義母からのプレゼント
夕食のあと、ユーディットに渡したいものがあると言われたルシアナは、入浴を済ませたあと客間へと向かった。
「いらっしゃい、ルシアナさん。呼び出してごめんなさいね」
「いえ。お招きいただきありがとうございます」
ディートリヒとレオンハルトは別で晩酌をしているため、客間にはユーディットと二人きりだ。
これまでユーディットに連れられ、様々なお茶会やパーティーに参加してきたが、改めて二人きり、という状況は初めてなため、少しだけ緊張してしまう。
ドキドキとわくわくが入り乱れるなか、促されるまま向かい側に座り、出されたハーブティーを飲む。
蜂蜜のまろやかな甘みと生姜のぴりっとした辛さがちょうどよく、ルシアナはほうっと息を吐き出した。
「ごめんなさいね。義理の母に呼び出されるなんて緊張するわよね」
「いいえ、そのようなことは……! ただ、これまでお義母様やお義父様とゆっくりお話しする機会もなかったので嬉しくて……改めてになりますが、不慣れなわたくしに寄り添ってくださったこと、わたくしが使いものにならなかったときに駆けつけてくださったこと、心より感謝を申し上げますわ」
深く頭を下げたルシアナに、ユーディットは「まあっ」と声を上げ、ルシアナの隣に移動した。
「レオンハルトもルシアナさんも可愛い我が子だもの。力になるのは当然だわ」
やんわりと肩を押され、ルシアナは顔を上げる。優しげに細められたシアンの瞳は、その言葉が本心なのだと伝えてくれているようだった。
「……この縁談は、国王陛下主導で進められたとお聞きました。お義母様方には事後報告だったと。お二方にとっては、突然嫁いできた嫁という存在ですのに、こうして温かく迎え入れてくださったこと、本当に感謝しています。これについては、どれほど感謝してもしたりないくらいですわ」
彼女の目を真っ直ぐ見つめながらそう告げれば、ユーディットは目を瞬かせたのち、ふ、と目尻を下げた。
「レオンハルトに嫁いで来てくれた子が、ルシアナさんのように愛情深く、思いやりがある子で、あの子をただの“レオンハルト”として見てくれる子で、本当に嬉しいの」
ユーディットはルシアナの手をそっと取ると、目を伏せる。
「あの子を、公爵家の跡取りだとか……公爵だとか。陛下の甥だとか、王太子殿下の側近だとか、戦争の英雄だとか……そういう肩書きや立場だけで見る人間はとても多かったの。……私とディートリヒもその一人ね」
どこか寂しそうに微笑むユーディットに、それは仕方がないと口を開こうとしたルシアナだったが、それより早くユーディットに制される。
「昼間も言ったけれど、あの子の育て方について後悔しているわけじゃないの。……少しでもそんなことを思ったら、あの子の人生や在り方を否定するようでできない、っていうのが正確かしら」
どこか諦めたように苦笑を漏らすユーディットに、じわりと視界が滲んだ。
(また、わたくしったら……)
レオンハルトへの深い愛情を感じたら泣いてしまうなど、本当に自分は何様なのだろう、とルシアナはぐっと涙を堪える。
目元に力を入れ、泣くのを必死に我慢しているルシアナに、ユーディットは嬉しそうに笑むと、ルシアナの手を優しくさすった。
「あの子のことを、何者でもない、ただの一人の人間として愛してくれてありがとう、ルシアナさん。あの子にとっても、私たちにとっても、これほど喜ばしいことはないのよ」
「……はい。はい、お義母様」
ルシアナは、込み上げてくるものを抑え込むように深く息を吸い込むと、深い愛情を湛えた笑みを彼女へと向けた。
「このようなことをお伝えするのは、とても烏滸がましいことですが、レオンハルト様を、あのように素敵な方を産み、育ててくださったこと、心より感謝申し上げますわ」
「私のほうこそ、あの子と出会ってくれて、愛してくれてありがとう、ルシアナさん」
ルシアナとユーディットは顔を見合わせると、お互いにくすくすと笑い合う。
「ふふ、あの人が帰って来たら、ルシアナさんに素敵なことを言われたと自慢しなくちゃ」
少々しんみりしていた空気を和ませるように明るく笑ったユーディットは、「そうそう」と立ち上がった。
「あの人がいつ帰ってくるかわからないから、先に渡さなくちゃね」
(そういえば、プレゼントをくださるというお話だったのよね)
ユーディットが背を向けた隙に目尻の涙をさっと拭ったルシアナは、背筋を正して彼女を待つ。
「こういうものを義母から贈られるのはどうかしら、とも思ったのだけれど、あの子は服とか装飾品に無頓着で疎いでしょうから、一着用意してみたの。おすすめのお店を教えるから、もし気に入ったら、そこに行って買ってみてちょうだい」
ユーディットが持って来た箱は、ドレスが入っているには小さく、装飾品が入っているには大きいものだった。
(靴……でもなさそうだわ)
いったい何だろう、と思っていると、開けてみて、と促される。「ありがとうございます」とお礼を伝えたルシアナは、リボンを外し、そっと蓋を持ち上げた。
「これは……」
入っていたのは、真っ白な光沢のある毛が美しい羽織りものだった。
「旧ルドルティ地域の山に生息している氷角雪兎と呼ばれる魔物の毛で作られたものよ。肌触りがよく保温効果が高いの」
「まあ……このように素敵なものを……」
綺麗、とそれを手に取ったルシアナは、その下にもまだ何かがあることに気付き、首を傾げる。
「こちらは髪飾りでしょうか?」
レースのリボンのようなものを手に取ったルシアナに、ユーディットは「あらやだ」といたずらに目を細めた。
「それは下着よ」
「……したぎ?」
いったい何を言われているのかわからず、ルシアナは首を傾げる。不思議そうなルシアナに、ユーディットはにこりと笑みを返した。
「氷角雪兎の体毛は汚れが落ちやすく、水洗いもできるから外套としても好まれるのだけど、保温性の高さからそういう下着の上に着るものとしても需要が高いのよ」
“そういう下着”という意味ありげな言い方に、以前レオンハルトを誘うために着た煽情的な下着の存在を思い出し、ルシアナは一気に顔を赤くした。
ルシアナは手に持っていたものをそっと箱に戻すと、蓋を閉め、きつくリボンを結び直す。箱をぎゅっと抱き締めながら、ルシアナはユーディットを窺った。
「その……そういうことのためのお召し物、だと考えてよろしいのでしょうか」
「ええ。きちんとした外套は別に用意してあるから、そこに入っているものはレオンハルトの前でだけ着てちょうだい」
ユーディットの言葉に、さらに顔が熱くなる。けれど、この義母からのプレゼントは、ルシアナにとって願ってもないものだった。
「あの……実はレオンハルト様のお誕生日に……こういったものを着ようか迷っていたので……ありがとうございます、お義母様」
「よかったわ。本当なら歳の近い友人同士で教え合ったり、夫がプレゼントしたりするものだから、私があげるのもどうかと思ったのだけど」
(ま、まあ……そういうものなのね……)
この国に来て知り合いは増えたが、既婚者の友人はヘレナくらいなものだ。彼女と頻繁に会えていたころはまだ閨事を義務だと思っていたし、そういうための下着の存在も知らなかった。そのため、当然それに関連した話をしたことはない。
レオンハルトに関しては、そもそもこういったものをプレゼントするという発想自体なさそうだ。
(これまでエステルたちがいろいろと助けてくれたからよかったけれど……その手助けがなかったら、きっとわたくしはレオンハルト様を喜ばせることができなかったわ)
その助力者のなかにユーディットが入ってくれるなら、それ以上に心強いことはない。
「その……お義母様さえよろしければ、これからも……いろいろとお伺いしてよろしいですか?」
気恥ずかしさを押し殺しながら尋ねれば、ユーディットは「もちろんよ」と頷いた。
「私に対して遠慮することは何もないわ。義理の母だから、家族だから、相談しやすいことも、しにくいこともあるでしょうけど、私はいつだってルシアナさんの味方よ。もちろん、私に触れられて不快な話題もあるでしょうから、そういうときも遠慮せずはっきり言ってちょうだいね」
「……はい。本当にありがとうございます、お義母様」
実母のように寄り添い、自分を慮ってくれるユーディットに、本当に自分は恵まれていると、ルシアナは改めて彼女たちと家族になれたことに深く感謝した。
投稿が遅れて申し訳ありません!
次回更新は9月14日(日)を予定しています。




