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ルシアナのお願い(一)

 レオンハルトに東棟の一部を案内されてから数日。レオンハルトはルシアナの看病でできていなかった仕事を片付け、ルシアナは執務室に併設された書庫でシルバキエ公爵領を含む旧ルドルティ王国について学んでいた。

 河川は夏の数ヵ月の間しか氷が解けないとか、北の果ての山と人里を隔てる森林には、氷でできた樹木があるだとか、ルシアナにとっては信じられないような話がたくさん書かれていた。

 レオンハルトが話していた通り、食糧問題は深刻だったようで、その結果旧ルドルティ王国では一人っ子が多く、一粒種としてとても大切に育てられたそうだ。


(兄弟がいるのは王家くらいで、他は子が一人というのが一般的なのよね。特にそういう決まりがあったわけではないようだけれど……トゥルエノでは考えられないわ)


 トゥルエノ王家が多産なのには理由があるが、王家以外も兄弟姉妹のいる家門は多かった。

 他家へ嫁いだ王女たちも子だくさんで、母が八人姉妹だったことも理由だろうが、従兄姉の数は四十人を超えている。ルシアナにとって、兄弟姉妹は当たり前の存在だった。少なくとも、ルシアナの周辺で兄弟姉妹のいない者はただ一人としていなかった。

 自分の国がどれほど豊かで、どれほど自分が恵まれていたのか、ルシアナは改めて実感することになった。


(子は絶対に授かれるものでないから、レオンハルト様やテレーゼ様にご兄弟がいらっしゃらなくても、その意味について深く考えたことはなかったけれど……こうして歴史を知れば見えてくるものもあるわ)


 現在は食糧問題も解決されているが、それでも兄弟姉妹のいない者たちも多いようで、旧ルドルティ王国の地域では人口が徐々に減っているようだった。


(北方はすでに一つの国となっているから、全体で見ればだんだんと増えていくのでしょうけど……だからと言って旧ルドルティ地域の人口が減っていい理由にはならないわ。きっと陛下や王太子殿下はそれを望まれないでしょう)


 シュネーヴェ王国を建国してからも、国王のライムンドも、王太子のテオバルドも、旧ルドルティ王国地域を気にかけているようだった。もちろん、他地域との差が出ないよう気を遣っているようだったが、打った施策はどれもこの地域の問題を深く理解しているものばかりで、旧ルドルティ王国に変わらず愛情を持っているのが窺える。


(今は交通路の整備や、食糧の安定した供給のための温室増加に力を入れているようだけれど、人の招致についてはどのようにお考えなのかしら? こちらはレオンハルト様に確認するのがいいわよね)


 報告書を確認していたルシアナは、扉の開閉音と聞き慣れた足音に気付き顔を上げる。


「熱心だな。ルシアナ」

「レオンハルト様!」


 ルシアナはぱっと顔を輝かせると、持っていた報告書を元の場所に戻し、レオンハルトに抱き着いた。


「休憩ですか?」

「いや、もう終わった。今年中に終わらせなければならないものはすべて片付けたから、あとはもう貴女とゆっくりしようかと思ったんだが……」


 ルシアナを抱き締め返しながら、レオンハルトは棚へと目を向ける。


「貴女にやることがあるならそれに付き合おう」


 優しく微笑むレオンハルトに、ルシアナも棚へと目を向けると逡巡する。


(領地のことやルドルティのことについては知りたいわ。わたくしも力になりたい……けれど、レオンハルト様とゆっくり過ごせるなど初めてのこと……! レオンハルト様には休めるときに休んでいただきたいし、それに……)


 ルシアナは軽く拳を握ると、緩く首を振った。


「せっかくですから、わたくしもゆっくりしたいですわ。レオンハルト様と一緒に」

「そうか」


 レオンハルトは嬉しそうに目を細めると、ルシアナの頬に口付け抱き上げた。


「夕食までまだ時間がある。今日は何をしていたのか教えてくれ」


 レオンハルトの言葉に頷きながら、ルシアナは今日得た知識と私見をレオンハルトに披露した。






(一人で学ぶのも楽しいけれど、やっぱりレオンハルト様とお話ししていろいろ知れるほうが嬉しくて楽しいわ)


 ベッドの上でにこにことレオンハルトとのやりとりを思い返していると、寝衣に身を包んだレオンハルトが浴室から現れた。


「何かいいことでもあったのか?」

「レオンハルト様と過ごした時間が楽しかったと思い出していたのです」

「そうか」


 レオンハルトはわずかに目尻を下げると、ベッドに腰掛けルシアナの頬を撫でた。


(あ……)


 ルシアナは小さく胸を高鳴らせながら、そっと目を閉じる。少しして、普段より温かいレオンハルトの唇が、ルシアナのそれに重なった。

 何度か啄むように口付けられたかと思うと、薄く開いた口に舌が差し込まれる。


「っふ、ん」


 熱い舌がゆったりとルシアナの口腔内を(ねぶ)り、期待に震えるルシアナの舌を絡めとる。

 レオンハルトのガウンを掴みながら、ルシアナも一生懸命レオンハルトの口付けに応えた。

 粘膜同士を擦り合わせるように舌を舐めたレオンハルトは、少しして口を離した。

 濡れたルシアナの唇を指の腹で撫で、小さく笑んだかと思うと、彼は優しくルシアナの頭を撫でる。


「ここ数日勉強漬けで疲れただろう、ゆっくり休むといい」

「えっ、あ……はい……」


 ルシアナが小さく頷くと、レオンハルトはルシアナをベッドの中に寝かせ、室内の灯りを消して回った。ベッドに戻り、ルシアナの隣に横になると、頬に軽く口付け「おやすみ」と囁き目を閉じる。

 ルシアナはそれを寂しく思いながらも、ただ静かに「おやすみなさい」と返す。


(そう、よね。レオンハルト様も領地のことで忙しくていたし……明日はきっと、触れてくださるわよね……?)


 体調を崩して以降、口付け以上の触れ合いをしてくれないレオンハルトに少しばかりの不安を抱きながら、ルシアナは大人しく目を閉じた。

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次回更新はムーンライト版改編後となるため未定です。

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