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【全年齢版】ルシアナのマイペースな結婚生活  作者: ゆき真白
第二部 - 第二章

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北部の日常(三)

 レオンハルトが帰って来たのは、そろそろ夜が明けるという時刻だった。

 報告を受けたルシアナは、防寒具をしっかりと着込み、ユーディットと共に訓練場へと向かう。

 冬の間も騎士たちが十分な訓練を行えるよう敷地内には屋根のある広大な訓練場が用意されているのだが、有事の際には避難場所になったり、魔物を捕まえた場合はその保管場所にもなるなど、訓練以外にも様々な用途に利用されているらしい。


(以前、案内していただいたときは近く感じたのに、今日はとても遠く感じるわ……!)


 はしたないと思いつつ、ルシアナは駆け足で城内を移動する。人を避けながら全速力で渡り廊下を進み、煌々と光を放つ訓練場の中へと飛び込むと、足を止めることなく目的の人物の元まで駆けた。


「レオンハルト様……!」

「ルシアナ?」


 振り返ったレオンハルトの胸に突撃するように、ルシアナは勢いのまま彼に抱き着く。

 まるで屋外にいるような、澄み切った冷たい空気が一気にルシアナを包み込んだ。体を内側から冷やすような凍てついた空気が、すっと鼻腔を通り抜け、ルシアナはほっと息を吐き出す。


(北の大地の香り……わたくしにとっては、レオンハルト様の香りだわ)


 ずっと外にいたせいか、彼の服はとても冷たかった。雪の水分を吸っているのか生地は少々湿っており、触れる素肌からどんどん体温が奪われていく。それでも、離れるという選択肢はルシアナのなかにはなかった。


「待ってくれ、ルシアナ。そのままでは冷えるだろう」


 レオンハルトははっとしたようにルシアナの肩を押したものの、ルシアナは首を横に振ってそれを拒否する。

 レオンハルトが魔物に後れを取るとは思っていないし、ひどく案じていたというわけでもないが、どうしても離れがたかった。


「ルシアナ、せめて外套だけ脱がせてくれないか? 本当に一瞬、離れるだけだから」


 言うことをきかない子ども宥めるように優しく背中を撫でられ、ルシアナは渋々レオンハルトを解放する。

 レオンハルトは言葉通り一瞬のうちに外套を脱ぐと、それを片腕に掛け、もう一方の腕でルシアナをしっかり抱き締めた。服越しに彼の体温を感じることができ、ルシアナもぎゅうっと彼を抱き締め返す。


「ただいま、ルシアナ。何も問題はなかったか?」

「……おかえりなさいませ、レオンハルト様。領地も領地民も無事で、不在の間も何も問題はありませんでしたわ」

「そうか。それならよかった」


 甘やかすような優しい声に、ルシアナは固く口を閉じる。


(……だめね。レオンハルト様に甘やかされることにすっかり慣れてしまったわ)


 ルシアナは一度強くレオンハルトを抱き締めると、腕の力を緩め、彼の体に押し付けていた顔を上げる。

 外は極寒で、雪が降り続ける雪山など動きにくかっただろうに、彼の表情は穏やかだった。魔物討伐から帰って来た直後だとは思えないほど、彼の眼差しは慈愛に満ちている。


(何かいいことがあったのかしら?)


 もしかしてあれが原因だろうか、と訓練場に入ったときから視界の端にちらちらと映っていた白い塊に目を向ける。

 氷塊のような薄水色の大きな角を持つ巨大な白兎、氷角雪兎が二体と、氷角雪兎とそれほど大きさの変わらない、真っ白な体毛と絹糸のような長い尾を持つ尾長熊が二体。計四体の巨大な魔物が、訓練場の床に並べられていた。

 初めて見る魔物に、少しだけ好奇心が湧いてくる。


「近くで見るか?」


 考えを見透かしたような問いかけに、ルシアナはわずかに肩を跳ねさせると、おずおずとレオンハルトへ視線を戻した。


「……問題がなければ、是非」

「問題などあるはずがないだろう」


 レオンハルトは口元に柔らかな笑みを浮かべると、ルシアナの肩を抱いたまま魔物へと近付いた。

 魔物の大きさを測ったり、何かを書き記していた騎士団員たちが、ルシアナとレオンハルトのために道を開けてくれる。

 彼らの業務の邪魔をしてしまったのではないかと心配したが、団員たちは特にした様子もなく、むしろ満面の笑みを浮かべてルシアナを魔物の前へと通してくれた。


(……? そういえば、この場所にいる他の方たちも表情が明るいわ)


 領地の団員は元気がいいなと数刻前に思ったばかりではあるが、それにしても上機嫌に見える。

 やはり何かいいことでもあったのだろうか、と疑問に思いつつ、ルシアナはまず氷角雪兎に近付いた。二体いるうちの、より角が鋭いほうを近くで観察する。

 頭だけを動かしてきょろきょろと氷角雪兎の体を見回したルシアナは、他の三体にも目を向ける。

 レオンハルトの腕の中からするりと抜け出し、魔物の間を行ったり来たりしながら、四体の魔物の体を目視で確認していく。


(見落としているだけかと思ったけれど、これは……)


「レオ――」


 顔を上げ、先ほどまでレオンハルトと共に立っていた場所へと目を向けたルシアナだったが、そこにレオンハルトの姿はなかった。


「どうかしたのか?」

「……!」


 真後ろから聞こえた声に、はっと振り返れば、すぐさまレオンハルトに抱き上げられてしまった。

 彼の腕にもう外套はなく、先ほど目を離した一瞬の隙にどこかに置いてきたようだ。

 突然の浮遊感に、ルシアナは一瞬驚いたように目を瞬かせたものの、すぐに慣れた様子でレオンハルトの首に腕を回した。レオンハルトは隙さえあればすぐにこうして抱き上げてくるため、ルシアナもすっかりこの体勢に慣れてしまったのだ。


(公爵夫人としての威厳も何もないから人目のあるところでは少し恥ずかしいけれど……今はわたくしもレオンハルト様とくっついていたいわ)


 がっちりとルシアナを抱き込んでいるレオンハルトに応えるように、ルシアナもしっかりと彼を抱き締めながら、目の前の魔物へと目を向ける。


「どの魔物も状態がとても綺麗で傷が見られないのですが……」


 レオンハルトほどの騎士であれば、大きな傷を残さずに魔物を仕留めることなど簡単にできるはずだ。だから、その点をおかしいとは思わない。

 ただ、ここにいる魔物たちは、四体ともあまりにも体が綺麗すぎる。

 そもそも、氷角雪兎と尾長熊は縄張り争いをしていて、そのせいで雪崩が起きたのではなかっただろうか。争っていたにもかかわらず双方大きな傷がないというのは、何ともおかしな話だ。


(やっぱりヴァルが傷を治したのかしら?)


 レオンハルトの精霊であるヴァルは、風と水、二つの属性を持った精霊ではあるが、本質的には水の精霊だ。精霊が魔物の傷を治すという話は聞いたことがないが、聞いたことがないだけで、あり得ないことではないだろう。


「さすがだ。いいところに目をつけるな」


 考え込んでいたルシアナは、レオンハルトの声にはっと我に返る。視線をレオンハルトへと向ければ、彼は褒めるようにルシアナの背中をひと撫でし、「実は」とわずかに口角を上げる。


「裏山で争っていた尾長熊が特殊個体だったんだ」

「特殊個体、ですか?」


 聞き馴染みのない言葉に、ルシアナは不思議そうに首を傾げた。

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