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レオンハルトの精霊、のそのあと(四)

「まあ! では、レオンハルト様は意外とやんちゃなお子様だったのですね」

「やんちゃ……まぁ、そうだな。なんだかんだテオに付き合っていろいろやっていたから」

「ふふ、わたくしも雪山の冒険をしてみたいですわ」

「するなら春にしてくれ。春になれば吹雪も落ち着くから」


 こめかみに口付けながら囁けば、ルシアナはおかしそうにころころと笑った。

 楽しそうににこにこと笑うルシアナを見て、こんな風に他愛ない話をする時間すら持てていなかったのだ、と改めてこれまでのことを後悔した。

 婚約期間中はお互いの立場もあり、踏み込んだ話をできなかったことは仕方がない。だが、結婚後、せめて想いを通じ合わせたあとくらいには、こういう時間を持つべきだった。


(これから……せめて休みの間だけでも、少しでも多くの時間をルシアナのために使いたい)


 領主としてやるべきことはもちろんあるが、冬期休暇中に行わなければならないことはそれほど多くないはずだ。もし仕事が山積みだったとしても、どうにかルシアナに傍にいてもらえないだろうか。

 と、そんなことを考えていると、ルシアナがじっと自分を見つめていることに気が付く。


「どうした?」


 腰に回した手に力を込め、赤く染まったルシアナの頬に軽く吸い付けば、ルシアナは目を伏せ、レオンハルトの胸元に顔を寄せた。


「もう寝るか?」


 その問いかけに、ルシアナはふるふると首を横に振ったものの、先ほどから彼女が眠そうなことには気付いていた。レオンハルトは小さく笑むと、ルシアナの手に握られていた空のマグを取り、トレイの上に載せる。

 ルシアナを横抱きにし、ベッドの上へと寝かせれば、彼女はいやいやとレオンハルトのナイトガウンを掴んだ。


「まだお話ししたいです」

「ここでも話しはできるだろう? 天蓋の幕を閉めなければ暖炉の火で明るいし。な?」


 ルシアナが着ていたガウンを脱がし、隣に寝転がると、彼女は渋々といった感じで頷いた。


「……レオンハルトさま、ぎゅってしてください」

「ああ」


 要望に応えるようにルシアナの体を抱き締めれば、彼女の温かい、ともすれば熱いくらいの体温が伝わって来る。


(……今更だが、酒を与えてもよかったのか? 刺激物だが……)


 明日、フーゴに小言をもらうかもしれないな、と思いつつ、レオンハルトはルシアナへ視線を落とす。ルシアナは、酒精のせいか潤んだ瞳をレオンハルトに向けながら、そっと手を伸ばしてその頬に触れた。


「あしたも……お話ししてくれますか?」

「……明日だけでいいのか?」

「……」


 不服そうに眉を寄せたルシアナに、レオンハルトはふっと目元を緩める。頬にある彼女の手を取り指先に口付けると、体を寄せルシアナの額に口付けた。


「たくさん話しをしよう。話さなくても、一緒にいるだけだっていい。貴女が寝ているときも、起きているときも、傍にいると誓おう」

「うれしい……」


 ふわりと柔らかな笑みを浮かべると、安堵からか、ルシアナの瞼が次第に重くなっていく。何度かゆっくりと瞬きをしたかと思うと、彼女はそのまま目を閉じた。


(おやすみ、ルシアナ)


 レオンハルトはルシアナの頭をひと撫ですると、ルシアナを起こさないよう静かにベッドから降り、天蓋の幕を閉めた。


(改めて見てみると、本当にルシアナには合わないな。ルシアナにはもっと、彼女のような柔らかで温かで愛らしい色が似合う)


 暖炉の火にぼんやりと照らされた室内をゆっくり見渡したレオンハルトは、一つ息を吐くとベッドに戻る。


(起きたら眠っていた間の雑務処理や、領地へ戻る前の最終確認をしなければ。両親とももう一度話して、タビタという医師とも契約を結んで、コンスタンツェにも連絡を……)


 明日やるべきことを脳内に羅列していたレオンハルトだったが、健やかに寝息を立てるルシアナを見た瞬間、気が付けばそんなことは頭を隅へと追いやられていた。


(ルシアナ。俺の最愛)


 指の背でこめかみを撫で、おやすみの口付けを頬へ贈ろうと顔を寄せる。しかし、頬に触れる前に、レオンハルトは動きを止めた。

 じっとルシアナを見つめたあと、人差し指の背で彼女の輪郭をなぞり、そのままルシアナの下唇に触れる。

 薄く開いた唇からは、ほのかにミルクと蜂蜜の香りが漂い、無意識のうちにその唇に口付けていた。

 その柔らかな感触に、はっと我に返ったレオンハルトは、慌てて顔を離す。しかし、気が付けばまたルシアナに顔を寄せていた。


(……こうなるとわかっていたから、口へのキスは避けていたのに)


 厨房に行く前、ルシアナの言葉を遮るために、一度だけ唇に口付けた。正直あのときも、ギリギリの状態だった。


(……だめだ、これ以上は。ましてや寝ているのに……)


 そう思うものの、自分の動きを止められずに、レオンハルトは再び唇を重ねていた。触れるだけのキスを数回繰り返したあと、そっと舌を侵入させ、彼女のそれを舐める。

 ゆっくりと。ただ自分が満足するためだけにルシアナを味わうように。彼女の舌を優しく舐めた。


「――ん」


 さすがに寝ていられなかったのか、ルシアナは小さく声を漏らすと、瞼を持ち上げた。眠たそうに長い睫毛を上下させたルシアナは、状況を理解したのか、特に抵抗することなく、レオンハルトの舌を舐め返した。


(……あまり俺を甘やかすな、ルシアナ)


 心の中で思うだけでなく、言葉に出さなければ、と思いつつ、口を離すのが惜しくて、レオンハルトはそのまま緩く舌を絡ませる。とはいえ、ルシアナの眠りを妨げることも、寝ているルシアナに無体を働くことも本意ではないため、名残惜しくは思いながらもすぐに口を離す。

 しかし、そんなレオンハルトの想いに反して、ルシアナは、もっと、とねだるように口を開けた。


 いいのか、と問う言葉は心の中で呟かれただけで、レオンハルトの口は何も言うことなく、再びルシアナのそれと合わさった。

 緩く舌を絡めては離れ、口付け絡めては離れ、を幾度か繰り返すうちに、ルシアナの瞼がまた眠そうに落ちてくる。

 レオンハルトは、最後に長めに舌を絡め、軽く吸うと、顔を離してルシアナの頭を撫でた。


「起こしてすまなかった。もうおやすみ、ルシアナ」

「ん……」


 ルシアナは落ちそうな瞼をなんとか上げると、レオンハルトを見上げ小首を傾げた。


「また……とくべつなキス、してくれますか……?」

「ああ、もちろん。いくらでも」

「……ふふ」


 嬉しそうな笑みを口元に浮かべたルシアナは、レオンハルトの胸元に顔を寄せると、すぐに静かな寝息を立て始めた。


(可愛い……)


 愛らしいルシアナの行動に顔を綻ばせたレオンハルトは、ベッドに体を沈めるとルシアナの頭を撫でた。


(可愛い、俺だけのルシアナ)


「愛してる。心から」


 そう小さく呟くと、自分の腕の中に閉じ込めるように、隙間なくルシアナを抱き締めた。

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次回更新は10月6日(日)を予定しています。

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