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初めての準備(二)

「それで? 尋ねたいこととはなんだ?」


 広いソファの上で、ルシアナを足の上に座らせながら、レオンハルトが問う。


(この体勢にもすっかり慣れてしまったわ)


 慣れすぎた結果、その内一人で座ることに違和感を覚えそうだ、と思いながら、ルシアナはレオンハルトを見つめる。


「その……実はレオンハルト様のお誕生日のことで……」

「……ああ、そんな時期か」


 レオンハルトは、あまり興味がなさそうに、そう小さく呟いた。その平坦な声色に、先走ってパーティーの準備をしなくてよかったと安堵する。


「レオンハルト様はどのようにお誕生日を過ごされたいですか? したいことや、欲しいもの、食べたいものなどお教えいただきたくて」

「祝ってくれるのか?」

「まあ! 当然ですわ! 愛しい方が誕生した日ですもの! っあ、ですが、レオンハルト様がお祝いを望まれないのであれば、無理にとは――」

「いや、そんなことはない」


 レオンハルトは食い気味に否定すると、柔らかなルシアナの頬を撫でた。ルシアナの存在を確かめるようにしっかりと腰を抱きながら、嬉しそうに目を細める。


「貴女にしてもらえるならなんだって嬉しい。バルバラへの用は、もしかしてそれか?」


 こくりと頷けば、レオンハルトは目尻を下げ、わずかに首を傾げた。


「俺が報告書を確認してる隙にバルバラの元へ行ったということは、本来、俺には何も言わず計画を進めるつもりだったんじゃないか?」


 図星をつかれ、ルシアナはうっと言葉を詰まらせる。その反応が珍しかったのか、レオンハルトは愉しそうに口元を緩めた。

 その眼差しには溢れんばかりの愛が湛えられ、ルシアナは薄っすらと頬を染める。あまりにも愛おしそうに自分を見つめるレオンハルトに、思わず目線を下げながら、「ええと」と続けた。


「そのつもりではあったのですが、バルバラからの助言で、レオンハルト様が一番喜ぶ方法でお祝いするのが一番だと思い直しまして……なので、秘密ではなくなってしまいましたが、こうして直接お尋ねすることにしたのです」


(お姉様たちのお誕生日だってお祝いしたことがあるのに、何故こんなにも気恥ずかしいのかしら)


 自覚はないが、最愛の伴侶の誕生日ということで心持ちが違うのかもしれない。そう思いつつ、どきどきしながらレオンハルトの言葉を待っていると、彼の指先がルシアナの頬をくすぐった。


「俺を見てくれないか? ルシアナ」


 どくり、と心臓が鳴る。命令されているわけではないのに、体が勝手に動いた。

 顔を上げ、彼を見れば、そっと唇が重なる。何度か触れるだけの口付けが繰り返されると、レオンハルトは顔を離した。


「どんな計画を立てていたのか、聞いてもいいか?」


 優しく誘うような声に、ルシアナは口を開きかける。しかし、すぐに我に返ると、固く口を閉ざした。


(あ、危なかったわ)


 ルシアナは、ふう、と深く息を吐き出しながら、少しばかりレオンハルトから距離を取る。

 このまま自分の計画を伝えれば、彼はそれをそのまま進めようとするだろう。レオンハルト自身が望んでいなくても、“ルシアナが考えたことだから”と受け入れる可能性が大いにある。

 それを防ぐためにも先にレオンハルトの希望を訊くべきだと、ルシアナは背筋を伸ばした。


「いけませんんわ、レオンハルト様。先に質問をしたのはわたくしです」

「ふ……確かにそうだな」


 わずかに肩を竦めたレオンハルトに、やはり確信犯だったか、と気合いを入れ直す。


「レオンハルト様のお誕生日ですから、レオンハルト様が望まれることをわたくしはしたいのです。どうかレオンハルト様のお心にのみ従ってください」

「俺の心、か……」


 考えるように目を伏せたレオンハルトは、少しして、視線を戻した。射貫くようなその眼差しに、再び胸が高鳴るのを感じながら、ルシアナは空けた距離を詰める。自然と体は密着し、レオンハルトの抱き締める腕にも力が込められた。


「確かに望みはある」

「でしたら――」

「だがそれは、貴女に負担をかけることでもある」

「負担、ですか?」


(負担ということは、体を動かすようなことをされたいのかしら? この間のように外に出たり……けれど、レオンハルト様のお誕生日に晴れ間が訪れるかはわからないわ。雪の降るなか出歩くのは危険だと教えてくださったのもレオンハルト様だし……)


 もしかして精霊剣同士の手合わせでもしたいのだろうか、と思っていると、腰に回ったレオンハルトの手が、妖しく背中を撫でた。もう一方の手は臀部をさすり、一気に思考が乱される。


「え、と……レオンハルト様……?」


 おずおずと名を呼べば、レオンハルトは、ふ、と目を細めうなじをくすぐった。


「一日中、誰にも邪魔されず、貴女と二人きりでいたい。朝から晩までずっと――貴女に触れていたい」


 熱い吐息が唇を掠める。彼の熱が移ったように、全身が熱くなった。

 彼の言う“触れていたい”という意味がどういうものなのかは、訊かずともわかる。

 目は雄弁だと言うが、本当にその通りだな、と小さく喉が鳴った。


(……どうしてすぐにそちらを思い浮かべなかったのかしら)


 少し考えればわかることなのに、と思いながら、ルシアナも蕩けるような笑みを向ける。


「わたくしは構いませんわ。むしろ、レオンハルト様のお誕生日という記念すべき日にわたくしを望んでいただけて嬉しいくらいです」

「……真に受けるぞ?」

「受けてくださいませ」


 ちゅ、とルシアナから口付けを贈れば、レオンハルトは妖しい動きを見せていた手を止め、ルシアナを抱き締め直した。


「……実は、貴女と行ければと、別荘を一つ準備していたんだ。温泉付きで、ゆっくり休暇を過ごすのに向いている」

「まあ。別荘ですか?」


(“オンセン”は確か、地中から湧く温水よね? 地上は冷たく雪ばかりなのに、地中の奥深くには熱いお湯があるなんて不思議だわ)


 以前少しだけ話に聞いていた温泉を実際に見られるのだとわくわくした気持ちになったルシアナだったが、すぐに自分が喜んでいる場合ではないと気持ちを切り替える。


「せっかくですから、数日滞在してはどうですか? お仕事に支障がなければですが」

「仕事は問題ない。貴女が望むならずっと別荘でもいい――と言いたいところなんだが、俺も貴女の誕生日の準備をしなければいけないからな」


(あ……そうね。確かにあとひと月もすればわたくしの誕生日だわ)


 思えば、自分とレオンハルトの誕生日は近い。ただの偶然ではあるが、改めてそう思うと、喜びに胸が満たされた。


(お誕生日をお祝いされること自体とても嬉しいことだけれど、レオンハルト様にしていただくと思うとより嬉しいわ)


 自分と同じくらいレオンハルトも喜んでくれていればいいな、と思いつつ、ルシアナは「わかりました」と頷く。


「それでしたら、レオンハルト様のお誕生日当日とその前後三日間を別荘で過ごすというのはどうですか? 一日中、というのを叶えるためにも、前日と翌日は空けておくほうがよいかと思うのですが……」

「それは、言葉通り“一日中”……十八日の始まりから終わりまで俺の願いを叶えてくれるということか?」

「前日と翌日も含めてくださいませ。お祝いが少し早まって、少し伸びたとしても、誰も咎めませんわ」

「……貴女は本当に、俺を舞い上がらせる天才だな」


 心底嬉しそうに呟かれた言葉に、ルシアナも深い歓び包まれる。

 ルシアナを優先してばかりのレオンハルトが、自らの欲求を素直に示してくれたことも、それを叶えるつもりであることも嬉しかった。


(けれど、こうなるとやっぱりパーティーは厳しいかしら)


 誕生日を二人きりで過ごすなら、レオンハルトの両親を呼ぶこともできないな、と考えていると、「それで?」という声が聞こえた。

 レオンハルトへ意識を戻せば、いつも通り凪いだシアンの瞳と目が合った。


「貴女はもともとどんなことをしようと考えていたんだ?」

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次回更新は6月22日(日)を予定しています。

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