第11話『研究と対価』
「それで……、こういう結果が出たってことは、私はやっぱり"魔女"だったってことですか?」
ステータスだとかランクだとか言われても、いまいちピンと来ない。
ただ、この魔法の才能こそが"魔女"である証拠だと、父や姉たちは言っていた。
"聖女"も同様に魔法の才能を持つとのことだが、"聖女の因子"はヴィオラセラ家の長子にしか受け継がれない。
そのため私が"聖女"だということはあり得ないらしい。
側室の子とは言え、私はローレンス家の、――ラッカセイ伯爵の娘だ。
だから私は、"魔女"でしかあり得ない。そういう理屈らしい。
ローズマリー学園長が私の疑問に答える。
「結論から申し上げますと、これだけでははっきりとは分かりません。
"魔女"に宿る特性はふたつあります。ひとつは魔法の才能、そしてもうひとつは『魔導生物を生み出す力』です。
魔法の才能だけでは、あなたを"魔女"だと断定することはできないのです」
「魔導生物……? というのは……?」
またまた初めて聞く単語だ。魔物とはまた別の存在なのだろうか。
「転入テストでホログラムの魔物を目にしましたね?
あれも厳密には魔導生物です。魔導の力で魔物を模倣し、実体化させた生物、――それが魔導生物なのです」
正直なところ、気になることは山ほどある。
だけど、今訊くべきことはたったひとつだった。
「それでは、私がその魔導生物を生み出すことができたのなら、私が"魔女"だと証明されるわけですね?」
「概ねのところはその認識で誤りはありません。
ただ、それを証明するには、やはり研究が必要なのです。
"魔女"がどのようにして魔導生物を生み出しているのか、我々もはっきりとは分かっていないのです」
私はその台詞の違和感を見逃さなかった。
はっきりと分かる必要など、どこにあるのだろうか。
「……まるで"魔女"に魔導生物を生み出して欲しいかのようですね?」
「…………おや、そこに気付かれましたか」
学園長は少し驚いた表情を見せたあと、私に向かって微笑んだ。
少々意地悪な質問だったけれど、気を悪くした様子はない。
「しかし、勘違いなさらないでください。我々の目的は全くの真逆。
"魔女"による魔導生物の創造、それを止める! そのために研究をしているのです!」
「研究することで、止められるのですか?」
「それでは逆にお聞きしましょう、フローリア・ローレンスさん。
もしあなたが本当に"魔女"だったとして、魔導生物を生み出してこの世界を混乱に貶めたいと思いますか?」
「それは……」
そんなこと、思うはずがない。
ほんの少しの好奇心があることは否定しないけれど、世界を巻き込むような大層なことをしたいとは思わない。
「フローリアさん」
「はい」
「私は今、あなたが"魔女"であって欲しいと思っています」
「それは、私が悪党ではないからですか」
「ええ、むしろあなたは、仮に魔導生物を生み出せたとしても、この世界のために有効活用しようとするでしょう。
それくらいは、少しお話をすれば分かります。
そして、だからこそ、あなたには魔導生物を生み出して欲しいのです」
「それが私が"魔女"であることの証明になるから……」
「その通り。ふふっ、賢い子ですね」
そこで私の頭の中に、ひとつの疑問が浮かぶ。
「うん? そう言えば、"魔女の因子"を持つ者も、"聖女の因子"を持つ者と同様に、この世界にはひとりしかいないのですか?」
「"魔女の因子"については、どういう規則性で受け継がれるのかなど、分からないことは多いです。
しかし、少なくとも歴史が語る限り、同時に複数の"魔女"が存在したことはありません」
なるほど、つまり私が"魔女"であれば、この世界が別の"魔女"に脅かされる心配はないということか。
世界の安寧のために、私はこの研究に協力しなければならないようだった。
「でも、学園長。ひとつだけ問題が」
「あら、なんでしょう?」
「実は私、学費を自分で稼がないといけなくて。
すぐに仕事を探さないと。それもなるべく毎日働けるもので。
だから、あまり研究にご協力する時間は取れないかもしれないのですが……」
それは死活問題だ。世界の平和より、まずは自分の身を確かにしないと。
「では学費を免除します」
「へ!?」
あまりにあっさりとした返答に、私は思わず素頓狂な声を出してしまった。
「それから寮と食堂は無料で利用できるように手配しておきます。
衣類や日用品なども必要なものがあれば、なんでも無料で提供しましょう。
と、ここまでは研究に協力していただけることへの感謝の気持ちです。
研究員としてのお給料は、それとは別途にお支払い致します。
他に何かお困りごとはありますか?」
「い、いや……、お困りごとと言うか……。
さすがにそこまでしてもらうわけには……。
せめて学費は、そのお給料から払うということにはなりませんか?」
「遠慮は無用です。私、こう見えても学園長ですので。
ただ、特別扱いと思われては周りの心証はよくないでしょうから、このことはなるべくご内密に」
まったく持って有無を言わさないといった感じだ。
参ったな……、転入初日にして大変なことになってきた。
これでは私の念願のスローライフ生活は程遠いかもしれない。けど――、
「分かりました。それでは、そのご厚意に甘えさせていただきます。
私も、自分が持つ魔法の才能の正体を知りたいのは確かですし」
「ありがとうございます。では、今日のところは、これくらいで結構です。
数日後には講義が始まるはずです。それが終わったあとに再び、この研究室に来てください。
転入してきたばかりで、少しのんびりする時間も必要でしょうから」
「分かりました。お気遣いありがとうございます」
私はぺこりとお辞儀をして、部屋の扉のドアノブに手をかけた。
次の瞬間、学園長は何か思い出したかのように「あっ」と声を上げた。
「どうかしましたか?」
「そうそう、転入テストの結果を伝えるのを忘れていました。
フローリアさん、あなたは特進科に進んでください。
その実力は十分に証明されているものと考えます」
「特進科……」
その響きに不満があるわけじゃない。むしろその逆だ。
それは私にとっては勿体ないほど魅力的に感じられるものだ。
だから、それに値する実力があると認められたのは嬉しいけれど――。
「ごめんなさい、それについてはお断りします」
「えっ、な、何故ですか!?」
特進科入りを断られるとは思っていなかったらしい。
それはここまでで一番の驚きの表情だった。
「『5S』だかなんだか知りませんけど、私は魔導について、全然何も知りません。
それに苦手な生き物を目にしただけで暴走する力なんて、決して完璧だとは言えないと思うんです。
こんな状態で特進科だなんて、きっと職員や生徒たちにご迷惑をお掛けしてしまうでしょう。
だから私は、普通科に入れてください」
学園長は残念そうな表情を浮かべながらも、大きく頷いてくれた。
「……承知しました。
正直なところ、あなたほどの素質を普通科で眠らせるのは惜しいですが、当人の希望であれば致し方ありません。
それでは普通科の講義が受けられるように手続きを進めておきましょう」
「すみません、ありがとうございます」
私は最後にもう一度、学園長に向かって頭を下げて、研究室をあとにした。
ペチュとジャンはほったらかしにしたままだ。もうふたりとも寮に帰っちゃってるかな。
あとでちゃんと、何があったのか説明しなくっちゃ。




