17 シャルル襲来&イケメンの正体
「――ど……」
(どうしてオリバーが、わたしにキスするの!?)
状況が分からずわたしは大パニックに陥った。
纏まりのない不確定要素に
(何故?)
(どうして?)
(いつから?)
…と色々疑問が湧き上がる。
その時バートンが近づいてきてわたしに声をかけた。
「奥様…ヘイストン侯爵家からお客様です」
わたしはドレスの裾をたくし上げながら、食堂兼広間への長い廊下を小走りで移動していった。
「お…奥様。あ、足は大丈夫でございますか?」
バートンが心配そうにわたしの隣から声をかけてくる。
それに答える余裕もなく、わたしは広間に続く食堂の扉をバン!と思い切り開けた。
そこに座っている人は、繊細な指先でティ―カップを持ち上げて優雅に振り向いた――。
窓から差す光が淡い金髪のその容姿を、儚く取り囲む。
その美貌は精巧過ぎて、美しい陶器の人形のようだ。
わたしは肩呼吸だが、思い切り息を吸い込み――腹の底から声を絞り出した。
「シャ~ル~ル~~!!!」
天使のように微笑むシャルルと、その向かいに座る黒髪を後ろに束ねた眼光鋭い氷の美貌の持ち主――デヴィッド=ブレナーだった。
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「来ないでって…言ったわよね?シャルル…」
わたしは怒りのあまり、腹の底から唸るように声を出した。
シャルルはふんわりと微笑んだだけだったが、デヴィッドは厳しい表情でわたしに近づいて、わたしの足元を見つめた。
「アリシアお嬢様…何かお怪我されているのですか?この陰気くさい城で一体何があったのです?」
この短時間でわたしが少し足を引きずっているのを見抜くなんて、なんて腹立たしい程目ざとい男なのだろう。
「ちょっとデヴィッド!陰気くさいなんて言わないで!あんたの顔の方がよっぽど陰気くさいわ」
思いきりデヴィッドに噛みつく。
その瞬間デヴィッドの薄い水色の瞳が細められた。
流石に恋人を陰気と非難された為か――シャルルは取り成す様に言った。
「まあまあ…落ち着いてよ姉さま…。ご自分でヘイストンに手紙を送ったんだろう?会計と法律に詳しい人物を送ってほしいって」
『ね?だからさ、僕とデヴィッドが来たんだよ?』と涼やかに微笑んだ。
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「あ…あんたは、もうヘイストン家の当主でしょ?」
「正確に言えば、まだ次期当主だね」
天使の美貌に妖しい笑みを浮かべたまま、シャルルはゆっくりとわたしの側に近づいた。
「ね、僕から簡単に逃げられると思ったら大間違いなんだよ?…姉さま」
「シャルル様の仰る通りです、アリシアお嬢様…わたしとシャルル様の不在の間にお逃げになるようにヘイストン家を出てしまわれるとは…お寂しい限りです」
デヴィッドも同じように、じわりと近づいてくる。
「もうわたしはお嬢様じゃないっての…」
緊張した空気が流れる中――じりじりとわたしへの包囲網を狭められつつある所に、コ、コンコンと軽やかに食堂の扉をノックする音が響いた。
次の瞬間『ヘイ!』とその場にそぐわない程、渋いが――明るい声が響き渡って
「お茶菓子をお持ちしましたぜ」
と、コック長がお茶のお代わりとふわりと甘いバターの香りがするマドレーヌの載ったワゴンを持って現れた。
「あれ…?」
コック長がシャルル――では無く、その後ろのデヴィッドを見つめる。
それと同時にデヴィッドが呟く声が聞こえた。
「ジャドー=エロイーズ=ルディ…」
わたしはコック長を見て、呟いた。
「ジャドー=エロイーズ?…」
――シャルルが口元を抑えて笑わない様にしている。
いや…すでに笑っているのを、顔を背けて見えない様にしているというべきか。
「――なんでそんな名前に?…」
わたしは思わずコック長に尋ねていた。
(だってまるっきり女子の名前ではないの)
「だから言いたくなかったのに…」
コック長は帽子を外して明るい褐色の髪をくしゃりとかき上げた。
「久しぶりだな、デヴィッド…いや、もう卒業したからブレナー子爵様って言わなきゃな」
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どうやら、デヴィッドとジャドーは学園時代の同学年で、交流があったらしい。
ジャドーはルディ男爵家の三男で家名に力も無かった為、成績優秀ながらも騎士団に入ったはいいが、妬んだ上司から壮絶な虐めを受けて馬鹿馬鹿しくなって辞めたのだそうだ。
もともと料理が好きで、街の一流店に時間があれば通ったりした伝手で、コックの修行をしたそうだ。
(そうよね…。お辞儀がやたら様になっていたもの)
文字の読み書きができるのも、貴族で元騎士団なら納得である。
「ん…?じゃあ、どうやってここに就職したの?」
「…そいつも伝手ですね」
「伝手?」
「俺とジョシュア様は学園の同期で、多少なりとも仲良くさせてもらっていたんですよ」
「そうだったの…」
わたしは初めて聞く情報に、ぽかんと口を開けたままだった。
お待たせしました。
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