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ルシアナのお願い(四)

「ま、待ってくれ……!」


 腰紐を解いたところで、レオンハルトから制止がかかる。


「どうかされましたか?」


 レオンハルトのナイトガウンの前の開きながら問えば、レオンハルトは目尻を赤く染めながらルシアナを見つめた。


「ふ、触れるというのはつまり……」

「いつもレオンハルト様がしてくださるようなことですわ」


 厚い彼の胸板に触れれば、ぴくりと胸筋が震えた。

 小さく口を開けながら、呆然と自分を見つめるレオンハルトに、ルシアナは嫣然と笑んだ。


「レオンハルト様がしてくださるように、わたくしも優しく大切に触れますわ」


 胸に触れていた手を下へと滑らせ、綺麗に割れた腹筋を撫でれば、レオンハルトの口から熱い吐息が漏れた。ゆっくりと両腕を上げ、腰を掴もうとするレオンハルトに、ルシアナは「いけませんわ」と笑みを深める。


「決して触れてはいけないと申しましたでしょう? レオンハルト様」

「っ、すまない、ルシアナ。俺が悪かった。どうか貴女に触れさせてくれ。頼む」


 熱に浮かされたように瞳を揺らすレオンハルトに、ルシアナは、うーん、と首を捻る。

 指先で腹筋の溝をなぞりながら、ルシアナは鼻先が触れるほど顔を近付けた。


「レオンハルト様。わたくし、ここ数日本当に寂しかったのです。レオンハルト様はもう、わたくしに触れたくなくなってしまったのではないかと不安で……」

「ああ、っ……俺が悪かった、だからっ――」

「だから、」


 レオンハルトの言葉に被せるように語気を強めると、ルシアナはにこりと笑んでレオンハルトの唇に吸い付いた。


「わたくしの好きなようにさせてはくださいませんか? お願いいたします、レオンハルト様」


 首に腕を回し、甘えるように小首を傾げれば、レオンハルトはきつく眉を寄せた。


「……わかった」


 顔を俯かせ、絞り出すようにそう漏らしたレオンハルトは、半端に上げていた腕を下ろすと、強くシーツを掴んだ。


(……少し強引だったかしら)


 ルシアナはわずかに眉尻を下げると、脇腹から胸元、首筋へと手を滑らせた。


「わたくしに触れられるのはお嫌ですか?」


 以前もこんなことを尋ねたな、と思いながら問えば、顔を俯かせたままレオンハルトが首を横に振る。

 その姿がルシアナに何とも言えない高揚感を与え、胸を高鳴らせた。


(……何故かしら。何故だかとってもいけない気分になってくるわ)


 レオンハルトの嫌がることがしたいわけではないが、もっと意地悪としたい、という気持ちがむくむくと芽生えてくる。

 シルバーグレイの髪から覗く耳が真っ赤になっているのを眺めながら、ルシアナはレオンハルトの頬を両手で包み込んだ。


「こちらを向いてください、レオンハルト様」


 少し力を入れれば、レオンハルトは導かれるまま素直に顔を上げる。いつも澄んでいるシアンの瞳が劣情を滾らせているのを見て、小さく喉が鳴った。

 ルシアナはわずかに目を細めると、そのまま唇を重ねる。何度か啄むように口付け、そっと舌を挿し入れた。しかし、迎え入れてくれたレオンハルトが舌を動かしたのを察知すると、すぐさま顔を離す。


「動いてはいけませんわ、レオンハルト様」

「……これもだめなのか?」

「はい。レオンハルト様との特別なキスは気持ちがよくて……すぐいっぱいいっぱいになってしまいますもの。今は少々困りますわ」


 レオンハルトは眉間の皺を深め、喉奥から、ぐぅ、と声にならない声を漏らしたものの、特に反対の声は上げなかった。ルシアナは宥めるように眉間や頬に口付けを繰り返しながら、レオンハルトの薄い唇を指先でなぞる。


「レオンハルト様のようにはできないかもしれませんが、一生懸命頑張りますので……舌を出してはいただけませんか?」


 レオンハルトは何も言わず、薄く唇を開いて舌を差し出した。従順なその姿に、ルシアナは嫣然と笑むと舌を絡めた。いつもレオンハルトがしてくれるように、舌の裏を舐め、唾液を交換するように舌を擦り合わせる。


(わたくしだけが動いているからかしら。いつもより絡めづらい……)


 しかしレオンハルトから舌を絡められると腰砕けになってしまう、とルシアナは一生懸命、彼の舌を愛撫した。レオンハルトがするようにちゅうっと舌先に吸い付けば、レオンハルトが、ふ、と笑みのような吐息を漏らす。


「……やっぱり拙いですか?」


 唾液に濡れたレオンハルトの唇を舐めながら問えば、レオンハルトはわずかに眉尻を下げた。


「いや、すまない。一生懸命な貴女が愛らしくて」


 それはやっぱり拙いということだろうか、と若干唇を尖らせる。しかし、拙くてもその気にはなってくれたようで、拗ねた気持ちはどこへやら、ルシアナは柔らかに笑んだ。


「よかったですわ。多少なりともそういう気持ちになっていただけたようで」

「っルシアナ……」


 レオンハルトが熱く自分の名前を呼ぶのを聞きながら、ルシアナは普段彼がしてくれるように優しく丁寧に彼を愛した。

 ガウンの下に潜ませた特別な夜着は二人の夜を熱く盛り上げ、これまでにないほど、貪るという言葉相応しいくらい、互いを求め合った。

 体を重ねるたび、心が深く交わっていく。

 レオンハルトのものだと刻んでほしい、と願うルシアナに応えるように、レオンハルトは自身が抱く欲望の一端を露わにする。その強い独占欲はある種の恐怖心を抱かせたが、それと同時に、ルシアナの心を喜びで震わせた。


「貴女を満たせるのは、生涯俺だけだ。貴女を愛せるのも、貴女に蕩けた眼差しを向けられるのも、貴女の乱れた姿を見られるのも。生涯俺だけだけど誓え、ルシアナ」


 まるで支配者のような力強い言葉。

 本当はずっと、こうして彼に支配されたかったのだと、脳が、心が、体が、悦んだ。

 たった一夜。今夜だけ、と約束された欲望の解放。

 それはルシアナの心に深く強く刻み込まれ、レオンハルトが抱く強大な愛を実感せずにはいられなかった。

 望むもの、願いこと以上のものをレオンハルトは与えてくれる。

 それが嬉しくて、ルシアナも貪欲にレオンハルトを求めた。


「今日はとことん貴女を愛させてくれ、ルシアナ」

「はい……れおんはるとさま……たくさん、あいしてくださいませ」


 ただただ深く互いを求め合う時間は、空が白むまで続いていった。

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