始まり
クリーマ大陸の南部にあるトゥルエノ王国。
大陸で唯一、女性が国を治めるこの国の王家は、昔から女系の一族で不思議と子どもは女の子ばかりだった。そのため大臣も騎士も半分ほどは女性が務めており、そのせいか、周辺諸国は常にトゥルエノ王国を見下し、資源豊かなその土地を手に入れようと虎視淡々と狙っていた。
三百年ほど前、西部で発生した、大陸全土を巻き込む大きな戦争でも、周辺諸国がはじめに狙ったのはトゥルエノ王国だった。しかし、戦闘力においても、戦略においても、トゥルエノ王国のほうが一枚も二枚も上手で、トゥルエノ王国が戦争を仕掛けてきた国をすべて征服するのに、一年もかからなかった。
攻撃をされない限りは、王国から戦争を仕掛けることはなく、また征服した各国も力尽くで支配するようなことはなかったため、自国民はもちろんのこと、占領区の人々からも、当時の女王は賢王と称賛された。また、戦場にて実際に騎士団を率いていた女騎士も、人々から剣聖と呼ばれ、当時の女王と合わせて大陸では名の知れた人物となる。
そもそもの元凶だった西部の戦争が終わるころには、トゥルエノ王国は大国と呼ばれるまでに成長し、また当時の女王と女騎士の存在によって、女王国家であるこの国を下に見るような国はなくなったのだった。
この話は絵本にもなっていて、トゥルエノ王国の人間だったら誰でも知っている史実だ。
物語の終わりは、「良き王、良き家臣、良き国民に恵まれた王国は、太平の世を迎え、それが今でも続くのだった」と締め括られ、トゥルエノ王国の盤石さを示している。
実際、王国は非常に平和で、同盟国の要請に応じ騎士を派遣することはあっても、それ以外では内紛も他国との戦争もなかった。唯一何かあるとすれば、数百年にもわたり女性しか生まれていない王家が、他国から「呪われた一族」と呼ばれるようになったくらいだ。
しかし、それもたいした問題ではなかった。他国にどう思われていようと、女性が家督を継げる国内では、王家を「呪われた一族」などと言う人間はいなかったからだ。
本当に、トゥルエノ王国は平和だった。
北方の覇者・シュネーヴェ王国から親書が来るまでは。
◇◇◇
トゥルエノ王国の宮殿の一室。普段は王と大臣たちの会議に使われる議場には、女王、王配、宰相、外務大臣、そして五人の王女が列席していた。
皆が難しそうな顔を突き合わせている中、第五王女のルシアナ・ベリト・トゥルエノは、ふわりと緩やかに波打つホワイトブロンドの髪をわずかに揺らし、窓の外をぼーっと眺めながら、周りの声を聞いていた。
「まさか、こういう方法で来るとはな」
第一王女であるアレクサンドラの言葉に、外務大臣のドルテオは頭を抱え深く息を吐き出した。
「誠に……。北方を統一し、いずれは他大陸と交易するための港を求めるだろうとは思っておりましたが……」
「……普通に、港を使用する許可だけ貰えばいいのに」
第二王女――デイフィリアが肩を竦めると、宰相のサンスが白く長い顎髭を撫でながら、わずかに首を縦に動かした。
「北方を統一してまだ数年ですからな。これから内紛が起こる可能性もありますし、大陸でも一、二を争う軍事力を持った我が国を味方にしておきたいのでしょう」
「東部の国とか、他の大陸ともわりと仲良いからねー、うちは。そういう繋がりも頼りにしてるのかも」
第四王女であるクリスティナの言葉に、第三王女のロベルティナは大きく頷く。
「うちは喧嘩売られない限り戦争もしないしねぇ」
「そういう思惑があるのは分かりますが……」
ドルテオがもう一度大きな溜息をつく。
机に広げられた書状へ視線を落としていた王配、コンラッドも困惑の表情を浮かべた。
「だからと言ってこれはずいぶんと唐突じゃ……」
悩まし気に意見を交わしながら、七人は頭を捻る。
言葉が減り、議論が停滞し始めた瞬間、パシン、と木製の扇子を閉じる高い音が議場に響いた。その音に合わせ、ルシアナ以外の全員の視線が、最奥に座る女王――ベアトリスへと向けられる。
「……おぬしはどうしたい。ルシアナよ」
今度はすべての視線がルシアナへと向かう。
ルシアナはベアトリスを見ると、ふわりと柔らかく微笑んだ。
「お受けいたしますわ。お母様」




