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ルシアナの思惑(二)

「……妖精、ですか?」

「ああ、妖精だ」


 レオンハルトは少し考えるように口元に手を当てると、少しして口を開く。


「明確にそれらしいものを見たことはありません。が、ただ、昔……それらしいものを見たような気は……します」

「ふむ……そのとき、あの小娘も一緒だったか?」


 ベルの言葉に、はっとしたように、彼はわずかに目を見開いた。


(心当たりがありそうだわ)


 ベルも同じように考えたのか、小さく「なるほどな」と漏らすと、背もたれに寄りかかる。


「じゃ、そのときの妖精だろうな。あの娘の傍にいるのは」

「……妖精がいたのですか? テレーゼの傍に?」


 驚いたように呟くレオンハルトに、ベルは肩を竦める。


「この邸の中には入って来なかったがな」

「あら、近くにいたの?」

「ああ、窓の外にね。心配そうに二人の様子を見てたよ。ルシーが気付いたのは、あの娘の首飾りだよな」


 自身の首筋を指先で軽く叩いたベルに、ルシアナはしっかりと頷く。


「あれがいわゆる妖精の贈り物と呼ばれるものなのよね?」

「ああ。一匹の妖精が特定の人間に肩入れするのは珍しいから、私も見るのは初めてだ。中には入らないのに来てたってことは、相当気にかけてるんじゃないか?」

「まあ! それならやっぱり、彼女は悪い方ではないわね」

「いや、妖精だけを判断材料にするのはどうかと思うが……」


 嬉しそうに顔を輝かせるルシアナと、苦笑を浮かべるベルの姿を窺いながら、レオンハルトは遠慮がちに声を掛ける。


「お話を中断させてしまい申し訳ありません。ただ、あの……話が見えないのですが……」


 申し訳なさそうなレオンハルトに、ルシアナとベルは改めて顔を見合わせると、ふっと互いに眉尻を下げた。


「いけないなぁ。互いに癖が抜けてない」

「抜けさせる暇もなかったものね」


 ルシアナはもう一度、ふふっと笑みを漏らすと、姿勢を正してレオンハルトを見た。


「わたくしがリーバグナー公爵令嬢に罰を与えなかった理由ですわ」


 まだ判然としていない様子のレオンハルトに、ベルは軽くルシアナを小突く。


「ルシー、人との会話には……っていうのはさっきも言ったな」


 ベルは仕方ないという風に息を吐くと、レオンハルトへ視線を移した。


「あー、ルシーが言いたいのは、あの娘が妖精に懐かれてるから本当は悪い奴じゃなくて、話せば仲良くなれると思った、ということだ」

「要約するとそうね」


 うんうんと頷くルシアナに、レオンハルトは首を傾げる。


「それは……」

「安直だよな」


 頷いていいものか、と顔を顰めるレオンハルトに、ルシアナはおかしそうに笑う。


「おっしゃりたいことは遠慮せずおっしゃってくださいませ。けれど、まあ……彼女に関しては、少し思うところがあるので、あのような申し出をしました」


 レオンハルトはいまだ要領を得ない様子だったが、ベルはどこか納得したように深く息を吐き出した。


「ま、ルシーの言いたいことはわかるよ。私も、あの妖精の様子からして、あの娘自身に元から悪意があったとは思えない。性格は問題ありだと思うが」

「それも環境の――関わってきた方々の影響があると思うわ。だからこその、外部との連絡禁止と定期的な面会なのよ」

「――なるほど」


 レオンハルトは何か思い当たることがあったのか、一人納得した様子で頷くと、真っ直ぐルシアナを見た。


「ルシアナ様のお考えはわかりました。必要があれば彼女の周りの人間について資料をまとめますが、いかがなさいますか」

「まあ。ありがとうございます、助かりますわ」

「では、後日エーリクからお受け取りください」

「ありがとうございます、レオンハルト様」


 柔和な笑みを浮かべながらお礼を言えば、レオンハルトもわずかに目尻を下げた。




「まあ。謹慎、ですか?」

「……はい」


 翌日、邸を出てほどなくして帰ってきたレオンハルトは、眉間に皺を寄せながら重く息を吐き出した。


(リーバグナー公爵令嬢の訪問がそれほど問題視されたのかしら? けれど、そういった罰ならレオンハルト様はきっと粛々と受けられるわ。これほど苦々しいお顔はされないと思うのだけれど……)


 ルシアナが頭を捻っていると、もう一度息を吐き出したレオンハルトが胸元から封書を取り出し、テーブルの上に置いた。


「……王太子殿下からの茶会の誘いです。一週間後行われるこの茶会にルシアナ様と参加すれば謹慎は解く、と」


(そういえば、王太子妃殿下と共にお茶をしようとおっしゃっていたわ。そのお誘いということかしら)


「わたくしは構いませんわ。特別用事もございませんので」

「……ありがとうございます」


 レオンハルトは顔を顰めたまま頭を下げると、手を挙げる。それを受け、ギュンターは返信に必要なもの一式を用意し、テーブルに並べた。

 無言でペンを走らせるレオンハルトを見ながら、ルシアナは出された紅茶を飲む。


(もしかして、わたくしのことで王太子殿下に何か言われたのかしら? わたくしとの仲を取り持とうとしているようにも見えたし、謹慎も建前だったり……?)


「ギュンター、これを出しておいてくれ」

「かしこまりました」


 いつの間に書き終えたのか、すでに封蝋で閉じられた手紙を受け取ったギュンターが部屋から出て行く。

 思考を止め意識をレオンハルトへと向ければ、彼はいまだに渋い表情を浮かべていた。


(ふふ、レオンハルト様には申し訳ないけれど楽しみだわ)


 若干口をへの字に曲げるレオンハルトに微笑を向けながら、ルシアナは初めてのお茶会に胸を躍らせた。

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次回更新は1月15日(日)を予定しています。

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