エピローグ(プロローグ、のそのとき)
妻を迎え、式を挙げる。
その場面をうまく想像できたことはないが、義務として、いつかは必要なことだろうと思っていた。
大切なのは跡継ぎを残すことだけで、両親やテオバルドのような愛のある“血の通った関係”を築く必要はない。
一族を切り盛りしていくパートナーとして、それなりに良好な関係を築ければ、それでいい。
(そう……思っていたんだが)
白いアイルランナーの上をゆっくり進んで来る人物を、レオンハルトはじっと見つめる。
頭の上から足の先まで純白に染まった、今日、妻となる人。
(ルシアナ様――)
レオンハルトは強く手を握り込むと、細く息を吐き出した。
ベール越しに、彼女の目が自分を捉えているのがわかる。
周りに謎の光る球体が現れ、アイルランナーの両脇に白いユリの花が咲き、列席者から感嘆の溜息が漏れても、ルシアナはただ真っ直ぐレオンハルトを見つめ続けている。
周りなど関係なく、レオンハルトしか視界に入らないのだというようなルシアナの眼差しに、レオンハルトも目を逸らすことができなかった。
(……貴女を見て抱くこの感情は、一体何なんだろうな)
結婚式など、ただの儀式でしかないのに。
ウェディングドレスも、ただのドレスの一つでしかないのに。
それなのに、何故自分はこんなにも高揚しているのだろうか。
(……俺は確かに喜びを感じてる。貴女と今日を迎えられたことを。貴女を俺の妻にできることを……喜んでいるんだ)
ルシアナはどうだろうか、と目の前まで来た彼女にしっかりと意識を向ける。ベール越しなため細かい表情はわからないが、ここまでエスコートをした姉に笑みを返す姿を見る限り、嫌がってはなさそうだ。
それに内心安堵の息を漏らしつつ、数段の階段をのぼる。祭壇の前に着くと、ついに式が始まった。
「この先交わされる誓いは、この世界を創りたもうた四柱の精霊王への誓いであり、それぞれに加護を与える互いの精霊への誓いであり、伴侶となる者への誓いでもあります。誓いを立てる者は宣誓を」
司祭の高らかな声に、レオンハルトは静かに息を吸う。
「レオンハルト・パウル・ヴァステンブルクは誓いを反故にすることなく守ることをここに誓います」
隣に立つルシアナも、そのまま言葉を続けた。
「ルシアナ・ベリト・トゥルエノは、誓いを反故にすることなく守ることを、ここに誓います」
二人の言葉を受け、司祭はしっかりと頷くと顔を上げ列席者を見る。
「トゥルエノ王国フォニス教会司祭エリアス・マルティンが、この誓いの証人となり、式の正式な開会を宣言いたします」
司祭は視線をレオンハルトに向けると、優しげに目を細めた。
「レオンハルト・バウル・ヴァステンブルク。貴方はシルバキエ公爵としての義務を果たすとともに、妻となるルシアナ・ベリト・トゥルエノに対し、一人の人間として誠実に向き合い、慈しみ、支え合いながら、生涯を共にすることを誓いますか」
「誓います」
温かな司祭の声に、レオンハルトは淡々と答える。
ルシアナに誠実に向き合うことも、彼女を慈しむことも、レオンハルトにとって当たり前のことだった。
わざわざ大仰に誓うことでもない、と思っていると、隣に立つルシアナが小さく笑ったような気がした。
(気のせいか……?)
ちらりと横目で窺うものの、ベールに覆われた彼女の表情を知ることは難しかった。
(……気のせいでないといい。この結婚が、貴女にとても慶事だと嬉しい)
「ルシアナ・ベリト・トゥルエノ」
司祭の柔らかな声に、レオンハルトは意識を司祭へと戻す。
「貴女はシルバキエ公爵夫人としての義務を果たすとともに、夫となるレオンハルト・パウル・ヴァステンブルクに対し、一人の人間として誠実に向き合い、慈しみ、支え合いながら、生涯を共にすることを誓いますか」
「はい、誓います」
はっきりと告げられた芯のある声に、胸に温かなものが広がっていく。
ルシアナがこの結婚に対して前向きであることが実感でき、自然と目尻が下がった。
(俺はまだまだ至らない人間だが……貴女のこれからの人生が少しでもより良いものになるよう、最善を尽くそう)
レオンハルトは自分なりに改めて誓いを立てると、ルシアナが隣にいるこれからの人生に思いを馳せた。




