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城内探索・一(三)

 次にレオンハルトが案内してくれたのは執務室だった。

 城の執務室は横に広く、入ってすぐの部屋の中心には暖炉、カウチソファ、長テーブルが置かれ、部屋の右側はタウンハウスの執務室をそのまま移したようなスペースになっていた。

 レオンハルトらしいな、と部屋の左側へ視線を移したルシアナは、わずかに目を見開く。


(これは……)


 部屋の左側には、レオンハルトが使っているものより一回り小さい執務机と椅子が置かれ、壁際には空の本棚が並べられていた。どれも真新しく、以前はなかった空間なのだとすぐに察せられる。

 この場所も、ルシアナのために用意したのだろう。

 ただ、それ以上にルシアナを驚かせたのは、部屋の左側のスペースの色合いだった。

 右側は、タウンハウス同様、白・黒・茶とシンプルな色味で調えられているのに対し、左側は灰色がかった淡い緑のスカイグリーンや、その青い版であるライトブルー、その他淡い色味の桃や黄色などで彩られ、壁には小さな絵画も飾られている。


「レオンハルト様……」


 ずっと黙ったままのレオンハルトを振り返れば、彼は目を細めルシアナを見つめていた。


「貴女には煩わしいこと何もせず過ごしてほしいと思っているが、貴女はそうではないだろう? タウンハウスでは気が回らず、俺の執務室を利用していたと聞いたから、まずはこちらに用意したんだ。色味も……なるべく貴女の好みに寄せた。もちろん、あとでいくらでも好きに変えてくれていい」

「変えるなんて……そんなもったいないことしませんわ。わたくしは、レオンハルト様がわたくしのことを想って準備してくださったことが嬉しいのです」

「貴女のことなら常に想っている。想うだけでは足りず俺と同室にしたが、構わなかったか?」


 窺うように眉尻を下げるレオンハルトに、ルシアナは繋いでいた手を放すと抱き着いた。


「もちろんですわ……! わたくしも……レオンハルト様となるべく一緒にいたいですもの」

「そうか。嬉しい」


 抱き締め返し頭に口付けたレオンハルトは、ルシアナの肩に腕を回すと、ルシアナ用の執務スペースに進んで行く。


「座ってみてくれ。問題がなかったらタウンハウスに同じものを用意しよう。タウンハウスのほうの調度品は貴女自身が選んでくれていい。細かなものも大きなものも含め、こういうのは自分で選ぶのが楽しいんだろう?」


 レオンハルトに促されながら、ルシアナは深い赤茶色の革張りの椅子に座る。執務用の椅子は座り心地がよく、高さも大きさもちょうどよかった。

 座ったままレオンハルトを見上げれば、彼は身を屈め口付けを贈ってくれた。


「どうだ?」

「びっくりするぐらいわたくしに合っていますわ。まるでわたくしのために作られたような……」

「ああ。貴女の体格に合わせて作ったからな」


 驚きに目を瞬かせれば、レオンハルトはルシアナの頬を撫で、首、肩、腕へと手を滑らせた。


「貴女の体については、貴女以上に理解しているつもりだ」


 妖しく目を細めるレオンハルトに、ルシアナはすぐに言葉の意味を理解し、顔を赤く染める。恥ずかしさに顔を伏せると、レオンハルトは小さく笑い、ルシアナの目尻に口付けた。


「座り心地がいいならよかった」

「……とてもいいですわ」


 繋がれた手を握り返しながら、ルシアナは片膝をついて自分を見上げるレオンハルトへ目を向ける。しかし、すぐに視線を外すと、自分の膝を見つめる。


「本当に、ありがとうございます。レオンハルト様。ただ、その……一つお願いが……」

「ああ。なんだ? 何でも言ってくれ」


 優しいレオンハルトの声に、ルシアナは深く息を吸い込むと、真っ直ぐレオンハルトを見つめた。


「タウンハウスの執務室も、レオンハルト様に考えていただきたいです。その、お忙しいレオンハルト様のお手を煩わせてしまうことは重々承知しておりますが……」


 レオンハルトに臆面なく甘える、と決意し口にしたお願いは、想像以上にルシアナの羞恥心を煽り、さらに顔が熱くなる。恥ずかしさから瞳が潤んでいくのを感じながらも、目を逸らすことなくレオンハルトを見続けていると、彼は至極嬉しそうに微笑んだ。


「ルシアナのことを考えている時間が至福なんだ。だから煩わせるなどと気にする必要はない。ただ……もし貴女がよければ、一緒に考えてはくれないか? 貴女の好みも、もっとちゃんと把握したいんだ」


(一緒に……)


 より魅力的な提案に、ルシアナは一瞬迷ってから、大きく頷いた。


「わたくしも、一緒に考えたいです。レオンハルト様と一緒に」

「ああ」


 レオンハルトは握る手に力を込めると、柔らかな微笑を口元に浮かべる。しかしすぐに笑みを消し、真剣な眼差しをルシアナに向けた。


「ルシアナ。俺は、これまで貴女とゆっくり話し合う機会を持てなかったことを……持たなかったことを、ずっと後悔していた。他の者からではなく、貴女の口から、貴女について教えてほしい。貴女についてもっと多くのことを、誰よりも詳しく、知りたいんだ」

「レオンハルト様……」


 レオンハルトの真っ直ぐな愛が、じわりと心に沁みていく。


(本当に、わたくしはどれだけ恵まれているのかしら)


 嬉しい、と伝えようとしたルシアナだったが、レオンハルトはそれより早く溜息を漏らした。


「貴女は、初めて会った日に俺の好きな色について訊いてくれたのに、俺は貴女に訊き返すこともなかった。この間のホットミルクのときだってそうだ。貴女は俺の好みを尋ねてくれたのに、俺はそれに答えただけで……」


 肘掛けに額を乗せ、「それに、貴女が持参した茶葉を消費していることも知らず……」と深い後悔を滲ませるレオンハルトに、ルシアナは大きく首を横に振る。


「そのようなこと……! わたくしも自ら言えばいいもの尋ねるばかりでしたから……! それに、わたくしもまだまだレオンハルト様について詳しいわけではございません。教えていただきいたことは山のようにございますわ。ですから、お互い! お互いに! これから知る時間を設けてまいりませんか?」

「……そうだな」


 顔を横に向け、肘掛けに頭を乗せたレオンハルトに、胸をときめかせながら、繋いでないほうの手でレオンハルトの頭を撫でる。


(普段はただただ頼もしく凛々しい方なのに、可愛らしさも持ち合わせていらっしゃるなんて……本当に可愛らしいわ)


 満足したのか、頭を撫でるルシアナの手を取り、レオンハルトは頭を上げる。

 いつも通り涼しげな目元を和らげ、愛おしそうに自分を見つめるレオンハルトに、そうだ、とルシアナは口元を綻ばせる。


「では、早速一つ、お伝えしてもよろしいですか?」

「ああ。なんだ?」


 聞き逃さない、という強い意志を感じる眼差しに、ルシアナは笑みを深めると、レオンハルトの耳元に口を寄せた。


「わたくし、以前からレオンハルト様のことを可愛らしく思うときがあるのです。今も、とても可愛らしいと思いましたわ」


 最後に頬に口付け、レオンハルトの顔を覗き込めば、彼は驚いたように目を見開いていた。そして徐々に耳を赤く染めていくと、レオンハルトは眉根を寄せ、視線を逸らした。

 照れて眉間に皺を寄せるレオンハルトを見るのは久しぶりだ、とルシアナは満面の笑みを浮かべると、レオンハルトの眉間にそっと口付けた。

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次回更新は1月12日(日)を予定しています。

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