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義両親の来訪(一)

 淡い光とともに転移魔法陣からディートリヒとユーディットが姿を現す。


「ようこそいらっしゃいました。父上、母上」

「招待感謝する、ルシアナ殿、レオンハルト」

「応じていただき感謝いたします、お義父様、お義母様」

「急に長期滞在したいなんてお願いしてごめんなさいね。お手紙が嬉しくて、つい……代わりと言ってはなんだけれど、プレゼントもたくさん持って来たのよ」


 義両親が魔法陣から退くと、次々に大小さまざまな木箱や包装された箱が現れる。


「木箱はすべて貯蔵室に運んでちょうだい。大きいものは肉や魚、野菜、お酒、印のない小さい箱にはハーブが入っていて、印があるものには茶葉が入ってるわ。水色の紙で包装されているのはレオンハルトへのプレゼントで、紫色の紙で包装されているものと宝石箱はルシアナさんへのプレゼントよ。白いリボンが巻かれているもの以外はパーティー当日に渡すからしまっておいて。このあとに来るものは使用人たちへの贈り物だから、バルバラが管理してちょうだい」

「かしこまりました、大奥様」


(まあ……さすがだわ)


 家政婦長のバルバラをはじめ、使用人たちにテキパキと指示を出す義母の姿を総研の眼差しで見つめていると、レオンハルトにそっと肩を引き寄せられた。


「ルシアナ。そんな風に母を見つめられると妬いてしまう」

「まあ……」


 予想外の言葉に目を瞬かせたルシアナだが、驚いたのはディートリヒとユーディットも同じようだ。視界の端で二人が目を見開いてるのを確認し、ルシアナは淡く頬を染めた。

 レオンハルトは息を吐くように甘い言葉を囁くため、二人でいるときはすっかり気恥ずかしさが消えたのだが、さすがに義両親の前では恥ずかしい。

 いったいどう返事をしたものかと思っていると、感嘆にも似た溜息が聞こえてきた。


「この間、二人のお見舞いに王都の公爵邸まで行ったときも思ったけれど……貴方、本当に変わったわね、レオンハルト」

「そうですか?」

「ええ。というより、貴方はこの人と同じで言葉より行動タイプだと思っていから、少し意外だわ」

「行動タイプ?」


 レオンハルトが聞き返すのに合わせ、ルシアナも小首を傾げれば、ユーディットはレオンハルトと同じシアンの瞳をルシアナに向けながら、ふふ、と笑った。


「ヴォルケンシュタインの人間は愛が重いのだけれど、それが言葉に出るタイプと行動に出るタイプ、それから両方を持ち合わせたタイプがいるのよ」


(愛が重い?)


 そうなのだろうか、と思ったのが顔に出たのか、ユーディットは不思議そうに小首を傾げた。


「レオンハルトと一緒にいて、『愛が重いなー』って感じたことはないかしら?」

「いえ……その、深く愛してくださっているとは……思いますが……」


 言いながら、顔がさらに熱くなる。レオンハルト相手だったら臆せず言えることが、他の人相手だとどうしても気恥ずかしかった。無論、義両親相手という部分も大きいだろうが。


(これはただの世間話よ。世間話、なのだけれど……)


 ルシアナが恥ずかしげに俯いていると、くるりと体を反転させられ、レオンハルトに抱き締められた。


「ルシアナ。あまり無防備に愛らしい顔を晒さないでほしいのだが……」

「レオンハルト様……!」


 せめて彼らの両親のまでは少し遠慮してほしいと名を呼べば、後ろから「あらまぁ」という呟きが聞こえた。


「……貴方、本当にレオンハルトなの?」

「? はい。レオンハルト・パウル・ヴァステンブルク以外の何者でもありませんが」


 何故そんなことを訊くのだろう、と不思議そうにそう答えたレオンハルトに、ユーディットは「ああ、いつもレオンハルトだわ」とどこか安堵したように息を漏らした。






 挨拶を終えたあと談話室へと移動したルシアナたちは、ディートリヒたちに近況を報告した。


「まあ、熱で寝込んだなんて……トゥルエノとはまったく気候が違うし、レオンハルトのこともあったから、疲れが出ちゃったのね」

「旧ルドルティ地方は北方のなかでも特に寒さが厳しいからな。無理せず、ゆっくり体を慣らしなさい」

「ありがとうございます、お義母様、お義父様。これからも心身の健康により一層気を付けて、この地の領主夫人として相応しく在れるよう精進いたしますわ」


(よかったわ。あのままあの話題が続いていたらまとも応対できなかったもの)


 寝込んだときは落ち込んだりしたものだが、こうして話のタネになったのならよかったと思いながらカップに口を付ける。

 今飲んでいるのはローズヒップティーで、ユーディットたちがプレゼントとして持って来てくれたものだ。少々酸味が強いが、それがさっぱりとして美味しかった。


(あとで蜂蜜を入れたものも飲んでみたいわ)


「それで……実は父上と母上にお話があるのですが」


 これを飲み終わったらそうしようか、と考えていると、ディートリヒたちと話していたレオンハルトがこちらに目を向けた。

 あの話だ、とすぐに察したルシアナは、カップを置くと居住まいを正す。手を繋いできたレオンハルトの手を握り返しながらお互いに頷くと、揃って向かい側に座る義両親を見た。

 真剣な話だと思ったのか、ディートリヒたちも表情を引き締め、伸びていた背をさらにピンと伸ばす。


「今更の問いとなってしまい恐縮なのですが……お二方はヴァルヘルター公爵家の後継についてどうお考えでしょうか?」


 思ってもない質問だったのか、二人は揃って目を見開くと、顔を見合わせた。それからユーディットはふっと微笑み、ディートリヒも表情を緩める。


「お前たちは新婚なのだから、まだそこまで気を遣う必要もない」

「いえ。そもそも私が領地と公爵位を賜ったときに、お二方にお伺いすべきことでした。決してその地位を蔑ろにしていたわけではないのですが……」

「そんな風に思ったことはない。戦争が終わったばかりでお前も忙しかっただろう。それに……」


 少々張り詰めた空気を解すように、ディートリヒはわざとらしく溜息をついた。


「そもそもお前が未婚のままでいることも考慮していたんだ。そんな風に思い詰める必要はない」

「そうよ、レオンハルト。むしろシルバキエ公爵家のことだけでなく、私たちの家のことまで気にしてくれていて嬉しいわ」


 二人のレオンハルトを見る眼差しはとても優しいもので、ルシアナまで嬉しくなってしまう。

 厳格な雰囲気のあるディートリヒがレオンハルトのために空気を和らげようとしているのも、ユーディットが確かな愛を湛えた目でレオンハルトを見ているのも、どちらもとても尊いもののように思えた。

 そして、こうした家族の元へ嫁げたことがとても誇らしい。


(けれど、レオンハルト様は複雑そうだわ)


 レオンハルトは両親と不仲というわけではないのに、常に一線を引いたような態度を取っている。そのせいか、今も子を想う親の気持ちに感動するのではなく、自分の未熟さを悔いているようだった。


(こういうときは、きっとわたくしの出番だわ)


 ルシアナは繋ぐ手に力を込めると、「お義父様、お義母様」と穏やかに声を掛ける。


「もしお許しいただけるのなら、レオンハルト様とわたくしの子に、由緒あるヴァルヘルター公爵家を継がせていただけないでしょうか」


 ね? と同意を求めるようにレオンハルトを見上げれば、彼は目尻を和らげて頷き、真っ直ぐ両親を見つめた。

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次回更新は8月3日(日)を予定しています。

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