第1話『とある"魔女"の追放』
「フローリアよ、お前を追放する!」
父にそう告げられたとき、私は特に驚かなかった。何せ私はこのローレンス家の末女のうえに、側室の子供だ。
加えて上には3人の姉がいて、彼女たちは全員正室の子供である。
「理由は言わなくても分かるな? お前はこの家には必要ないのだ!」
父であるラッカセイ伯爵にそんなことを言われるまでもない。父が私を追放しようとする理由は明白だ。
それは彼の正室の娘であり長女のドロシー・ローレンス、――つまり私の異母姉のためである。
どうやら父は彼女に家を継がせたいと考えているようだ。そのため、私の存在が邪魔になったのだろう。
しかも、それは私の"ある才能"も関係しているに違いない。
「そうですか。それじゃあ、今までお世話になりました」
私はそれだけ言い残し、父の書斎をあとにしようとした。父だってこれ以上話すことなどないだろう。
それに私は、この先ひとりでも生きていける自信があった。いざとなれば、自分の力を見世物にすればいいだけだ。
だから今後の話をする必要もない。そう思ったのだけど――。
「待て待て! 話は最後まで聞け!
お前にはこれからカイナスギルの魔導学園に通ってもらう!」
カイナスギルと言えば、この王国の辺境のそのまた辺境の地だ。
尤も今住んでいるジモッティも十分に辺境なのだけど、他国との境である要衝の地だ。
しかし、カイナスギルはこの王国の端であり、どの国とも隣接していない。
海にはつながっているが、漁港として発展しているわけでもない。土地としての重要度も極めて低い場所なのだ。
さて、ここで私が何故そんなことを知っているのか説明しよう。
あれはそう、珍しく父に連れられて市場に行ったときのことだった。
父が市場の商人に値切り交渉をしている傍らで、旅の芸人がネタを披露していた。
その道端で、幼い頃の私はそのネタを興味深く見ていた。
「カイナ! スギル! カイナ! スギル!
みんなが知ってる辺境の地! 辺境の地!
市民の主食は! 森の樹液!! 市民の主食は! 森の樹液!!」
……あの個性的なリズムネタは、私の耳にこびりついて離れない。
そのせいで「カイナスギルは辺境の地」だと、強く印象に残っているのだ。
閑話休題。本題に戻ろう。
「あら、私はてっきり身ぐるみをはがされて、裸一貫で夜の街に放り出されるものかと」
「どこぞの賊でもあるまいし、そんな無法な振る舞いなどするか!
ここは穏便に"留学"してもらうのが、ローレンス家にとって最良なのだよ」
なるほど、確かに表向きは"留学"ということにしておけば、不審に思う者もいないだろう。
それならローレンス家の名に傷をつけることなく、邪魔者を排除できるというわけだ。
「ともかくだ、転入の手続きもすでに済んでおる。
学費もまあ、最初の1ヶ月くらいは出してやろう。あとは自分で稼いで、なんとかするがいい。
それから明日の朝には馬車が迎えに来る予定になっている。今晩のうちに支度をしておくことだな!」
そんな短いやり取りだけで、私はまだ16歳の身で父から離縁されてしまった。
あまりにもあっという間で、あまりにも呆気ない結末に、なんの感傷も湧かなかった。
いや、むしろ嫌味な家族から冷遇される日々から抜け出せると思うと、安堵するような気持ちが湧いてくるくらいだ。
たとえこの先、孤独が待ち構えているとしても構わない。私はただ平穏に暮らしたいだけなのだ。
自室に戻った私は父、――だった人に言われた通りに、旅行用の鞄に荷物を詰め込み始めた。
そうは言っても、持っていくものなどせいぜい着替えとそれ以外の日用品、それからお気に入りの小説くらいなものだった。
だって私にはどうしても手放せない"大切なもの"など、ひとつ足りとも与えられなかったのだから。
「……これは、どうしようかしら」
――コンコン。
私がとある本を手に取り、それを鞄に詰め込むか迷っていると、がらんとした飾り気のない部屋にふとノックの音が響いた。
「どうぞ」
誰が訪ねてきたのかは知らないが、別に誰でもよかった。どうせ誰であろうと、明日には全く無関係の他人になってしまうのだから。
「失礼させていただきますわよ、フローリア」
「ドロシーお姉様」
扉が開かれるとともに、鼻につく香水の臭いがきつく漂ってくる。
如何にもな紫色の縦ドリルをぶら下げたその女は私の姉、……と言っても彼女は正室の子供で私は側室の子供なのだけど、ドロシーだった。
一応まだお姉様と呼んでおくことにする。齢は私の8つ上だ。
フリフリのドレスで気品あるその姿は、短い黒髪で陰気な私とは似ても似つかない。
半分とは言え、同じ血が流れているとは信じ難いほどだ。
「話は父から聞きましたわ。明日の朝にはここを出ていくのでしょう?
荷物の支度をしているところに悪いですわね」
「別に忙しいわけじゃないわ。
ただ、この『ひょっとこ太郎、夜な夜なキャバレーに行く』を持っていくか悩んでいただけだから」
「そんな本置いていくべきですわ!? 内容知りませんけど!!」
……結構面白いんだけどな。ひょっとこ太郎が舞台で華麗なタップダンスを披露して観客を湧かせるシーンとか。
「ふぅ……、そんなことより、あなたはそれでよろしいんですの?
このローレンス家から"追放"だなんて」
「何も問題ないわ。私はずっとこの家も、父のことも嫌いだったのだから。
……そして3人の姉のこともね。ドロシーお姉様」
「あら、これでもわたくしとしては、あなたを可愛がっていたつもりなのだけど」
そんなことは分かっている。
彼女は彼女なりに、私に愛情を注いでくれた。だけど、それでも――。
「それよ。その憐れむような瞳で私を見るのが嫌いだった。
もしもあなたが惨めな私を見て高笑いするような女だったのなら。
私はなんの心残りもなく、この家を去ることができたというのに」
私がそう恨めし気に呟くと、突然彼女は私が望んだ通りに高笑いをした。
「あーはっはっは!!」
その嘲笑には確かに侮蔑の意味は込められていた。
だけど、それは私が望んだ侮蔑とは少し旨趣が違うようだった。
「このわたくしに、『邪魔者が消えてせいせいした』と、そう嘲笑って欲しいというわけ?
ごめんあそばせですわ! それじゃあ、まるでわたくしが悪役令嬢みたいじゃありませんの。
わたくしはこのローレンス家を継ぐ高貴な令嬢。勘違いしないでくださいませ!」
ドロシーお姉様はそんな言葉と裏腹に、凍てつくような瞳で吐き捨てた。
「悪役令嬢はあんたよ、フローリア」
……嫌気が差す。先程までの憐憫の瞳も、この冷酷な瞳も、どちらも真実の色をしていたから。
つまり彼女は、私のことを憐れみながらも、この家には不要な存在、……いや、邪魔な存在だと認識しているのだ。
そもそも私は、この家に生まれてくるはずじゃなかった。政略結婚によって生まれた子供だと聞いている。
そのうえ、私には"ある才能"がある。――それが魔法の力だ。
私は"魔女"だ。父と姉たちによれば、かつて聖女と戦い、そして敗れた魔女の"因子"が、私の身体に組み込まれているのだという。
それはこの家にとって、……いや、この世界にとって忌まわしき存在である証なのだ。私は私自身を呪いたくなる。
そもそもそんなものがなくたって、私はこの家にとって不要な存在なのに。それなのに、どうして私にはこんな力が与えられたのだろう。
……嗚呼、神様。どうか教えてください。
悪役令嬢に魔法の才能は必要でしょうか?