第18話『それぞれの決意』
そろそろ普段なら夕食の時間だ。改めてだが、外も暗い。
ジャンは女の子ふたりだけじゃ危ないからと、私たちを寮まで送り届けてくれるつもりらしい。
正直なところ、ペチュはともかく私には護衛なんて必要ないけど、素直にその言葉に甘えることにした。
ペチュは結局また、長い沈黙を続けていた。
……と思ったら、帰り道の途中で、ぽつりと呟いてくれた。
それはまるで溜息を漏らすようなか細い声だった。
「あのねあのね、私はずっと強くなりたかった。……ううん、今でも強くなりたいの。
"聖女"のはずなのに、初級魔法の発動にすら詠唱が必要だって言うんじゃ、誰にも顔向けできない。
すぐにへこたれる、弱い自分を変えたい。だから私は、この魔導学園にやってきたの。
弱い自分を捨て去るために」
「ペチュ……。変われるわよ、きっと。
そういうことなら、私もあなたの特訓に付き合ってあげる。
私はあなたが望む限り、ずっとあなたのそばにいるわ」
「ありがとう、ありがとう。嬉しいよ、フローちゃん。
私の夢を果たすためには、あなたがそばにいてくれないといけないから」
いてくれないといけない……? 少々引っかかる言い方だ。
だけど、つまりそれだけ私のことを頼りにしていてくれるということだろう。
だから、私はこう応えた。
「ええ、それなら明日から魔法の特訓をするわよ!
私は講義の後に研究室に行かないといけないけど、早朝なら時間はあるはずだわ」
「え、それじゃそれじゃ、早起きしないと……」
「強くなりたいんだったら、それくらいは必要よ。
頑張りなさい! 私も付き合ってあげるんだから」
「ううん、ううん、熱血指導の予感……」
ペチュはどうやら早起きが苦手らしい。
でも日中は講義と研究があるから、早朝か夜にしか時間は取れないのだから仕方ない。
これもペチュのためなのだ。わがままなんて言わせないわ。
「そろそろ寮が見えてきたよ、ハニーたち」
リンダを抱き抱えたままのジャンがそう指し示す先には、女子寮があった。
その女子寮の入口の前で、白い人影が揺らめく。
あの気だるげなシルエットは――。
「遅いです! 一体どれだけ待たせるつもりですか!」
「シ、シロサギさん……」
その姿を見たペチュは、ひえっという短い叫び声とともに私の背中に隠れてしまう。
そして、怯える小動物のように、肩をぷるぷると震わせている。
「なんです、人をお化けみたいに。そんなに私が怖いですか?
……ああもう、喧嘩を売りたいわけじゃないんですよ。
というか、ジャン。なんであなたまで一緒なんですか?」
「おや、お邪魔だったかい?」
「邪魔です」
「……………………!」
言葉の切れ味が鋭過ぎて、あのジャンが無言になったわ……。
よっぽどショックだったのかしら……。
「まあ別に、あなたに聞かれても困ることはないですが。
シロサギさんはふたりと話がしたいです。席を外してもらえますか?」
「ふーむ、僕としては殴り合いの喧嘩にならないか心配だがね」
「さすがにそんな暴力的じゃないです!
自分の婚約者がそんなに信用できないですか!!」
「あっはっは、冗談だよ、スイートハニー。
それじゃ、僕はこのへんで失礼するよ!
おやすみ、ハニーたち!」
そんな言葉と薔薇の香りを残して、ジャン(とリンダ)は去っていく。
っていうか、今、衝撃の事実がさらりと明かされた気がするのだけど、ええっと……。
「ペチュニア」
「は、はい!」
「シロサギさんはあんたに生涯を捧げるためにコサメ家に生まれてきた。
幼い頃はそう思ってました。しかし、それは間違いでした。
何故ならあんたは"聖女"ではなかったからです」
「…………はい」
竜の十二騎士の末裔には"聖女"に仕える使命があるのだという。
ジャンの父親が"聖女"を探して旅をしたように、コサメ家も使命を果たそうとしていたのだ。
だが、そんな想いは裏切られた。シロサギさんは憎々しげに続けた。
「当主夫妻は野盗に襲われて死亡。残されたのは娘のペチュニアただひとり。
正直なところ、ヴィオラセラ家がどうなろうと、それ自体は知ったこっちゃないです。
ただ、あんたが"聖女"として目覚めさえすれば、シロサギさんは使命を果たすことができる。
それなのに、あんたは"聖女"でもなんでもない、ただの落ちこぼれ令嬢でした。
シロサギさんの生きる意味は、見事に失われてしまったわけです」
「だから、あなたはペチュを憎むようになった……?」
「…………」
シロサギさんは答えなかった。それは無言の肯定だった。
気持ちは分からないではない。自分が費やしてきた努力、信じてきたものがすべて否定されたようなものだったのだろう。
「シロサギさん」
「なんです、フローリア?」
「ジャンの婚約者ってあなただったの……!?」
「質問のタイミングおかしくねえですか!?」
だ、だって、どうしても気になってきちゃったんだもの……。
でも、なるほど。ふたりが婚約者同士なら気兼ねない会話をしているのも納得がいく。
ジャンに「スイートハニー」って呼ばれてるのに、婚約者だとは全然気付かなかったわ……。
「ジャンとの婚約が決まったのは、ペチュニアが落ちこぼれ令嬢と呼ばれるようになったあとの話でした。
大体今から5、6年くらい前でしたか。
私の父は、世代を追うごとに十二騎士の末裔の血が薄まっていくことを、憂えています。
いずれ竜の力もこの世からなくなってしまうのではないかと。
だから十二騎士の末裔同士で交配し、その血を強く残すべきだと考えたのです。
そして、親交のあるクック家の息子であるジャンと、私を結び付けようと」
「それは嫌じゃなかったの?」
「ジャンとは元々顔馴染みでした。
まあ、そこらの馬の骨よりはよっぽどマシかと。
別に顔は悪くないですし、優しいですし、そこそこ強いですし」
そう言ってそっぽを向くシロサギさんの頬は、薄く染まっているような気がした。
ひょっとして照れている? ジャンとの馴れ初めを聞かれて?
「そ、そんなことはどうでもいいのです!
とにかく使命を失ったシロサギさんは、別の道を歩むことにしました。
それが魔導科学を極める道だったのです。シロサギさんは魔導科学で歴史に名を残すと天に誓ったのです」
「そうなの、そうなの……」
ペチュは口にするべき言葉が見つからないらしい。
ただ相槌を打つことしかできないようだった。
そんなペチュに追い打ちをかけるように、シロサギさんは口を開いた。
「ペチュニア・ヴィオラセラ」
「う、うん……」
「私はあなたのことが嫌いです。
憎んでいます。顔も見たくないです」
「…………うん」
「でもまあ、」
厳しい声色なのは、そこまでだった。
そこでシロサギさんは意外にも優しげな吐息を漏らしたのだ。
「ただそれだけのことなのですよ。
このシロサギさんが魔導科学を極めるのには、一切関係のないことです。
だから気にしないでください」
「き、気にするなって言うのは……?」
困惑するペチュに、シロサギさんは元のぶっきらぼうな調子に戻って言った。
「シロサギさんは言うべきことはもう言いました。
あとは自分で考えてください。それからフローリア・ローレンス」
「……何?」
「あなたはペチュニアの傍にいてやるべきです。
シロサギさんはそう思います。……じゃ、そういうことで」
――言われなくてもそのつもりよ。
私は白衣をたなびかせて寮に戻っていくシロサギさんの背中を見つめながら、心の中でそう呟いた。




