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【全年齢版】ルシアナのマイペースな結婚生活  作者: ゆき真白
第二部 - 第二章

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かわいいひと(三)

「ルシアナ」


 耳元で吹き込むように名前を呼ばれ、小さく体が震えた。

 彼は優しく後頭部を撫でると、肩にかかる髪を退かし、首筋に軽く口付ける。


「っ、レオンハルト様……」


 繰り返される口付けに、やんわりと彼の体を押し返せば、レオンハルトはルシアナを押し倒した。布団をかぶり直し、体を重ねるようにルシアナに覆い被さる。

 彼はそのまま頬や額に口付けを繰り返し、ルシアナもそれを大人しく受け入れる。


「……誤魔化されませんわよ」


 レオンハルトの背に手を回し、放さないとばかりにぎゅっと寝衣を掴みながらそう呟けば、レオンハルトが、ふ、と目尻を下げた。


「そうか?」


 間近で煌めくシアンの瞳に、ルシアナは、ぐっと口を閉じる。

 すでに怒りの感情がしぼんでしまっていることを、彼は察しているようだ。

 ちょっとした意地で、むっと唇を尖らせると、レオンハルトは柔らかくルシアナの頭を撫で、頬にちゅっと口付けた。


「今言うべきことではないかもしれないが……貴女が俺に素直に怒りの感情を向けてくれるのが嬉しいんだ。それだけ俺を信頼し、甘え、気を許しているということだろう?」


 とろりと砂糖を煮詰めたような甘い眼差しで自分を見つめるレオンハルトに、ルシアナは驚いたように目を瞬かせた。

 感情を素直に出していいんだ、というのは、かつて家族に何度も言われてきたことだ。まさかそれに似たようなことを彼に言われるとは思っていなかった。


「……知らない間にわたくしの家族と連絡を取っていたりしますか?」

「まさか。貴女を差し置いてそのようなことするわけないだろう?」


(そう、よね……)


 トゥルエノ王国とシュネーヴェ王国はもともと国交がなく、また、場所も大陸の正反対に位置するため、連絡を取り合うのは容易ではない。

 国を出るときに約束した通り、家族に向けてたくさんの手紙を書いてはいるが、それらを実際に出せたことはなかった。人を遣わせればやりとりも可能だと言われたが、自分のわがまま一つでそのような手間をかけさせるわけにはいかない。

 国を繋ぐポータルが完成すれば、もっと簡単に手紙を送れるようになる。それに、この婚姻の条件でもあった商会建設が問題なく行われれば、通信装置を使ったやりとりも可能となる可能性が高い。

 だから、正式に連絡を取り合えるようになるまでは、手紙は書き留めるだけにしておこうと決めていた。


(そのことをご存じのレオンハルト様が、わたくしに内緒でお母様たちと連絡を取り合うはずないわよね)


 本当にそうだと疑っていたわけではないが、それでもやはり腑に落ちない。

 その気持ちが顔に出ていたのか、レオンハルトは少し困ったように眉尻を下げた。


「実は……披露宴のあと第一王女殿下と少し話しをしてな。そのときに少しだけ貴女の話を聞いたんだ」

「アレックスお姉様と?」


 初めて知る事実に、ルシアナは目を見開く。

 確かに、披露宴を終えたあと姉たちと顔を合わせた場所にアレクサンドラはいなかった。

 アレクサンドラは次期女王であるし、彼女の夫であるカルロスは外交官としてずっとシュネーヴェ王国側と親睦を図っていた。だから、彼女たちは披露宴での騒動を円満に解決するために動いているのだろう、と当時は深く考えなかった。

 それがまさか、レオンハルトと会っていたなんて。


(あの翌日、お姉様にはお会いしたけれど、そのときには何も――)


『昨日少し話しただけの私に言われても、説得力には欠けるだろうが』


 ふと、あのとき彼女に言われた言葉が頭をよぎった。

 あのときは、披露宴のときに挨拶を交わしていたから、そのときのことを言っているのだろう、と特に気に留めていなかった。けれど、よくよく思い出してみれば、アレクサンドラはずいぶんとレオンハルトに対する信頼を滲ませてしなかっただろうか。


『シルバキエ公爵なら問題ないだろう。取り留めのない話をされても、お前が相手ならいくらでも耳を傾けてくれるだろうよ』


(そうよ……お姉様は確かにそうおっしゃっていたわ。少し話しただけだとおっしゃる前に……ただ挨拶を交わしただけなら、そのような発言はされないはずだわ)


 あのときは、誠実で真面目なレオンハルトがそのような評価を受けるのは当たり前だと思っていた。それに、その言葉をすんなり受け入れられるほど、大事にされているという自覚がった。


(だから気にも留めなかったのね。……今思い返してみれば、お姉様はとてもレオンハルト様に好意的だったわ。新しく家族になったから、という理由では足りないほどに)


 いったい二人はどんな話をしたのだろう。

 そんな疑問を湛えながらレオンハルトを見上げれば、彼はルシアナを抱き締めながら、隣に寝直した。


「貴女の……過去の話を少しだけ、な」

「あ……」


 少し言いにくそうな様子と、抱き締める腕の強さで、何の話をしていたのか大体察しがついた。


「そう、ですわね。今はほとんど問題ないとはいえ、もともと体が弱い身……懸念事項があると伝えるのは当然の――」

「ルシアナ。自分を傷付けるような言葉を言うのはやめてくれと以前言ったのをもう忘れたのか?」


 少々鋭さを感じるレオンハルトの声に、ルシアナは反射的に口を閉じる。恐るおそる彼を窺えば、レオンハルトは力強い瞳で真っ直ぐルシアナを見つめていた。


「そういう話も確かにあった。だが、それはただの話の前振りにすぎない。……まぁ、今思えば俺を試す意味もあったのだろうが」

「……レオンハルト様を、試す?」


 彼から滲み出ていた剣呑さが薄れたことに安堵しつつも、思わず縋るように寝衣を掴んでしまう。レオンハルトはそれにわずかに表情を緩めると、その手を取り、安心させるように指先に軽く口付けた。


「ああ。俺と貴女はもともと政略結婚だろう。二国間の親交を深めるうえで、俺と貴女の関係性は非常に重要だ。今後も友好的な関係でいられるよう、シュネーヴェ側は是が非でも貴女に俺の子を産んでもらいたいと思っている――と、トゥルエノ側は考えていたはずだ」


 これまで自分でも何度も振り返ってきたことだが、レオンハルトから改めて“政略結婚”という言葉を出されると、途端に心が冷えてくる。

 それは紛れもない事実のはずなのに、何故こんなにも悲しく思うのか。

 そんな気持ちが滲み出てしまったのか、レオンハルトは指を絡めるように手を握り込み、手の甲に口付けを落とす。


「これは俺の想像でしかないが、おそらく第一王女殿下は、貴女が虚弱体質だったことを明かすことで、俺の反応を伺っていたんだと思う。もしそれで俺が戸惑ったり、少しでも後悔するような素振りを見せたら……彼女は即刻貴女を連れ帰っていただろう」


(……可能性としてはあり得るわ)


 レオンハルトがそんな人ではないということは、ルシアナが一番よくわかっている。けれど、もし万が一、レオンハルトといられない、そんな未来があったとしたら。

 その可能性を考えるだけで、恐怖に身が竦む。

 きゅうっと握る手に力を込めれば、レオンハルトは優しく目尻を下げた。

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