12 大人しい(?)姫君への提案
午後になると街からデンバー老医師が城へやって来て、わたしの右足首を診察してくれた。
「――まあ捻挫ですな。
強く捻っていますので、安静にしていた方がよろしいでしょう。
…どうやらこの奥様は、大人しく座って何かなさるタイプでは無さそうですので、気を付けてください」
わたしの行動をバートンに聞きとりながら、足を診てくれたデンバー老医師はそう言うと湿布と包帯をくるくると巻いた。
「えっ!?(どういう事?)…わたくし、大人しいですわよ?」
(大した事もしてないし、言わないように心掛けているのに…何故そんな事を言うのかしら?)
そうわたしが抗議した途端、誰かがぷっと吹き出す声が聞こえた。
(――失礼な…誰なの?)
その声の主を捜すと――なんと一番大人しそうなオリバーではないか。
わたしは思わずジロッとオリバーを睨みつけた。
わたしの視線に気づいたオリバーは避ける様に後ろを向き、今度はポケットから帽子を取り出し口もとを抑えている。
不満そうなわたしの顔を見て、デンバー老医師は
「――侯爵令嬢だなんだか知りませんがな。…はねっかえりの町娘と表情は変わりませんぞ」
そう笑いながら鞄の中に診察道具をしまうと、湿布の替えを置いて、帰り支度を始めた。
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デンバー老医師を見送る為に、部屋からバートンとデイジ―は出て行ってしまい、何故かオリバーだけが残っていた。
(あっと――あまり良くないんじゃない?この状況…)
いくら結婚したとは言え、若い男性と部屋に二人でいるのはマズイのでは…とわたしが思っていると、涙目を拭いていたオリバーがわたしの休んでいた長椅子まで近づいてきた。
「――え?」
そしてそのまま足元に跪いたと思ったら――わたしの左手を取り上げ、なんと手の甲に口づけた。
「ひゃあっ!な、何!?」
「ど、どうされました!?奥様っ」
わたしの声に驚いて部屋に入ってくたデイジーが、驚いているわたしと跪いているオリバーを何度も見比べた。
「い、今の声は…?」
オリバーは立ち上がって、デイジーにそのまま近づくとシャツのポケットからメモ帳と使い込まれた万年筆を出して、何か書きつけた。
それをデイジーに見せると、デイジーはメモを読み
(この屋敷の識字率の高さに驚いてしまう)
「う…うーん。流石にそれは…」
と渋い顔をしているようだった。
「な…何?」
いつもにこにこデイジーが、ぽよぽよした眉をしかめている事に不安を覚えて、思わず訊いてしまった。
「いえ……オ、オリバーが……」
(――オリバーが?)
「奥様が怪我をしたのは自分が飼っているコレットが原因だから、治るまで身の回りの事をお手伝いすると……」
わたしが唖然として見上げると、そこにはにっこりと微笑んでいるオリバーがいたのだった。
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「いえいえ、ちょっと待って……」
(どうして?、何時の間にそんな事になったの?)
また軽くパニックである。
すでにオリバーが好き嫌いどうこうの話ではなく、若い男性が婦女子の(いやもう既婚者だったわ)身の周りの事をするというのは、愛人に間違われても仕方がない事なのだ。
オリバーが以前からいる使用人だとは言え、旦那様のジョシュア様になんて思われるか――。
わたしがそれを含めて、デイジーに必死で訴えると
「そうですよねぇ…。ちょっとそれは無理じゃないかと…」
穏やかなデイジーですら言葉を濁した。
わたしとデイジーの間に挟まれ、オリバーはしゅんとして耳を畳んだ仔犬のようになってしまった。
「…あの…、気持ちは嬉しいわ」
項垂れる姿がちょっと可哀想になってきてしまった。
「と…取り敢えず身の周りのことはデイジーに頼むからいいわ。
ただ移動したりする時に手を借りていいか…ジョシュア様に聞いてみるわ」
とオリバーに言うと、彼がぱああと表情を明るくしたのを見て
(うぅ…ちょっと早まったかもしれない)と思ってしまったのだった。
お待たせしました。
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