城内探索・一(一)
「ルシアナ。機嫌を直してくれ」
繋いだ手を軽く揺らすレオンハルトに、ルシアナはぷいっとそっぽを向いたまま、握る手に少しだけ力を入れた。
「別に怒ってはいませんわ」
「そうか?」
レオンハルトはどこか愉快そうに笑うと、繋いだ手を引く。導かれるままレオンハルトと距離を縮めれば、彼は手を繋いだまま向かい合うようにルシアナを抱き締め、柱の陰に隠した。
「ん、ぅ……」
声を掛ける暇もなく唇が重なり、口内に舌が侵入する。
(まだ、部屋を出たばかりなのに……)
そう思いつつも、丹念に舌同士を擦り合わせるレオンハルトに、ルシアナも抵抗することなく応えていく。
「っふ、ん……」
今いるのは、いつ人が通ってもおかしくない廊下だ。こういった戯れをすべきではないことは理解している。それでも、レオンハルトの求めを拒むという選択肢は、ルシアナの中にはなかった。
先ほどは、些細なことで何度も口付けられ、なかなか部屋の外に出られなかったことに対し、拗ねた態度を見せた。けれど、それはただの見せかけで、本当に嫌がっていたわけではない。
レオンハルトもそれをわかっていたからこそ、こうしてまた口付けたのだろう。
「ん……は、」
爪先立ちになりながら、ルシアナは一生懸命レオンハルトと舌を絡める。
レオンハルトの熱い吐息が吹き込まれ、肉厚の舌がルシアナのそれに絡み付くたび、ルシアナの双眸も蕩けていった。
レオンハルトとの口付けに耽溺しかけていたルシアナだったが、レオンハルトはルシアナの舌先に吸い付き、唾液を啜ると、ゆっくりと顔を離した。
遠ざかる熱に一抹の寂しさを感じながら、ルシアナはレオンハルトの胸に顔を預ける。
「……これでは、お城を見て回れませんわ」
「どうせ一日では回りきれないんだ。焦る必要はない」
「それはそうですが……」
少し進むたびに毎度これでは、廊下の往復しかできないのではないだろうか。
領地に着いた日は廊下すらまともに見られなかったため、こうしてじっくり見られるのも楽しくはあるが、それでは一向に城内を見て回れない。
(レオンハルト様とたくさん特別なキスができるのは嬉しいけれど……)
むぅ、と若干唇を尖らせながら顔を上げれば、レオンハルトは目尻を下げルシアナの唇に吸い付いた。
「貴女も病み上がりだし、今日はこの東棟を少し見て回ろう。貴女に案内したい場所があるんだ」
手を引いて再び歩き始めたレオンハルトに、ルシアナは数度瞬きを繰り返すと、小首を傾げた。
「案内したい場所ですか?」
「ああ。気に入ってもらえるといいんだが」
小さく笑むレオンハルトに、ルシアナの心がふわりと浮き立つ。
(もしかして、何か用意してくださっていたのかしら)
少し前まで抱いていた、城を見て回れないかも、という懸念はどこへやら、ルシアナは期待に胸が躍るのを感じながら、ぴったりとレオンハルトに寄り添った。
「まあ……」
レオンハルトに案内されたのは、白い大理石の床にシャンデリアの光が煌めく、真新しい書庫だった。
ダークブラウンの本棚は部屋の左右に分かれるように整然と並び、本棚より高い位置にある等間隔で並んだ細長い窓からは、雪が舞う様子が断片的に見えている。
部屋の中心には座面の低い大きな白いソファと長テーブルが置かれ、ソファと長テーブルの下には毛足の長い真紅のラグが敷かれていた。
タウンハウスの書庫と比べると、ずいぶんと華やかな印象を受ける。
(とても立派な書庫だわ。けれど……)
ルシアナは部屋全体を見渡すと、隣でただ微笑を浮かべているレオンハルトへ目を向ける。
「本が一冊もないようですが……」
「ああ。ここは貴女専用の書庫だからな。これから自由に本を置いてくれ」
(……わたくし専用の……?)
思いがけない言葉に目を丸くすると、レオンハルトは緩く口角を上げ、ルシアナを後ろから抱き締めた。
「本当はタウンハウスに作ろうと思っていたんだが、貴女は今ある書庫を気に入っているようだったからな。だから、こっちに用意することにしたんだ。この部屋の鍵は一つ、ルシアナの分しか作ってないから、正真正銘、貴女だけの書庫だ」
「わたくしだけの……」
ルシアナは、自分を抱き締めるレオンハルトの腕に手を添えながら、呆然と室内を見つめる。
何か用意してくれているのかも、とは思ったが、専用書庫はさすがに予想外だった。
「書庫自体は他にも、執務室に併設されたものと、北棟に大きなものがある。執務室に併設された書庫には資料ばかりが並べられているし、北棟の書庫にもあまり本はないが、そちらを利用したければ、もちろんそれでもいい。貴女の思うまま、自由に使ってくれ」
穏やかな声色で言葉を紡ぎながら、そっとこめかみに口付けるレオンハルトに、ルシアナは感嘆にも似た溜息を漏らした。
「レオンハルト様は、本当にわたくしを甘やかしすぎですわ……このように素敵なものをご用意していただいていたなんて……」
「気に入ってくれたか?」
「当然ですわ……! このように素敵で素晴らしいものをご用意していただき、本当にありがとうございます!」
レオンハルトを振り返りながら、興奮気味にお礼を伝えたルシアナだったが、すぐにはっとし、視線を落とした。
「どうかしたか?」
「……いいえ、ただ……レオンハルト様は、こんなに素敵なプレゼントを準備してくださっていたのに、わたくしにはお返しできるものが何もなくて……」
シュネーヴェ王国に来てから、レオンハルトにはしてもらってばかり、貰ってばかりの連続だ。
ここ数日も多大なる迷惑をかけた。
(今更だけれど、わたくしはレオンハルト様に何かお返しできたことがあったかしら)
必死に思い返してみるものの、すぐには何も浮かんでこない。
もしかしなくても、何も返せていないのではないだろうか。
その事実に、ルシアナは思わず顔を俯かせる。が、レオンハルトはそんなルシアナの顎をすぐさま掬い、上を向かせた。
思ったよりも近い距離で絡んだ視線に、ルシアナは目を瞬かせる。一方で、間近に迫ったレオンハルトの相貌には、ただ愛おしそうな微笑だけが浮かんでいた。
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次回更新は12月29日(日)を予定しています。