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同乗者・ベル

(今はどの辺りを走っているのかしら)


 宮殿を出て二日。揺れや長時間の乗車で体を痛めないよう整えられた、ふわふわと柔らかな座席に体を預けながら、ルシアナはわずかにカーテンを捲り外を見る。

 大きく横に枝葉を広げる木々が生い茂っているところを見ると、もうそろそろ国境付近だろうか。


「あんまり顔を見せると怒られるぞ」

「あら、ふふ、そうね」


 ルシアナはカーテンを元に戻し、前の座席に座る、六、七歳くらいの女の子へ顔を向ける。赤で統一された車内に、赤い髪、赤い瞳を持つ彼女がよく馴染み、赤赤尽くしの光景に、ルシアナの表情は自然と綻んだ。しかし、そんなルシアナとは反対に、赤い少女は眉根を寄せ、深い溜息をつく。


「なんで国境付近まで一回でワープできないんだ? できれば移動だって楽でいいのに」

「あら、道中の旅は楽しくなかった? ベル」

「楽しい楽しくないは別に関係ない。けど、楽しい要素も別になかっただろ」


 片手を挙げ首を横に振る少女――ベルの言葉に、確かに、と顎に手を添える。


(道中はワープを使っていたから外の景色を楽しむ感じでもなかったし、途中の宿泊地も食事をして寝て、翌朝にはすぐ出発だったものね)


 足をプラプラさせながら口を尖らせるベルに、ルシアナはくすりと笑みを漏らした。


「アリアンに入ったら、街を見て回れないかお願いしてみましょうか。今日泊まる場所は国境を越えてすぐだと言っていたから、時間は十分あるわ」

「それはやめたほうがいいんじゃないか。アリアンは平和で友好的な国だけど、たこ……」

「? たこ?」


 途中で言葉を区切ったベルを不思議に思い首を傾げれば、彼女は深く息を吐き出し、悩ましげに目元を押さえた。


「ベル?」

「……ううん、なんでもない。街を見て回れないか、私からもお願いしてみるよ」

「? うん」


(ふふ、そんなに観光がしたかったのね)


 笑いながら頷けば、ベルはやれやれとでもいうように首を横に振り再び息を吐いた。


「――ん、着いたか?」

「そうね……」


 進む速度がどんどん遅くなり、完全に停止すると、すかさず窓がノックされる。カーテンを開ければ、長い茶色の髪を一つにまとめた、白地に金のラインが入った騎士服を着用した女性騎士が頭を下げた。


「もうアリアンに入るのかしら? ミゲラ」


 窓を下げてそう尋ねれば、彼女はしっかりと首肯する。


「はい。現在ルマデル伯爵が手続きを行っております。宿泊施設に着きましたら、改めてお声掛けさせていただきますので、もう少々お待ちください」

「ありがとう、ミゲラ。宿泊場所に着いたあと、落ち着いたらでいいからわたくしの元まで来てくれるよう、お義兄様に言伝をお願いできるかしら」

「お任せください」


 ミゲラは胸を叩くと深く頭を下げ、馬を先へ進ませた。

 彼女の進んだ先へ視線を向ければ、石が積まれてできた関所が見える。


「もうアリアンが見えるのか?」


 座席から降りたベルは、ルシアナの膝の上へと乗り、同じように窓の外を見る。


(相変わらず不思議な感覚だわ)


 重さを感じない彼女をしっかりと抱き締めながら、ルシアナは窓に頭を付ける。


「関所が大きくて空しか見えないわ」

「本当だ。……ルシー、もしかして緊張してるのか?」

「少しだけね」


 宝石のようなベルの瞳に、眉を下げて笑う自分が映る。


(知らなかったわ。わたくしも緊張するのね)


 早鐘を打つように脈打つ、今まで感じたことのないような鼓動を感じながらそんなことを考えていると、ベルが物珍しげに「へぇ」と声を漏らした。


「ルシーも緊張とかするんだな」

「!」


 思っていたこととまったく同じことを口にしたベルに目を見開く。数度瞬きをしたのち、ふっと思わず笑い声が漏れた。


「ふふっ、ベルにはなんでもお見通しね。わたくしのことを一番わかっているのはベルではないかしら」


 さらりとした彼女の長い髪に指を通しながらそう言えば、ベルは得意げに鼻を鳴らし口の両端を上げた。


「ルシーと一番長く一緒にいたのは私なんだから当然だな」

「ふふふ、そうね」


(わたくしを一番近くで見守ってきてくれたのはベルだもの。きっとこの子に隠し事はできないわ)


 柔らかな彼女の頬を撫でながら、額と額を合わせる。


「シュネーヴェに行くのはとても楽しみよ。不安もないの。寂しさよりも楽しみが勝っていて……みんなには申し訳ないくらい」


 微笑を漏らし、短く息を吐いてから、再び口を開く。


「それでも、やっぱり少し……ほんの少しだけ、本当に大丈夫かしらって、思うこともあるの。わたくしはまだ、優しく温かな世界しか知らないから」


 ベルの瞳が心配そうに揺れる。そっと手に手を重ね寄り添ってくれるベルに、ルシアナは明るい笑みを返した。


「けれど、大丈夫。大丈夫だと思えるわ。だって、ベルが傍にいてくれるのだから」


 そうでしょう、と問いかけるように首を傾げれば、ベルは、にっと口角を上げた。


「うん、傍にいるよ。ルシーの命が尽きるその時まで」


 強い決意に満ちた真っ赤な瞳が、真っ直ぐルシアナを捉える。燃えるような彼女の目を見返しながら、ルシアナは目尻を下げる。


「これからどんなことが待っているのか、とても楽しみだわ」


(本当に、心から)


 再び動き出した馬車に揺られながら、ルシアナは再び窓の外へと目を向けた。

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