第6話『ジャンの学園案内』
正門を抜けて少し歩くと、そこにはマダムの彫像があった。
それは道の真ん中に建てられており、まるで私たちを見下ろしているようだった。
「あのマダムの彫像はなんなのかしら?」
私の疑問にジャンが答える。
「あれはここの学園長、ローズマリー・ヴィオードの像だね」
「へえ、ここの学園長は女性なのね」
珍しいことでもないのだろうけど、少し意外だった。
そんなことを話しながら、こうして学園の中を実際に歩いてみると、かなり入り組んでいることが分かる。
どうにも似たような建物がいくつもあるうえに、曲がり角も多いし、案内がなければ迷子になっていたに違いない。
「随分と複雑な道ね」
「だよねだよね、なんだか迷路みたいだよ」
ペチュがそんな感想を抱くのも無理はない。
だけど、これは迷路と言うより砦の構造じゃないかしら。
まるで外部からの侵入者を防ぐために、あえて入り組んだ道にしている、――そんな印象を受けた。
ジャンは私たちを先導しながら説明してくれた。
「いいところに気付いたね、ハニーたち。
ここは学園としてだけじゃなく、研究所としての機能もあるからね。
もしものことを考えて、防衛施設にもなるような構造になっているらしいよ」
「つまり、その研究を妨害しようとする輩がいるということ?」
「あるいは、研究内容を奪い去ろうとする者たちだね」
物騒な話ね。この平和な王国でそんな乱暴者がいるなんて、……そう言えば山賊はいたわね。
まあ警戒するに越したことはないのだろう。
「ジャンはこの学園について詳しいのね。ただの生徒なんでしょう?」
「おや、気になるかい? まあ僕には僕の事情があるのさ。
それはまた別の機会に話すよ。
だから、今度ゆっくりお茶でもどうだい?」
「あら、ナンパがお上手ね」
確かに顔はちょっとかっこいいけど、一体これで何人の女性を落としてきたのかしら。
と、そこにペチュが目を「><」にして割って入ってきた。
「駄目駄目ー! フローちゃんは渡さないんだから!」
それをジャンは笑い飛ばす。
「はっはっは、安心したまえよ、つや肌ハニー。
僕には婚約者がいるからね。いくら美しいハニーだからと言っても、浮気をするつもりはないよ」
「そ、そうなのそうなの?」
婚約者ねえ……。ジャンもどこかの貴族か富豪の子息なのかしら。
というか、こんな高そうなタキシードを着てる庶民はいないか。
ジャンの素性も気になるけれど、詳しく聞いている時間はなさそうだった。
「さて、到着だ。ここの最上階が会場だよ」
会場……? 寮に着いたのだと思ったけれど、案内されたのは校舎だった。
「あの……、私たち寮に行きたかったのだけど」
「あれ、そうだったのかい? 僕はてっきり転入テストを受けるものかと」
「転入テスト……?」
ペチュが目を丸くして驚いている。私もそんなテストがあるだなんて初耳だ。
転入手続きはすでに済んでいるはずだけれど、まさかテストに不合格だったら玄関払いなのだろうか。
「まあ、せっかくだからついてきなよ、ハニーたち」
ともかく私たちは、そのままジャンの案内に従って、試験会場だという部屋に入った。
とりあえず荷物を置いて服を着替えたかったのだけど、仕方がない。
テストだなんて気にしないわけにはいかない話だったからだ。
「失礼するよ」
ジャンが挨拶をすると、中にいた男の人が腕組みをしながら振り返った。
男らしい顔立ちで真っ赤な髪を逆立てた、如何にも武闘派といった印象の人だった。
実にガタイもいい。年は30歳前後といったところだろうか。
「おう! 来たかね、転入生くん!
私は試験官を務める教授のビリーマン・ブロードウェイだ!
……おや、うしろの女の子たちは?
今日の転入テストを受けるのはジャン・クックという子だけのはずだが」
「初めまして、ブラザー。ジャン・クックは僕だ。
しかし、どうやらうしろのハニーたちも転入生らしくてね。
いや何、僕はテストの前に心を落ち着けようと、正門のあたりで青空の美しさについて考えていたのさ。
『青空は青いから美しいのか、美しいから青いのか』ってね!」
どっちでもないと思うけど。
「そうしたら、偶然にも彼女たちがいてね。パンフレットを見ながら道に悩んでるようだった。
そして、どうやら僕と同じ転入生のようだったから、声をかけてここまで連れてきたのさ。
ついでだから、この黒髪ハニーとつや肌ハニーにもテストを受けさせてやってくれませんか、ブラザー」
「……というか、ジャン。あなたも転入生だったの?」
「あれ? そう言わなかったっけ?」
言ってないわよ!! ああもう、呆れて声にならない。
代わりに口を開いたのはビリーマン教授だった。
「ふむ……、数日前からすでに寮に入っているジャンくんには、本日転入テストを行うことを伝えていたが……。
すると、君たちがフローリアくんとペチュニアくんか。
すまないな、転入テストのことはあとで伝えるつもりだったのだ」
「ああ、いえ、それはこちらの確認不足のせいですし……」
「だよねだよね、ジャンくんにちゃんと目的地伝えればよかったね」
そこで私とペチュはビリーマン教授にぺこりと頭を下げた。
一方、ビリーマン教授は思案している様子だったけれど、やがて決心したようだった。
「あい分かった! 予定にはなかったことだが、本日は3人の転入テストを行うこととしよう!」
それは『手間が省けてよかった』と喜ぶべきなのか、『準備期間もなしにテストを受けることになるなんて』と悲観すべきことなのか、私とペチュには瞬時に判断がつかなかった。
ビリーマン教授はそんな私たちの様子を見て、安心させるように言ってくれた。
「なあに、テストと言っても、それほど緊張する必要はない。
基準に満たなければ不合格、……というような主旨でもない。
どのような結果であっても君たちの転入が取り消されることはないから、そこは安心したまえ!
ただ本学では生徒の"魔導"の力量によって普通科、特進科に分かれてもらっているのだ。
つまり本学に入学する以前から十分な力量を持つ生徒は、特進科に進むということだな!」
なるほど。確かに生徒の力量もピンからキリまでだろう。
元々十分な力量があるのであれば、わざわざ基礎から学ぶ必要はない。……ということか。
そこまでの話はジャンも事前に聞いていたようで、落ち着いた様子で質問をした。
「ところで、"魔導"というのはつまり、見せるのは"魔法"の力量ではなくてもいいということですね?」
「その通り。要するに、魔力を操る力を見せて欲しいということだ」
そのやり取りにペチュは首を傾げながら言った。
「でもでも、魔法じゃないならジャンくんの力って一体……?」
「ふふふ、それは見ていれば分かるさ、ハニー。
それじゃあ、ブラザー。準備を始めてくれよ。
あの"舞台"の上で力を見せればいいんだろう?」
ビリーマン教授はそのジャンの言葉に頷いた。
「うむ。まだ説明することはあるが、君には実際にやってもらったほうが早そうだ。
さあ舞台に上がりたまえ!」
「了解したよ!」
ジャンは促されるまま、部屋の真ん前にある闘技場にあるような舞台の上に上がっていった。
ここまで話についていくのがやっとで気にならなかったけど、一体この舞台はなんなのだろうか。
それに舞台の四隅の外角には、まるで映写機のような機械がそれぞれ置かれ舞台の中央に向けられていた。
私には分からないことばかりだけれど、どうやらこれから何かとんでもないことが起こるようだ。