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披露宴(一)

 王家主催のパーティーの中でも、特に重要なパーティーで使用されるメインホール、プリマリングの間にて開かれた披露宴は、一般的な社交パーティーとほぼ変わらない様相だった。何か違う点があるとすれば、すでに社交の場から退いていたような人々も多く参加しているところだろう。

 それから、とルシアナは目の前に立つ二人の人物の背中を見つめる。


「本日、この佳き日にこの場に立ち会えたこと、シュネーヴェ王国国王として、またシルバキエ公爵の叔父として、心より嬉しく思う。シルバキエ公爵夫妻は、次代の王・王妃となる王太子夫妻と共に、このシュネーヴェ王国をさらに豊かな国へと導いてくれることだろう」


 声高に話すライムンドの隣で、ライムグリーンの髪をまとめた女性が背筋を正して立っている。

 シュネーヴェ王国の王妃、クラウディア・ヴォルケンシュタインだ。


(王妃殿下はすでに社交界から一線を引いていて、普段は姿をお見せにならないのよね。わたくしも今日初めてお姿を拝見したわ)


 義母であるユーディットの友ということで話を聞いたことはあったが、こうして姿を見るのは初めてだった。

 血の繋がりはないはずなのに、漂う雰囲気はテオバルドよりレオンハルトに近い印象だ。


「この素晴らしき縁を祝福し、幾久しくこの幸福が続くことを願う」


 クラウディアに向けていた意識をライムンドに戻せば、彼は鷹揚にこちらを振り返った。


「おめでとう、シルバキエ公爵、公爵夫人」

「ありがとうございます」


 隣で頭を下げたレオンハルトに合わせ、ルシアナもカーテシーをする。

 間にスペースを開けるように、ライムンドとクラウディアがそれぞれ横に一歩移動したのを見て、姿勢を正しレオンハルト共に前に出る。今ルシアナたちが立っているのは階段の上の開けたスペースなため、自然と会場を見下ろす形となった。


(これが、トゥルエノの王女としての最後の役割ね)


 胸を張り、けれど慎ましやかに立つルシアナの隣で、レオンハルトは大きく息を吸い込んだ。


「本日はお集まりいただきありがとうございます。このような代えがたい縁を持てたことは、人生最大の光明だと感じ入っております。この場を借りまして、改めて、縁を結んでくださった国王陛下に感謝申し上げます」


 ライムンドへ向け軽く頭を下げたレオンハルトは、すぐに頭を上げ、ホールに視線を落とす。その視線は、背の高い四人の女性がいる一画へと向けられた。


「また、比類なき宝を我が元へ贈ってくださったトゥルエノ王国にも、心よりの感謝を申し上げます」


 ライムンドへ向けたものより深く、そして長く頭を下げたレオンハルトの姿に、ホールはにわかにざわついた。しかし、ライムンドが満足そうに微笑んでいるのを見て、そのざわめきはすぐに引いていく。


(国王陛下は両国の関係がこの先ずっと友好的に続いていくことを願っていらっしゃるのね。だからこそ、王太子殿下方と共に、と言われたレオンハルト様に、トゥルエノ王国のことを言及させたのだわ)


 自国の王の前で、自国の王よりも尊重した姿を見せることで、ルシアナのことを大事にしていると示す。血縁を大事にするトゥルエノ王国の王家にとって、これ以上的確な友好表現はない。


(そういえば、わたくしたちは政略結婚なのよね。忘れていたわけではないけれど、わたくし自身にその実感はあまりないから……)


 この半年の生活は、おそらく誰が思っているより居心地のいいものだった。

 時折、両親や姉を思い出すことはあったが、それでも帰りたいと思ったことはない。

 今この場所にルシアナが立っているのは、すべて偶然の産物であったが、こうしているとこれが運命(さだめ)だったようにも感じる。


(なんて、少し夢見がちかしら)


 ふっと静かに笑うと、頭を上げたレオンハルトがちらりとこちらを見遣った。

 微笑を向ければ、彼はわずかに目尻を下げた。


「この縁が、私たち二人にとっても、両国にとっても、良いものであったと証明できるよう精進してまいります。本日はその最初の礎として、この場を用意させていただきました。この時間が、皆様にとっても良いものとなること願います。それでは、どうぞ心ゆくまで、ごゆっくりと宴をお楽しみください」


 レオンハルトが言い終わるのに合わせ、楽団が優美な演奏を開始する。弦楽器の音がホールを包むと、人々のさざめきも徐々に広がっていった。


(あとは何事もなく過ごせればいいわ)


 周りにわからないよう小さく息を吐けば、「夫人」と声を掛けられる。

 視線を隣に向けると、クラウディアがネイビーブルーの瞳を細めて微笑んでいた。


「こうして素晴らしい門出を祝福することができて嬉しく思います。慣れない地で苦労することもあるでしょうけど、この国にも頼れる者がいることを、どうか忘れないで」


 思いがけない言葉に、ルシアナは微笑を浮かべたまま、瞬きを繰り返した。


(まさか、そのようなことを言われるなんて……)


 クラウディアは、言外にルシアナの後ろ盾となることを示してくれたのだ。


(王妃殿下がわたくしの後ろ盾になる理由……やっぱりヘレナ様かしら)


 いまだどこか自信なさげで、気の弱さが見え隠れするヘレナは、中央貴族の中心に入りきれずにいた。


(お立場上、王妃殿下はヘレナ様を表立って支えることはできないわ。王太子殿下も気を付けてはいらっしゃるようだけど、王太子殿下がヘレナ様を大切にお守りすればするほど、お飾りだと揶揄する声が増えていっているようだったもの)


 ルシアナに友好的に接する者の中には、ヘレナを貶めながらルシアナを持ち上げる者が一定数いた。

 能力もないのに寵愛を得ただけで王太子妃に納まったお飾りの妃。

 様々なパーティーに参加する中で、そのような言葉を聞いたのは一度や二度ではなかった。


(もし今、王妃殿下がヘレナ様に付き添ったり、社交界での立場をそのまま譲るようなことがあれば、ヘレナ様のお立場はさらに悪くなるわ)


 ルシアナを伴っても似たようなことになるだろうが、シュネーヴェ王国におけるルシアナの地盤はまだ盤石ではないため、身の振り方さえ間違えなければ、それほどヘレナの立場を悪くすることはないだろう。

 ルシアナは自身を真っ直ぐ見つめるクラウディアに改めて笑みを向けると、軽く腰を落とす。


「国母である王妃殿下にご祝福いただいたことで、これから進む先はきっと光に満ちたものになるでしょう。王妃殿下がもたらしてくださる光を多くの人に分け与えられるよう、邁進してまいりますわ」


 再び目線を交わらせれば、彼女は目を細め、笑みを深めた。


「良い妻を迎えましたね、シルバキエ公爵」

「すべては陛下のお導きによるものです」


 その言葉に、ふっと笑みを漏らすと、クラウディアはレオンハルトへ向けていた視線をルシアナに戻す。


「社交界からは足が遠のいていますが、定期的にごくごく私的なお茶会を開いているんです。次に開催するときは、夫人に招待状を送りますね」

「ありがとうございます。楽しみにしておりますわ」


 差し出された手を取り握手をすると、彼女は、にっと口角を上げた。

 雰囲気はレオンハルトに近いと思ったが、その姿は人懐こい笑みを浮かべるテオバルドを彷彿とさせた。


「夫婦生活のことで何か困ったことがあったらいつでも相談してくださいね。私のお茶会に来るのは手練ればかりなので、どんな内容でもお役に立てると思いますよ」

「? はい、ありがとうございます」


 意味ありげな笑みを向けるクラウディアに、ルシアナは小首を傾げながら、ただ頷き返した。

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次回更新は6月18日(日)を予定しています。

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