのを見届けると、ベルトポーチから何やら機械を取り出した。
スイッチと言うのか、ボタンと言うのかは分からないけれど、縦長の板にいくつかの小さな突起物がついているようだ。
「準備はいいな、ジャンくん。それでは早速始めよう!」
「ええ、いつでもどうぞ!」
すると、舞台の四方と上方を囲むように、箱型の光の壁が現れた。
どうやらビリーマン教授が機械で何か操作をしているらしい。
私にはそれだけでも十分に驚きだったが、まだ準備は完了していないようだった。
次に舞台を取り囲んでいる映写機のような機械が動き出す。
その4つの機械がそれぞれ中央に向けて、光を発した。
やがてその光は寄り集まって形作られていき、巨大な生物の姿を映し出した。
それはまるで牛のような角を生やしているが、眼光は妖しく光り、歯茎をむき出しにした四足歩行の生物だった。
その筋肉質な身体についた尻尾は細く垂れ下がり、鞭のようにしなっている。
あの不気味な生物は一体……!?
「あれってあれって、魔物!? ジャンくんが危ないよ!」
「ふーむ、これは牛型の魔物か……。このまま闘牛でも始めたい気分になるね」
心配するペチュをよそに、当の本人は至って冷静だった。
あんな巨体に突撃されれば、彼だってひとたまりもないだろうに。
「安心したまえ! これはあくまでホログラムだ。
かつてこの世界には、魔物と呼ばれる生物がいたことは君たちも知っているな!?
この舞台に仕掛けられた装置により、その姿を映像として再現しているのだ。
ただし、映像とは言っても、実際に触ったような感触はある。
つまり、これにより、実戦的な魔導のトレーニングができるのだよ!」
ビリーマン教授の説明に、私は率直な疑問を呈した。
「でも、感触があるってことは、怪我をするかもしれないってことじゃ……?」
「その点も心配無用だ。この舞台の結界内では衝撃は和らげられる。
さらに、結界は内外の接触や貫通も防ぐことができる。
舞台の上で思いっ切り暴れ回っても大丈夫なようにな。魔法を撃っても結界でかき消されるのだ。
つまりよほどのことがなければ、誰も怪我をすることはないという画期的な発明なのだよ!」
『よほどのことがなければ』という前置きは気になるけれど、とにかくすごい発明のようだ。
近頃中央では、このような機械が発達しているとは聞いていたけれど、この辺境の地でも活かされているのか……。
「説明はこれくらいでいいでしょう、ブラザー?
僕もホログラムと戦うのは初めてじゃないんでね。さっさと始めてくれたまえよ!」
ジャンがそう言うと、ビリーマン教授は「うむ」と大きく頷いた。
そして、機械につけられた突起物のひとつを押した。
次の瞬間、ホログラムの魔物がジャンに向かって歩き始める。
本当に生きているとしか思えない迫力だ。
「それでは君の魔導の力で、そいつを倒すのだ! 健闘を祈る!」
「ああ!」
その掛け声とともに、ジャンもまた魔物に向かって突撃していった。
私だったら、遠く離れた位置から魔法の一撃を放つところだけど、彼は一体どうするつもりなのだろう。
そう思った瞬間、彼の右の手のひらにもまた、光が吸い寄せられていき、やがてそれは剣になった。
「あれはあれは、魔導剣……?」
「知っているの、ペチュ?」
「え……? むしろむしろフローちゃん、知らないの……?」
そう言われても私は気付いたときには魔法が使えていたから、魔導の勉強なんてする機会がなかったのだ。
……なんて答えたら、ちょっと嫌味かな。私が返答に困っていると、ビリーマン教授が教えてくれた。
「見ての通りだが、魔導剣とは自身の魔力を剣のような武器に変換する力のことだ。
便宜上"剣"とは言っているが、槍状の武器や弓矢などにもすることができる。
出したり消したりが自在なこと、形状を自由に変化させられることなどが実際の武器と比べて有利な点だ」
なるほど……、つまり切れ味が必要なら剣を、リーチの長さが必要なら槍をといった風に武器の使い分けができるのか。
相手に有効な武器を選ぶというだけではなく、戦況に応じて武器の切り替えもできるのだろう。
「……………………!!」
魔物は無言のまま(――というか喋れないのかな?)、ジャンに突撃をしていく。
互いに突っ込んでいく展開となり、その距離はわずか2メートルほどにまで迫ろうとしていた。
「ジャン!」
私の叫びが彼の耳に届いたかは分からない。だけど、その瞬間、彼はふっと笑ったような気がした。
それと同時に彼はひらりと身をかわし、魔物の横をすり抜けた。――閃光とともに。
その一閃は魔物の横腹を引き裂いていた。ジャンは突撃をかわすとともに、魔導剣で魔物に攻撃を仕掛けたのだ。
魔物の身体はあくまで映像のはずだけれど、その傷ははっきりと残っており生々しかった。
しかし、魔物はまだ倒れない。旋回とともに再びジャンに突撃を仕掛けた。
ジャンはまだ、魔物に背中を向けたままだった。もし、その隙を狙われれば……!
「うしろうしろ! ジャンくん、気を付けて!」
ペチュの声を受けても、彼は動かなかった。まさか今の一撃で力を使い果たして動けないのか?
私がそんな不安に駆られたとき、魔物の巨体が彼の背中に迫っていた。
私は力を込めて再び叫ぶ。
「ジャン!!」
次の瞬間、彼はその向きのまま、背後に飛んだ。背面飛びだ。
そうして突撃をかわすと、空中でくるりと回って、魔物の背後を取った。
「さあ、牛くん。これでとどめだよ!」
彼はそう叫んだかと思うと、魔導剣を魔物のおしりに突き立てた。
あくまで映像だが、魔物はその痛みに悶え苦しんでいるように見えた。
それと同時に、剣の刃が伸びていき、魔物の口からその切っ先が現れる。
――まさに串刺しだ。魔物は倒れることすら許されず、そのまま光の粒子となって消えていった。
ジャンは見事にホログラムの魔物を打ち倒したのだ。
「うむ、素晴らしい! ジャンくん、君は特進科に行きたまえ!」
「ふっ、当然の結果だよ」
ビリーマン教授の賞賛に、ジャンは髪を整えながらなんでもないことかのように答えた。
これがホログラムでのトレーニング、そしてジャンの"魔導"の力……。
どちらも目を瞠るほどに圧倒される光景だった。
「なんだか映画を観たような気分ね、ペチュ」
「…………」
「ペチュ?」
「あ、うん! そうだねそうだね……」
ペチュは何故だか浮かない顔をしていた。
きっとこのあと自分も同じテストを受けることに不安を感じているのだろう。
「大丈夫よ、ペチュ。あなただって、魔法の特訓を積んできたんでしょう?
ただその力をそのまま発揮すればいいのよ」
「うん……」
私が頭を撫でると、彼女は少し落ち着きを取り戻してくれたようだった。
と、そのとき、
「どうだい、ハニーたち! 僕の雄姿を見ていたかい!?
かっこよかっただろう!?」
舞台から降りてきたジャンが大袈裟な身振り手振りとともに、私たちにそう問いかけた。
「ええ、かっこよかったわよ」
それは私の素直な感想だった。
「うむ、ジャンくんはよくやったな!
それでは次はどちらが行く? ……どうだ、いけるか、ペチュくん?」
「……あ、ええっと、ええっと」
「私が行きます、ビリーマン教授」
ペチュはまだ本調子じゃない。先に私が見本を見せて、その不安を完全に取り除いてあげなくっちゃ。
私はそう思い、自ら立候補して舞台に上がった。
……その先に一体何が待ち受けているのかも知らずに。