11 仔豚のコレットと第2のイケメン現れる
「こら、コレット!何処に行っ…」
叫びながら庭師のおじさん(多分トムと思われる男性)と、麦わら帽子を被ってつなぎを着た青年が木々の向こうから走って来るのが見えた。
「…わあっ奥様!な、なぜこんな場所に…!?」
トムが慌ててしりもちをついたままのわたしの処に駆け寄った。
流石にお屋敷チェック中とは言えず、わたしは
「えと、ちょっと散歩していて…」
とごにょごにょ誤魔化した。
威嚇を続ける子豚を抱えたまま、トムがわたしに手を伸ばした。
「取り敢えず起きましょう。掴まってください、奥様」
「ええ、そうね」
ワンピースの土を手で払い、立ち上がろうとしてトムの手に掴まったはいいが、その瞬間右足首に激痛が走る。
「――痛ッ…」
どうやら倒れた時に捻ってしまったらしい。
トムは子豚に向かって手をぶんぶん振り上げ
「お前は何てことを…!」
とかなんとかお説教をしていたが、そんな事が子豚に分かるはずもなかろう。
すると傍らにいた帽子の青年がスッと屈んで、わたしを横に抱き上げてくれた。
「じ、じゃあ、済まんが…オリバー。…お屋敷まで奥様を頼んで…いいか?」
帽子を目深に被ったままの青年は、暴れる子豚を抑えるトムの言葉に頷くと、屋敷方面へわたしを抱えたまま、スタスタと歩き出した。
結構な凸凹道だが、オリバ―は大変な様子も無く抱え続けている。
オリバーの肩回りなど華奢そうに見えたが、わたしを軽々抱き上げて歩いているところを見ると、
(ああ、やっぱり庭師って力仕事なんだなあ)
と思ってしまう。
オリバーは健康的に日焼けした肌をした青年のようだが、麦わら帽子を深く被っているためか、あまり目元が見えなかった。
「あの…ごめんなさいね、ありがとう」
青年はわたしの言葉に少し頷くと、またトコトコ歩き出したが、振動で足首が揺れると強く痛む。
(ううん…結構強く捻ったのかもしれない……)
「ご、ごめんなさい。もうちょっと掴まっていいかしら…オリバー?」
痛みに脂汗が出そうになりながら、わたしはオリバーを覗き込んだ。
オリバーはわたしをじっと見ていたが、首をコクリと前に動かした。
わたしは手を伸ばして、オリバーの頸に腕をかけて掴まり直した。
身体がオリバーにぴたりとくっつく姿勢になるのだが、一瞬オリバーが硬直した気がした。
――が、すぐに抱え直してくれた。
距離が近くになると、ハッキリと分かる。
彼の頸からは何故か花の香りとほんの少し汗の匂いがする――が決して嫌な感じでは無い。
(何か…申し訳無いな。連絡も無く果樹園に突撃して、いくら子豚に驚かされたからといって転んで捻挫して。結局お仕事の邪魔になってしまうなんて…)
わたしは自己嫌悪のため息をつきながら、オリバーの頸にしがみついていた。
(…やっぱりバートンを待ってから来るべきだったのかも知れないわ)
仔豚のコレットだって、いきなり入ってきたわたしを不審者と思って攻撃したのかもしれないのだ。
じいっと見つめられている気がして、わたしが上を向くと初めてオリバ―と目が合う。
わたしに失礼だと思ったのか彼に目線を直ぐに外されたが、名前の通り綺麗な瞳の色はオリーブグリーンだった。
下から見上げた感じ、何と言うか――小綺麗な感じ?の顔立ちだ。とても品のある造作だと思う。
(帽子が邪魔でハッキリとは見えないのだが)
まあ農夫や庭師といった体力勝負な仕事をしているようには思えない。
(お顔だけ見ると凛々しい女子でも通用するかもね。
庭師あるあるだけど、髭も生やしてないし)
と、わたしは痛みをまぎらわすためにぼんやりと考えていた。
+++++++++++++++++++
屋敷(城)に戻る道すがら、バスケットを持つバートンとデイジーに出会った。
「奥様…ど…どうされたんですか!?」
デイジーの声が驚きのあまり裏返る。
「一体…」
青ざめたバートンはわたしを抱えたオリバーをじっと見たが、オリバーが無言で(当たり前よね)頸を振った。
「…取り敢えずあとで事情を訊かせてくれ、オリバー」
と言うと、そのまま屋敷への道を急ぐ。
帰り道の途中で、小屋と言うには少し広そうな敷地に、珍しいガラス張りになっている建物の横を通った。
(あら?――行き道では気が付かなかったわ)
「温室でございますよ。花を栽培しておりまして、時に街にも卸しておりますよ。主にオリバーが管理しております」
とバートンが教えてくれた。
「そうなの…だから彼はいい香りがするのね」
と言ってオリバーを見上げると、なぜか彼の耳たぶが赤くなっていった。
途中、とうとうオリバーの腕がプルプルしだしたが、彼の表情はほとんど変わらず、わたしをしっかりと抱えてくれている事に感謝した。
屋敷に着くと寝室の長椅子にオリバーがゆっくりと座らせてくれる。
「先ほど街へ医者を呼びに行ったので、もう少しお待ちください」
「ええ、分かったわ」
ふと見ると部屋まで運んでくれたオリバーは、被っていた帽子をトラウザーの後ろのポケットに無造作に入れ、後ろ向きのまま腕の曲げ伸ばしをしていて
(あ、やっぱり重いのを頑張ってくれたんだわ)
と思った。
「ありがとう。オリバー…重かったでしょう?」
と言うと彼はびっくりした様にこっちを見た。
思わず「わあ…」と声に出しそうになるのを慌てて手で押さえた。
こちらを見たオリバーは美少年…いや美青年だった。
シャルルは天使の様な美青年だが、オリバーはもっと殉教者で描かれるような感じの濃い茶褐色のくせ毛の髪とオリーブグリーンの瞳だ。
地に足の着いた美形というべきか。
足の痛みを紛らわす為に、頭の端っこで(イケメンが一人、イケメンが二人)と数えながら、この魅力的な男性たちをこの城の活性化にどうにかして使えないか――といつの間にか考えている自分がいた。
(…いけない、いけないわ)と自らを慌てて戒める。
全く…仕事病かしらね。
ここには奥様になる為にきたっていうのに。
お待たせしました。
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