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城内探索・一(二)

 レオンハルトはルシアナの体を反転させ、向かい合わせになると、そのまま抱き上げた。しっかりとその体を抱き締めながら、ルシアナの唇に軽く口付ける。


「貴女は本当にいじらしいと言うか、何と言うか……そんなこと気にする必要はない。貴女はもう、何にも代えがたい貴女自身を俺に与えてくれたじゃないか」


 心底満足そうに微笑み、顔中への口付けを繰り返すレオンハルトに対し、ルシアナは考え込むように彼の言葉を反芻する。


(わたくし自身……)


 確かに、ルシアナはこれまで終始一貫して、“自分のすべてはレオンハルトのもの”だと伝えて来た。自分の身も心もレオンハルトのものだと、本心で思っている。

 レオンハルトが言うように、確かにルシアナは、ルシアナ自身をレオンハルトへと与えた。


(けれど……)


 ルシアナはすっかり慣れた様子でレオンハルトの首に腕を回すと、彼の頭に頬をすり寄せた。


「レオンハルト様だって、レオンハルト様ご自身をわたくしに与えてくださったではありませんか」


 狩猟大会の夜、「自分のすべてはレオンハルトのものだ」と伝えたとき、彼も「俺のすべても貴女のものだ」と返してくれた。

 レオンハルトはテオバルドの第一の忠臣で、国を代表する騎士だ。そんな彼のすべてが本当に自分だけのものだと思うほど、ルシアナも盲目ではない。あのときの言葉は、すべてをルシアナに捧げてもいいと、そのくらいの気持ちを持っているのだと、その想いを表現してくれたのだと、きちんと理解している。

 ルシアナには、それだけで十分だった。彼の心身がルシアナだけのものでなかったとしても、レオンハルトがそれぐらいの愛情をもって自分に向き合ってくれているのが、何よりも嬉しかったから。


(だから、もしレオンハルト様が、そのことを気にされているのなら……)


 ルシアナはすべてを捧げているのに、自分はそれができていない、とレオンハルトが思っているのなら申し訳ない、と顔を曇らせるルシアナだったが、レオンハルトはただ穏やかに微笑み、ルシアナの背を撫でた。


「ルシアナ。貴女は自分の価値を過小評価しすぎだ。もちろん、俺にとっての貴女くらい、貴女も俺に価値を見出してくれているのだと思うと嬉しいが……俺にとって貴女は、何物にも代えがたい、得難い宝物なんだ。この世のどんな言葉を並べ立てても、貴女の尊さを表現することはできない。絢爛豪華な財宝をどれだけ積もうとも、貴女には到底及ばない。この先たった数十年愛するだけでは、到底足りない。たったこの程度のことをしただけで、貴女と釣り合いが取れると思われるのは心外だ」


(え……え? 今、レオンハルト様は、なんて……?)


 何やらとても壮大な物言いをされたような気がするが、あまりのことに理解が追い付かず、ルシアナはただ瞬きを繰り返す。

 戸惑うルシアナをよそに、レオンハルトはまるでルシアナがおかしなことでも言ったかのように笑うと、ルシアナを抱えたまま書庫の中を歩きだした。


「貴女の好みを考えたら、もっと淡い色合いの明るい部屋がいいとは思ったんだが、この場所に座る貴女が見たくてな」


 中央のソファまで行くと、レオンハルトはルシアナをソファに座らせた。

 レオンハルトの発言を処理しきれず、いまだ呆然としたままのルシアナとは対照的に、レオンハルトは嬉しそうに微笑み、ルシアナの髪に口付けた。


「貴女が以前言っていた、ハーピーの羽毛と羽根を使って作ったソファなんだ。横になってもいいように座面も広く取っている。それから、部屋全体に浄化維持の魔法がかけられているから、定期的に魔石を交換すれば常に綺麗な状態を保てる。ソファやラグも同じだ。いつ来ても問題なく使えるようにしておいたから、ここが、貴女にとって居心地のいい場所になったら嬉しい」


 目も前で柔らかく目を細めるレオンハルトに、慌ただしく回転していた思考が徐々に落ち着いていく。

 ルシアナはゆっくり深呼吸をすると、膝の上で重ねられたレオンハルトの手を掴み、彼の言葉を反芻していく。


(わたくし……宝物……到底及ばなくて……ハーピーの羽毛……浄化維持……)


 レオンハルトの言葉を一つ一つ丁寧に思い返していったルシアナは、徐々に顔を赤く染めていき、そっと俯いた。それと同時に、目の前にいたレオンハルトの影が近付き、耳に温かな吐息がかかる。


「ルシアナ。俺がどれだけ貴女を愛しているか、それを伝えるために言葉を惜しむつもりはない」


 静かに囁かれる言葉に、ぞくりと体が震えた。今度は戸惑う隙は与えないとでもいうように、彼の言葉が直接脳へと響いていく。


「だが、言葉だけでは表現しきれないほど……どうしようもないくらいに、俺は貴女を愛してる。……ここ数日で、貴女もその一端を理解しただろうが」


(一端、だなんて……)


 とことん自分を沈めていく彼の強大な愛情。彼に看病をされるなかでそれを感じたのは、一度や二度ではない。このまま彼の愛情に慣れては危険だと思うほど、彼の愛は大きく、あまりにも真っ直ぐにルシアナへと注がれた。

 そしてまた、彼は惜しむことなく愛の言葉を紡いでいる。彼の言葉にはまるで熱が宿っているようで、愛を囁かれるたびにのぼせてしまいそうになる。

 さらに顔を赤く染めたルシアナに、レオンハルトは、ふっと笑んだ。

 重ねていた手を掬い、指を絡めて繋ぎ直したレオンハルトは、耳に唇を掠めながら言葉を続ける。


「言葉だけでは足りないから、俺は貴女に多くのものを与えたい。俺にとって貴女は、人生のすべてを捧げても足りないほどの、至高の存在なんだ。だから、何かを返すだとか、申し訳ないだとか、そんなこと思わなくていい。思わないでくれ。俺はただ、俺の愛を受け取ってほしいんだ。俺のことを愛してくれているのなら、俺からの愛も、余すところなく受け取ってくれ」

「……その言い方は、ずるいですわ」

「貴女にはこういう言い方をするのが効果的だと学んだからな」


 目を合わせると、レオンハルトは愉しそうに目を細め、繋いでいないほうの手でルシアナの真っ赤な頬を撫でた。


「もらうばかりが気がかりだと言うのなら、ずっと俺の傍にいてくれ。あなたがそこに在るだけで、俺は十分に満たされる」

「……それでは、一方通行ですわ。愛は、一方通行では成り立ちません」

「俺の一方通行なのか?」

「まさか! 違いますわ! わたくしも愛しております! わたくしだって……!」


 勢い込んで否定するルシアナに、レオンハルトは目尻を下げると、優しく口付けた。


「ああ。わかっている。貴女の表情が、視線が、仕草が、きちんと俺への愛を伝えてくれている。貴女からの愛は、常に俺へと届いている。だから、傍にいてくれるだけでいいんだ。傍にいて、その美しいロイヤルパープルの瞳に、俺を映してくれ」


 ただ真っ直ぐ、ルシアナだけを映すシアンの瞳は、シャンデリアの光を反射してか、キラキラと輝いている。

 まるでルシアナ以外は視界に入らないとでもいうような彼の眼差しに、波のような感情が押し寄せ、気が付けばレオンハルトを抱き締めていた。


(甘やかされていると……申し訳ないと思うべきではないのかもしれないわ。これがレオンハルト様の愛だというのなら、わたくしはそれを、きちんと受け取りたい)


 ルシアナはひと際強くレオンハルトを抱き締めると、そっと体を離し、レオンハルトに口付けを贈った。


「ありがとうございます、レオンハルト様。とても嬉しいですわ。そのように思っていただけるのも……。わたくしはそれほど上等なものではないと……つい、そう考えてしまいますが、わたくしは、わたくしの愛する方のお言葉を信じます。嬉しいです、レオンハルト様。あなた様の愛が。わたくしも、愛しておりますわ」

「ああ。俺も愛してる。俺の愛を受け取ってくれてありがとう、ルシアナ」


 近付く彼の相貌に、ルシアナは自身のすべてを差し出すように、そっと目を閉じた。

ブックマーク・いいね・評価ありがとうございます!

今年一年、お読みいただきありがとうございました!

また来年もよろしくお願いいたします!

次回更新は1月5日(日)を予定しています。

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