義両親の来訪(四)
「落ち着いたか?」
「はい。突然申し訳ありませんでした」
はにかみながら目を伏せれば、レオンハルトは優しく目尻を撫でてくれる。
「いいんだ。ルシアナにはできる限り笑っていてほしいが、だからと言って感情を誤魔化してほしくはない。泣きたいときは泣いて、怒りたければ怒る。そうしてくれたほうが俺は嬉しい。だから謝る必要はない」
語りかけるような優しい口調に、ルシアナはほっと息を吐き出すとレオンハルトを見上げる。
レオンハルトの眼差しは慈愛に満ち溢れており、それだけでルシアナの心は解れていく。
(お姉様たちもよく同じようなことをおっしゃってくれたけれど……今ならその理由がわかるわ。どんなわたくしでも愛していると、そう伝えてくださっていたのよね。わたくしはそれに「大丈夫」と笑うばかりで……きっとたくさん気を揉ませてしまったわ)
レオンハルトを愛し、愛されるなかで、これまで見落としてきたものが見えるようになった。
ルシアナはいい子であろうといつだって笑ってきたが、きっと泣いてわがままを言ったって、姉も両親もルシアナを嫌いになどならなかった。彼らの優しさは純粋な愛情だけでなく、体が弱く、王家の直系であるにも関わらず小柄なルシアナを気遣った結果でもあると思っていたが、きっとそうではないのだ。
ルシアナがトゥルエノらしい王女だったとしても、彼らは今と変わらない愛を向けてくれたはずだ。
それに気付けたのは、やはりレオンハルトとの出会いが大きいと思う。
だから、嬉しかった。
これまで取りこぼしてきたものがあることに、レオンハルトも自分と出会ったことで気付いたということが。自分といることで、もっと多くのことを理解できると思ってくれていることが。
自分と同じように感じてくれているということが、とても嬉しい。
(わたくし、やっぱりレオンハルト様を愛しているわ)
日に日に膨らんでいく愛を、すべて伝えることができればいいのに。
できれば今すぐにでも溢れんばかりの愛を伝えたいが、今はまだ彼の両親の前だ。それに、本当に伝えなければいけないことは、まだ伝えられていない。
優しく頬を撫で続けるレオンハルトの手を取ると、ルシアナはにこりと明るく笑んだ。
「ありがとうございます、レオンハルト様。わたくしはもう大丈夫ですわ。お義父様とお義母様も……話の腰を折ってしまい申し訳ございません」
「いいのよ。可愛い息子と娘が仲良くしている姿を見られて私たちも嬉しいわ。ね、あなた」
「そうだな。改めて、招待感謝する、ルシアナ殿」
「そうおっしゃっていただけて、とても嬉しいですわ。それで……話が戻ってしまうのですが、実はわたくしが産む子について、どうしてもお伝えしなければならないことがございまして……」
レオンハルトへ目線を向ければ、彼は淡く笑んで頷き、義両親へと目を向けた。
「私も先日ルシアナから聞いたのですが……」
レオンハルトは、ルシアナがした話をそのまま両親に伝えた。
他家に嫁いだ王女の子は、皆赤い目を持って生まれてくること。
子どもの瞳の色は代を重ねるごとに薄くなり、最終的に白くなったら以降は両親どちらかの瞳の色を受け継ぐこと。
女児しか産まれないのは王家の直系に限った話で、傍系は男女両方産まれる可能性があることなど。
すべてを聞き終えた義両親は、顔を見合わせると、神妙に頷いた。
「そのことについてはなるべく早い段階で噂を流しておきましょう。正直、実例があるほうがありがたいのだけれど……」
「シュネーヴェの冬期休暇が終わればトゥルエノとの往来が盛んになると思うので、そのときに従兄姉のどなたかをこちらにお連れできないか訊いてみようかと思います」
「そうだな。赤い瞳を持って生まれることはなるべく多くの者がいる前で言及したほうがいい。当事者がいる場合は社交界初めのパーティーで、もし誰も来られないようであれば、終わりのほうのパーティーで言及するのがいいだろう。そのころには噂も広まってるだろうからな」
「そうなると、子どもの誕生は来年以降のほうがいいわね。もちろん、子どもは二人のことだし、授かりものでもあるから、それを強制するつもりはないけれど」
「あ、そのことですが……」
二年は子どもをもうけないと決めている旨を義両親に伝えようと、一度レオンハルトに視線を向けたルシアナだったが、レオンハルトがどこか不思議そうな表情を浮かべていることに気付き、小首を傾げる。
「レオンハルト様? どうかされましたか?」
「いや……どうしてそんなに真剣に……そこまでするのかと」
ルシアナたちの会話の意図がわからないと困惑するレオンハルトに、ユーディットがこれでもかというほどの盛大な溜息をついた。
「レオンハルト。貴方が清廉潔白に育ってくれたことは喜ばしいけれど、少し純粋すぎるわ」
「まぁ、仕方のないことだろう。そういったこととは無縁だったろうからな」
義両親の言葉に、さらにわけがわからないとレオンハルトは首を傾げる。その姿が幼い子どものように見えて、ルシアナは、ふふ、と笑みを漏らした。
「お義父様とお義母様は、実際に子どもが産まれたとき、わたくしや子どもたちが誹りを受けないように、とこのような提案をしてくださったのですわ」
「誹りを……?」
いったい何故、と眉を寄せるレオンハルトに、義母が「いい?」と鋭い目を向けた。
「貴方もルシアナさんも、赤い瞳を持っていないでしょう? それなのに赤い瞳の子が生まれてごらんなさい。周りはルシアナさんが不貞を働いたんじゃないかと疑うに決まっているわ」
「は……?」
少しもその可能性絵を考えていなかったのか、レオンハルトは大きく目を見開いて固まってしまう。
(こんなに驚かれるなら先にその可能性についてお伝えしておけばよかったわ)
そう思う一方で、本当にその可能性を少しも考えていなかったのだと思うと、彼の無垢さがとても愛おしく思えた。
いつもはレオンハルトに甘え、頼ってばかりなため、ここは自分がしっかりしなくては、と気合も入る。
「お義父様、お義母様。子どもについてですが、レオンハルト様と話し合って、二年はもうけないと決めております。ですので、そのころまで赤い瞳についての噂が定着していれば問題ありませんわ」
「あら、そうなの? ああ、でもそうよね。二人はまだ知り合って一年も経っていないもの。二人でゆっくり過ごす時間が必要だわ」
ユーディットの言葉に、ディートリヒも「そうだな」と頷く。
「赤い瞳については、私たちのほうで手を回しておくから気にしなくていい。それから、二年経ってからも慌てる必要はない。ユーディットも言っていたが、子は授かりものだ。後継者のことなどはあまり気にせず過ごしなさい」
「そうよ。シュネーヴェという新しい国が誕生したことで隠居じみた生活を送っているけれど、私もこの人もまだまだ元気に働けるわ。助けが必要なら……いいえ、そうでなくても、いつだって私たちを頼っていいのよ」
頼もしく、愛情深い二人の眼差しに、ルシアナは満面の笑みを浮かべ、「はい」と頷く。
(こんなにも頼もしく優しい方々が義両親だなんて……わたくしは本当に、人に恵まれているわ)
より踏み込んだ話をしたからか、以前にも増して義両親との仲が深まったように思う。
無理に話題を探さなくても話は自然と広がり、和やかな時間が過ぎていく。
けれどそんな穏やかな雰囲気のなか、レオンハルトだけは、時折深刻そうに何かを考え込んでいるようだった。
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次回更新は8月24日(日)を予定しています。




