未来の話(二)
「つまり……女児しか産まれないのは王家の直系だけで、他家へ嫁いだ王女の子は男女どちらも産まれる可能性がある、と。ただその代わり、他家へ嫁いだ王女の子は必ず赤い瞳を持って生まれ、その瞳の色は代を重ねるごとに薄くなり、最終的に白くなるとそれ以降は両親の瞳の色どちらかを受け継ぐようになる――ということか?」
「その通りですわ」
大きく首を縦に触れば、レオンハルトは何かを考え込むように視線を逸らし、「なるほど」と呟いた。
レオンハルトはそれからしばらくの間黙っていたが、ルシアナは急かすことなくただ彼の言葉を待った。
レオンハルトが今何を考えているのか少しだけわかる気がした。
(レオンハルト様はきっとお気付きだわ)
かつて、レオンハルトの従妹であるテレーゼにも同じ話をしたことがある。そのとき彼女には伝えなかった話があるのだが、レオンハルトはきっとそのことについて尋ねてくるのではないかと思った。
少しして、レオンハルトはルシアナに目を向けると、優しくルシアナの両手を包み込んだ。
「これから俺が尋ねることにどんな答えが返ってきても、俺はそのことを口外しないと誓う。もちろん、答えたくなければ答える必要もない。それを前提として、ルシアナに訊きたいことがある」
「なんでもお伺いください、レオンハルト様」
真剣な眼差しで自分を見つめるレオンハルトに、穏やかに微笑みながら頷けば、レオンハルトもわずかに表情を緩めた。しかしそれも一瞬で、すぐに表情を引き締める。
「……トゥルエノの王家はエルフの血を引いてるのか?」
思っていた通りの質問に、ルシアナは笑みを深める。
白い瞳はエルフ種の特徴。エルフと共に暮らしているレオンハルトなら、その疑問を抱くと思っていた。
ルシアナはレオンハルトの肩口に頭を寄せると、そっと目を閉じる。
「そういう推察がされている、というだけで、それが事実であるかどうかは不明なのですが……トゥルエノ王国の最後の王と言われている方の伴侶が、エルフと火の精霊の混血だったのではないかと言われています」
「最後の王……?」
手を放し、腰を抱き寄せたレオンハルトに身を預けながら、ルシアナは小さく頷く。
「もうずっと昔のことですが、トゥルエノには男性の王がいたのです。というより、他の国のように、かつては男性が君主となるのが当たり前でした」
「! トゥルエノは昔から女王制なのかと……」
「古くはそうではなかったそうです。けれどあるときを境に……その最後の王以降、女児ばかりが産まれるようになったそうです」
甘えるようにレオンハルトの肩に頬を擦り付けながら、「それに」と続ける。
「最後の王の次の代から、後継者は赤い髪を持つ者が務めることが決まりとなりました。それ以降どの代にもかならず赤髪の子が産まれるようになり……第一子が赤い髪でなかった場合、後継者となる赤髪の子が産まれるまで子を産まなければならなったので、トゥルエノの王家は必然的に多産の家系となったのです」
「それは……」
言葉に詰まったように押し黙ったレオンハルトに、ルシアナは目を開けると彼の相貌を見上げる。
何と言ったらわからない、というそのままの表情で、レオンハルトはルシアナを見下ろしていた。それが少しおかしくて、ルシアナは小さく笑うと、優しく彼の頬を撫でた。
「幸いにも、子を産んで体を壊した方も、多く産むことに気を病んだ方もいないと言われています。先代の女王陛下……お祖母様は、七回目の出産で後継者となるお母様をお産みになられたのですが、『後継者のために子を産んでいたと思われたくない』と、もう一人お産みになられたのだとか」
「八人か……それはすごいな」
「お祖母様は十人姉妹でしたから、本当は十人産みたかったそうですわ」
「……」
まさに絶句、といった様子で固まったレオンハルトに、ルシアナはころころ笑うと、きゅうっとレオンハルトを抱き締めた。
「王侯貴族である以上、後継者のための妊娠出産であることに違いはないですが、それでも『自分たちが子どもを望んでいるから産んだのだ』と、子どもたちにはそう思ってほしいと歴代の女王陛下はお考えだったようです。赤髪に生まれなかったことを悲しんだり、悔やんだりしてほしくない、と」
「……なるほど。トゥルエノの家族仲が良い理由が窺えるな」
レオンハルトはルシアナを一度抱き締め返すと、そのまま抱き上げ足の上に座らせた。
先ほどより近くなった目線に、レオンハルトはすかさず口付ける。
レオンハルトは本当に口付けが好きだな、と思いつつ、決して嫌ではないのでそのまま身を任せる。
何度か啄むような口付けを繰り返すと、レオンハルトは濡れたルシアナの唇を撫でた。
「先ほど、エルフと火の精霊の混血と言ったが、王家の後継者の“赤い髪”と、傍系の“赤い瞳”からそのような推察がされたのか?」
(レオンハルト様にとって、キスは本当に息を吸うのと同じくらい自然なことなのね)
話の合間に当たり前のように口付けを挟むレオンハルトに顔が緩みそうになる。
けれど、それをなんとか堪えると、ルシアナは「そうですね」と頷いた。
「他に説明のしようがありませんし、歴史学者の方や精霊研究者の方の調査や、歴代の書記官の手記などからそうではないかと結論付けをしています。ですので、他国の方々がわたくしたちを“呪われた一族”と呼ぶのも、実は間違いではないのです」
「それは……つまり王家に女児しか産まれないことや、その他の現象のすべてが“呪い”からきているということか?」
「この世に “呪い”ほど強力で永続的なものはありませんから。ですがわたくしたちは、これを“祝福”と呼んでいます。火の精霊王から聖火を賜ったのも、結束力がこれほど強いのも、すべてはこの性質のおかげだと思っていますから」
「……そうだな、確かに祝福だ。言葉の綾とはいえ、呪いなどと口にしてすまない。体のいい言い訳に聞こえるかもしれないが、俺は貴女を……貴女方一族を呪われていると思ったことは一度としてない」
レオンハルトはルシアナの髪を一房手に取ると、「それに」と口付けを落とした。
「呪われていたとしても関係ない。そんなことで俺の貴女への気持ちは変わらないし、愛は深まるばかりだ」
すでに溺れそうなほど愛されているのに、と思いながらも、ルシアナの口元には嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「ありがとうございます、レオンハルト様。わたくしのすべてを受け入れてくださって……愛してくださって。レオンハルト様がわたくしの夫であることが言葉では言い表せないくらい嬉しくて、誇らしいですわ」
「そう言ってもらえて嬉しい。ルシアナが俺の妻であることも、俺にとっては至上の喜びで誇りだ。貴女を心から愛してる、ルシアナ」
「わたくしも愛しております、レオンハルト様」
お互い顔を見合わせて笑うと、どちらともなく顔を近付ける。
触れる唇の温かさに、ルシアナは思わず笑みを漏らした。
「どうかしたか?」
「ふふ、いえ……ただ、結局わたくしも当たり前になっているのだな、と思ってしまって」
不思議そうに首を傾げるレオンハルトに、「なんでもありませんわ」と微笑むと、少し甘やかになった雰囲気を変えるように一つ咳払いをした。
「それでは話を戻して……子ども瞳が赤い、という特徴はありますが、産まれる子どもの性別についてはどちらも可能性がありますので、お義母様とお義父様にご了承いただけるなら、レオンハルト様とわたくしの子にヴァルヘルター公爵家を継いでほしく思います。女の子であれば、その子に婿を取ってもらう形で」
「そうだな。母の直孫がいるのならその子がヴァルヘルター公爵家の血を継いでいくのがいいだろう。両親が到着したら訊いてみよう」
すんなり同意してくれたレオンハルトに、ルシアナは安堵の息を漏らす。
(最終的な判断はいつか産まれてくる子どもたちに委ねたいけれど……そうなってくれたら嬉しいわ)
レオンハルトが生まれ育った場所を、レオンハルトの子に守っていってもらいたい。その自分勝手な願いを子どもに押し付けることになるのは申し訳ないが、その願いを捨てることはできそうもなかった。
(……わたくしとレオンハルト様の子は、どんな子かしら)
どのような子でも、健康であってくれるのが一番だ。
安心感のあるレオンハルトの温もりに身を委ねながら、ルシアナはいつか訪れる未来について思いを馳せた。
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次回更新は7月27日(日)を予定しています。




