1 結婚相手って誰ですか?
「さよならだ。アリシア」
まず第一声がこれだ。
「お前がこの城を去るのは寂しいよ」
由緒ある侯爵家――白髪に立派な髭を蓄えた、わたしのお父様チャールズ=ヘイストン卿の言葉である。
「白々しいですわ…」
わたしは思わず声に出して呟く。
お父様が激昂したように訊き返す。
「何だと!?白々しいとな?」
「いえ…その、有難きお言葉でございます」
わたしはおざなりに答えた。
「お前の為を思っての縁談なのだぞ」
それを分かっとるのか?とお父様は続けた。
(…はいはい、そうですか…)
不貞腐れ気味のわたしは、今度は怒られない様に心の中で呟く。
「シャルルがこの家を継ぐと決定し、お前に居場所が無くなってはと心配をしての事なのだ。
しかも皇室の一員になれるとは誉高いではないか。
ちなみに王子の名前は…名前は、…ううむ何だったか…」
(ちょっとそれ位、覚えてないの?)
名前もはっきり覚えていない王子との結婚のお膳立てを「感謝しろ」と言わんばかりお父様の言いぐさに、わたしは思いっきりカチンときてしまった。
わたしは嫁ぎたいだなんて一度も思った事はないし、言ったことも無いのに。
むしろこの家をバリバリに継ぐつもりだったから、その為に今の今まで血の滲むような努力もしてきたつもりだったのに。
しかし今はと言えば――後継者争いに負けてしまった身ではある。
(敗戦の将ってやつね…)
「…わが弟殿は小躍りしていたに違いないでしょうね」
明らかな事実を言っただけで(実際身内での祝賀パーティは開かれていたんだから)嫌味を言うつもりも無かったのに、何故かお父様は過剰に反応された。
「その不満げな陰気な顔と、可愛くない物言いの全てがこの屋敷を出る原因になっていると、お前は考えなかったのか?」
顔色を真っ赤にして、お父様はわたしへ食ってかかられた。
「ではお父様は弟の美しいお顔と、蜜のように甘い言葉で後継者を決められたという訳ですね?でしたらもう一度考え直した方がよろしいわ」
わたしの言葉でお父様の顔色が真っ赤から真っ白へ変わった。
(あー…やっちゃったわ。これは倒れるかも…)
と思った瞬間、案の定バタンと後ろに倒れた。
(ふう…召使達が優秀で良かったわ)
お父さまが倒れるのを予期してか、大きなクッションをわたしとお父様の会話が始まってすぐに、背後で敷き詰めていたのが見えていたからである。
「姉さま…」
タイミングを見計らって居たかのように、わが弟君シャルルがくせ毛の淡い金髪を天使さながら揺らして、優雅に扉をノックして入ってきた。
倒れたお父様の近くにスマートにしゃがみ、薄い頭頂を細い指先でつるりと撫でると、
「またお父様を困らせて、こんなに倒れる迄酷い事を言うなんて…」
さもわたしが極悪非道な所業をしたかのように言う。
「言っただけよ。…それに大した内容じゃないもの。事実を言ったまでよ」
「姉さま…」
シャルルは優美に身体を翻してこちらに歩いてきた。
まるでダンスをするように滑らかな動きだ。
そこらの婦人より美しいのがまた腹が立つ。
「そういう処だよ。こんなに可憐な女性なのに…」
そう言ってわたしの顎をクイっと上に向かせると、もう一方の手のひとさし指をわたしの唇に当てた。
「言わなくていい事を平気で言う癖…良くないよ。姉さまの悪い所だ。
そうすればヘイストンの威光だけで男が寄ってきやすいのに」
「…その言葉をそのままあんたに返すわよ、シャルル」
わたしはシャルルの手を振り払って、わたしよりも20㎝は高いであろう弟を睨んだ。
どうして同時に生まれたのにこんなに違うんだろう。
わたしは完全にちんちくりんな父親似だ。
――いや…さすがにそれは言い過ぎだろうか。
真っ直ぐなストロベリーブロンドと淡いグレーの瞳。
可も無く不可も無く…といった目鼻立ちってところだろうか。
まあまあ、ごくごく普通の容姿だ。
シャルルは天使の様な癖のある淡い金髪と、煙るようなニュアンスのあるグレーの瞳の、亡きお母様似の超美男子である。
「ヘイストン家があんたの代で途切れなきゃいいけどね。早めに養子を貰うようにお父様に頼んだ方がいいわ」
シャルルは鼻白んで珍しくわたしを睨んだが、思い直してにっこりとした。
「もし嫁ぎ先でも捨てられたら、何時でも戻って来てくれていいんだよ?姉さまなら何回でも喜んで迎え入れてあげる。
…僕待ってるからね」
皆を魅了する大嫌いな天使の笑顔で言った実の弟に、わたしの寒気は止まらなかった。
お待たせしました。
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