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義母からの手紙(二)

「もういいのか?」


 髪を梳き、囁くように問うレオンハルトに、ルシアナは小さく頷く。


「……どうかしたのか?」


 ぎゅうぎゅう抱き締め、胸元に顔を埋めるルシアナの背をレオンハルトは優しく撫でる。それでも何も返さないと、レオンハルトはぽんぽんと軽く背中を叩いた。


「ルシアナ。貴女に口付けたい。だから顔を上げてくれないか?」


 くすぐるように耳の縁を撫でられ、ぞくりと小さく体が震えた。反射的に腕の力を弱めれば、レオンハルトはすかさずルシアナを抱き上げ、ふっくらとした唇に口付ける。

 触れるだけの口付けを数度繰り返され、思わず、ほっと息が漏れる。レオンハルトはそれにわずかに目元を緩めると、ルシアナの頬に口付けた。


「何か問題でもあったのか?」

「問題ではないのですが……」


 ルシアナはレオンハルトの首に腕を回して抱き着くと、これまでのことを話し出した。

 レオンハルトへのサプライズとして義両親を呼ぼうとしていたこと。

 先ほどのギュンターが届けてくれた手紙に、パーティーに参加するとの返事があったこと。

 それから、レオンハルトの誕生日よりも前に城を訪れ、一ヵ月ほどこちらに滞在したいと書かれていたことなど。

 すべてを話し終えたルシアナは、静かに自分を見つめるレオンハルトをおずおずと窺う。


「わたくしは、是非滞在していただきたいと考えております」

「ああ。いいんじゃないか」


 特に否定することなく頷いたレオンハルトに、ルシアナは安堵の表情を浮かべる。それを不思議に思ったのか、レオンハルトはわずかに首を傾げた。


「俺が反対するかと不安だったのか?」

「いえっ、いいえ……! そういうわけではないのですが……」

「ですが?」

「……わたくしが余計なことをしてしまったのではないかと思って……」

「余計なこと?」


 問い詰めるというわけではなく、本当にわからないと言った様子で不思議そうにするレオンハルトに、ルシアナは「その」と言葉を続ける。


「わたくしにとって、誕生日は家族が傍でお祝いしてくれるものでした。なので、レオンハルト様のお誕生日をお祝いするには……何かサプライズをするなら、お義父様とお義母様をお呼びすることが一番だと考えていたのです。けれど……」


 レオンハルトにサプライズ計画を説明しているうちに、それは独りよがりな自己満足ではないかという気がしてきたのだ。

 レオンハルトは、両親とあまり積極的に交流を図るタイプではない。同じ国に住み、会おうと思えばいつでも会える状態であるにも関わらず、特別な用事がない限り特に会うこともない。


(もしかしたらそれが、レオンハルト様にとってほどよい距離感だったのかもしれないのに……)


 彼らの家族仲が悪いとは決して思わない。

 彼の両親はレオンハルトに愛情を持っていたし、レオンハルトも彼らを尊敬してる。

 けれど、皆それぞれ付き合いやすい距離感というものがある。

 ルシアナは家族が傍にいてくれたらとても嬉しいが、レオンハルトはほどほどが嬉しいかもしれない。

 レオンハルトを喜ばせるためのサプライズだったのに、パーティーの計画と同じでただ自分がしたいことを優先してしまっただけではないだろうか。レオンハルトが喜んでくれなければ何の意味もないというのに。


「なので……もしかしたらわたくしは余計なことをしたのではないか、と……」


 抱いた不安を包み隠さずレオンハルトに告げれば、彼は、ふ、と表情を緩め、ルシアナの唇に吸い付いた。


「貴女にしてもらえるならなんだって嬉しいと言っただろう。俺のために考えてくれたのに、嬉しくないわけがない」

「……レオンハルト様はわたくしに甘すぎます」


 わずかに唇を尖らせながら抗議すれば、レオンハルトは突き出た唇を甘く噛んだ。


「だが本心だ。それに、顔を突き合わせて両親に誕生日を祝われるのは戦前以来……十年ぶりくらいだしな」

「まあ……」


 思わず目を見開けば、レオンハルトは小さく苦笑を漏らし、執務室へと向かった。

 執務室ではギュンターが立ったまま待機しており、ルシアナはそれにも目を瞬かせる。


「まあ、ギュンター。座って待っていてと言ったのに……」


 思わず呟けば、レオンハルトは腰を折るギュンターの名を呼んだ。


「これからはルシアナの指示を最優先に行動してくれ。ルシアナが座れと言ったら座り、休めと言ったら休むんだ。今は休んでいる補佐官も含め、使用人全員にそう指示しておいてくれ。使用人の立場より、ルシアナの意向を優先するように、と。それで立場を弁えない考えを抱くような者は雇っていないと思っている」

「かしこまりました」


 さらに一段深く頭を下げたギュンターに、ルシアナは慌てたように「レオンハルト様」と声を掛ける。


「わたくしは彼らに何かを無理強いするつもりは……」

「わかっている。だが、貴女はそれが許される立場だ。それに、些細なことで貴女の気を揉ませたくない。それから、もし貴女の優しさに甘えつけ上がるような者がいれば、好きなように処分してくれていい」


(まあ……)


 目の前の人物は、とても柔らかな声色で、さらりと恐ろしいことを口にする。その視線が、表情が、ルシアナだけが大切なのだと訴えていた。


(他国から来た女に篭絡されたと、レオンハルト様に悪い噂が立たなければいいけれど)


 そう思いながらも、ルシアナは一応頷いておく。

 レオンハルトは、ルシアナに関することについては誰よりも頑固だ。ここで、「でも……」と言い募っても、「俺のためにそうしてくれ」とお願いされるのは目に見えている。

 そして、レオンハルトの“お願い”に何よりも弱いことを、ルシアナは自覚している。

 ルシアナが素直に頷いたことに満足そうに微笑んだレオンハルトは、自身の執務用の椅子にルシアナを座らせると、ギュンターを呼んだ。


「両親が滞在すると聞いた。どのくらいで準備が終わる?」

「ご宿泊されるお部屋の調度品を変える必要がありますので、三日ほどいただきたく存じます」

「……西の離宮は両親が泊まれる状態か?」

「問題ございません。離宮をご用意しますか?」

「本館の客間と西の離宮、両方準備してくれ。どちらでも過ごせるように」

「かしこまりました。離宮はほぼ手を加える必要がございませんので、当初の想定通り三日いただければお出迎えの準備は終わるかと」

「わかった。それなら――ルシアナ」

「っはい」


 きょろきょろと二人の会話を聞いていたルシアナは、突然名前を呼ばれ、真っ直ぐだった背筋をさらにピンと伸ばした。

 レオンハルトはそれに小さく笑むと、引き出しからシンプルなレターセットを取り出し、ルシアナの前に置いた。


「母に六日後以降ならいついらしても問題ないと返事を書いてもらえるか?」

「! かしこまりました、お任せください」


 レオンハルトに頼みごとをされたことが嬉しく、ルシアナは大きく頷くと羽根ペンを手に取った。

 再び交わされる二人の会話を聞きながら、時候の挨拶や日常の些細な変化、歓びなどを綴り、本題となる滞在についての返事について記していく。さらさらとペン先を滑らせながら、何故レオンハルトは離宮と本館の客間の二ヵ所を用意するよう言ったのだろう、とルシアナは心の中で首を傾げた。

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