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城内探索・一(五)

 レオンハルトは、赤いルシアナの頬を指先で撫でると、ルシアナの手を取って本棚のほうへと歩き出した。


「領地やルドルティにつていだが、個人的にもっと調べたいと思ったらここの書物を読むといい」

「えっ、あ……ありがとう、ございます」


 レオンハルトの切り替えの早さに少々置いてきぼりになりながらも、ルシアナは本棚へと目を向ける。


「本棚のほうには、この土地で発行された書物が主に並んでいる。あとは口伝のみで伝わる伝承や民話を書き留めたもの、歴代城主の記録など、一般に流通していないものもあるな」

「……歴代城主の記録、ですか?」


 集中した熱を治めるように手で顔を仰いでいたルシアナは、ぴたりと動きを止めると、目を瞬かせながらレオンハルトを見上げる。


(それは……旧ルドルティ王国の国王の記録ということかしら……?)


 ルシアナが何を考えたのか気付いたのか、彼は微苦笑を漏らして頷いた。


「陛下に、ルドルティの王家の記録はこの城に留めておいてほしい、と言われてな。恐れ多いことだが、俺が新たな城主として受け継ぐことになったんだ」

「まあ……」


 レオンハルトはテオバルドだけでなく、ライムンドにも信を置かれているのだということを改めて実感し、誇らしい気持ちになった。

 レオンハルトが旧ルドルティ王国の王都であったこの場所と、王城であったこの城を譲り受けたのだと知ったのは、レオンハルトの元へ嫁ぐと決めたとき――ルシアナが、まだトゥルエノ王国にいたときだった。

 レオンハルトについては、文字での情報と姉たちからの伝聞でしか知らなかった。けれど、そのなかでも、レオンハルトは信頼に値する人格者なのだろうと思った。


(……)


 レオンハルトと繋ぐ手に少し力を入れると、ルシアナはレオンハルトの胸元に顔を埋めた。


「どうした?」


 抱き締め、柔らかく髪を梳いてくれるレオンハルトに、ルシアナは緩く首を横に振る。


(レオンハルト様のことを存じ上げなかったころのことを思い出して寂しくなった、だなんて……。……それだけ、今が幸せということよね)


 ルシアナは小さく息を吐くと、レオンハルトから離れる。


「いえ。申し訳ありません。少し見て回っても構いませんか?」


 レオンハルトの手を引いて一歩進めば、レオンハルトは少々不可解そうにしながらも、「ああ」と頷いて歩き出した。


「濃い色と薄い色、二種類の本棚がありますが、何か違いが?」

「ああ。刊行物は濃い茶色の棚に、それ以外の書物は薄茶色の棚にしまわれている。こちらも先ほどの資料がしまわれていた棚と同じで、手前に来るほど新しいものになっている」


 ルシアナはふむふむと頷きながら、濃い茶色の本棚に目を向ける。

 図鑑や歴史書、小説から絵本まで、様々な分野のものが並んでいるようだ。


「気になるものがあれば持って行っていい。ここが使いにくければ、北棟にある書庫を使ってもいいだろう。向こうにも一通り揃っているし、ここは分野ごとの分類などはされていないが、向こうはきちんと整理されてるからな」

「ここにある刊行物は読むため、というより、どのような内容の本が出版されているのか確認するためにある、という認識で合っていますか?」

「ああ。だが、検閲や発禁などの意図はない。ただ民たちがどのようなことに関心があるのか、どのようなものが出回っているのか、それを知るために置いている。旧ルドルティ地域では読書が一番の娯楽だからな」


 そうなのですね、とルシアナが頷くと、レオンハルトは何かを思い出しように「だから」と続けた。


「北方の中でもルドルティは識字率が高いんだ。いざとなれば燃やす燃料にもなるし、どうせ紙を行き渡らせるなら読み書きもできたほうがいいだろう、と五代前の王が施策を打ってな。今はもう、旧ルドルティ地域の者なら、大体が読み書きできる」

「まあ。素晴らしいことですわ。知識は恒久の財産ですもの」


 “いざとなれば燃やす燃料にもなる”とはあまり穏やかな話ではないが、平民にも文字が浸透しているのはいいことだ、とルシアナは本棚を見渡す。


(国民の識字率が高ければ、それだけ国力も上がると教わったわ。読み書きができなければ就ける仕事にも制限がかかるけれど、読み書きさえできれば職業の選択肢が増える。選択肢が増えれば、それだけ国は発展し豊かになる、と)


 現在の国王を含め、旧ルドルティ王国は賢王が多いのだろう、とルシアナは薄茶色の棚に目を向ける。


「歴代城主の記録は、わたくしが読んでも問題ありませんか?」

「もちろんだ。さっきも言ったが、この部屋は家令であるギュンターも、ギュンターを補佐する補佐官たちも使う。彼らも自由に読めるのに、俺の妻である貴女が読めないわけないだろう」

「ありがとうございます、レオンハルト様。……そういえば、ギュンターたちはどこで執務を?」


 先ほどの執務室は、レオンハルトと自分の分しか机がなかったこと思い出しながら問えば、レオンハルトは先ほど入ってきた扉とは違う、廊下へと続く扉へと目を向けた。


「この書庫の向かい側がギュンターたちの執務部屋になっている。補佐官は全員休暇に入っているから、紹介はいずれしよう」


 わかったと首肯すれば、レオンハルトは「それから」とルシアナの手を引いた。


「あともう一カ所、貴女に教えておきたい場所がある」


 部屋の奥、執務室があるほうとは反対側の壁まで進んだレオンハルトは、公爵城の外観が描かれた絵画の前で足を止めた。絵画の下にある金のプレートに手をかざせば、カチリ、と音がしてプレートの片側が外れる。


(まあ……!)


 外れたプレートの下には鍵穴があり、レオンハルトは懐から鍵を取り出すと、それを差し込んだ。鍵はそのまま吸い込まれ、目の前には薄い膜が張られたような空間が出現する。


「この中だ」


 肩を抱くレオンハルトに導かれながら、ルシアナはそっと、薄い膜に向けて一歩を踏み出した。

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次回更新は1月26日(日)を予定しています。

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