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ルシアナのお願い(二)

 翌日、本当にレオンハルトのやるべきことは終わったようで、ルシアナは自分の快気祝いも兼ねて、レオンハルト、ベル、ヴァルと共に四人だけのお茶会を開いた。

 公爵城の人々に正式な挨拶ができていないものの、あとひと月もすれば年が明けるという今の時期は忙しいらしく、お披露目を兼ねたパーティーはもう少し待ってほしいと言われていた。

 皆が忙しなく働いているのに、こんなに優雅な時間を過ごしていいのかと不安になった。けれど、家令のギュンターや家政婦長のバルバラに、「公爵城が落ち着ける場所になるのが一番大事だから」と言われ、ルシアナはのんびり過ごさせてもらうことにした。

 お茶会の軽食やスイーツを頼むと、身内の数人でやるとは思えないほど煌びやかな品々がテーブルに並べられた。


 食糧問題について知ったあとだったため、こんな豪勢なものを用意して大丈夫なのかとも思ったが、家から出ることすら大変なこの時期は、領民に送る分も含め備蓄は十二分にあるとレオンハルトが教えてくれた。

 料理人からも食べたいものがあれば遠慮せず頼んでほしいと言われ、ルシアナは憂いなく四人でのお茶会を楽しんだ。

 そうして楽しい時間を過ごし、ドキドキしながら夜を迎えたルシアナだったが、レオンハルトは特別なキスだけすると、昨夜と同じようにすぐに寝てしまったのだった。






(な、何故かしら……!? 気分ではなかった……? 月のものがすでに終わっていることは、エステルから伝わっていると思うけれど……)


 さらに次の日、自分専用の書庫に本を並べながら、ルシアナは頭を悩ませていた。


(わたくしがおかしいのかしら……? わたくしがふしだらなの……!? けれど……けれど……!)


 レオンハルトと最後に夜を共にしてから、すでに一ヵ月の月日が経っている。

 タウンハウスにいるときは入浴だって一緒にしていたのに、今では別々だ。それとなく一緒に入るか尋ねたこともあるが、「あとで入る」と言われてしまい、それ以上は何も言えなかった。


(レオンハルト様が昏睡していたり、わたくしが熱を出したりしていたから仕方ないけれど……今はもうわたくしも元気なのに……)


 ルシアナは小さく息を吐き出すと、手に取った本の表題に目を落とす。

 今持っているものは、侍女のエステルと、メイドのイェニー、カーヤが用意してくれた官能小説だ。以前、“愛し合う者同士の閨事”とはどういうものか、と尋ねたとき、官能小説を読んでみては、と勧められたが、あのあと数多ある官能小説の中から、ルシアナが好きそうなものを彼女たちが選んでくれたのだ。


(エステルが説明してくれた通り、閨事についても書かれているけれど、基本は恋物語なのよね。想いの通じ合った二人が愛を与え合うように互いを求める描写がとても素敵で……)


 ルシアナはもう一度息を吐くと、本を棚へとしまった。


「休憩されますか?」


 本をしまうのを手伝ってくれていたエステルが、気遣わしげに声を掛ける。ルシアナは、それにはっと顔を上げると、エステルを見た。エステルの傍には、同じように気遣わしげに自分を見ているイェニーとカーヤがいる。


(だめね、心配をかけては)


 ルシアナは、ふっと表情を緩めると、緩く首を横に振った。


「いいえ、大丈夫――」


 言いかけて、ぴたりと止まる。

 以前閨事について相談したのもこの三人だった。ルシアナの専属である三人は、レオンハルトが避妊薬を飲んでいることも、ルシアナとレオンハルトの夫婦生活についても知っている。それらを把握することも彼女たちの仕事だからだ。


(そうね……少し恥ずかしいけれど、こういうときは信頼できる相手の意見を聞いたほうがいいわ)


 ルシアナは一度口を閉じると、姿勢を正し三人を見た。


「――エステル、イェニー、カーヤ。少し相談があるのだけど、いいかしら?」


 ルシアナの言葉に、三人は深く腰を折って応えた。






 その日の夜、レオンハルトの入浴が終わるのをルシアナはドキドキして待った。ナイトガウンの腰紐をきつく締め、少しも乱れないようにしながら、ベッドの上で所在無さげに指を擦り合わせる。


(断られてしまったらどうしましょう……エステルたちは絶対大丈夫だと言ってくれたけれど……)


 落ち着かない感覚に、足をすり合わせ始めたところで、浴室への扉が開いた。

 緊張していたせいか、大袈裟に肩が跳ねる。はっとレオンハルトを見れば、彼はわずかに目を見開き、小首を傾げた。


「すまない、驚かせたか?」

「い、いえ。大丈夫ですわ」

「そうか?」


 少々不思議そうにしながらも、レオンハルトはそれ以上追及しなかった。それよりもルシアナに触れていたい、というように、ルシアナを足の上に座らせ抱き締めた。


(……!)


 ルシアナは、レオンハルトが違和感に気付いてしまうのではないかと緊張しながら、彼に身を預ける。

 レオンハルトを放って半日書庫に籠っていたせいか、書庫を出てからレオンハルトはルシアナを放そうとしなかった。入浴自体は今日も別だったが、ルシアナが入るまでは名残惜しそうにし、ルシアナが出てからは時間を惜しむようにすぐに浴室に向かった。


(少しだけ、倦怠期というものかと思ってしまったけれど、きっと違うわよね)


 ルシアナは、ほっと息を吐き出しながら、レオンハルトの体に顔をすり寄せる。

 こうしてレオンハルトの体温に包まれているのは言葉にできないほどの幸福をルシアナに与え、緊張で高鳴っていた心臓が徐々に落ち着いていく。


「……ルシアナ」


 柔らかく名前を呼ばれ、そっと顔上げる。間近に迫った彼の相貌に目を閉じれば、唇に柔らかなものが当たった。

 角度を変えて何度も口付けが落とされ、少しして舌が挿し入れられる。彼の動きに合わせ、ルシアナも必死に舌を絡めていく。何度経験しても、ルシアナは応えるのに精一杯で、次第に頭がぼんやりしていく。


(今日は……少し長いかしら?)


 ここ数日より丹念に舌を擦り合わせるレオンハルトに、心配は杞憂だったかもしれない、とルシアナの心に安堵が広がっていく。

 頬の内側や歯列をなぞりながら、レオンハルトはゆっくり口を離す。

 鼻先が触れ合うほどの距離で見た彼のシアンの瞳は淡く潤んでおり、熱を湛えているように見えた。


(わたくしは、余計な心配をしていたのかもしれないわ)


 期待に瞳を潤ませながらレオンハルトの頬に手を伸ばすと、彼はその手を掴み、淡く笑んだ。


「……今日は書庫の整理をして疲れたろう。もう休むといい」


 その優しくも残酷な言葉に、高まっていた体の熱が引いていく。

 きっと違う、とこれまで言い訳を並べてきたが、レオンハルトは明らかにルシアナと夜を過ごすことを避けている。その事実が、ルシアナの心に暗い影を落とした。


(……どうして……)


 足の上から降ろそうと腰を掴むレオンハルトに、ルシアナはその手を強く掴むと、悲しみに濡れる瞳でレオンハルトを見つめた。


「……どうして、わたくしに触れてくださらないのですか……?」

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