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精霊具というもの(五)

「……特殊、とは?」


 一拍置いて聞こえた問いに、ルシアナは視線を逸らしたまま口を開く。


「ええと、精霊は本来……いえ、その前に精霊の誕生の仕方についてですね。レオンハルト様は、精霊がどのようにして生まれるのか、ご存じでしょうか?」

「……考えたこともないな」


 少し硬い指先が頬をくすぐる。触れられたところから広がる、ぞわぞわとした感覚に、ジレを掴む手に力が入った。


(……真面目なお話。真面目なお話をしているの……)


 ぐらぐら揺れる理性を叱責し、レオンハルトの肩に顔を押し付けるように寄りかかる。視界が制限されれば、それだけ心が落ち着くようだった。

 ルシアナは目を閉じると、深く息を吸い込む。


「……精霊が生まれる方法は二種類あります。精霊界での自然発生と、二体の精霊の気が交わって生まれる……生物の繁殖と似たような方法です。自然発生の場合はもちろん、親のいる精霊も、生まれ持つ属性は火、水、地、風のいずれか一つになります。親のいる精霊で、親同士の属性が違う場合は、親の属性のどちらか一つを受け継ぐのが基本だそうです」

「基本、か……」


 ルシアナの頭を撫でていたレオンハルトが、小さく「なるほどな」と呟く。


「俺に加護を与えた精霊は、単一ではなく複数属性を持っているかもしれない、ということか」

「はい。ただの精霊にしては少々違和感がある、とベルが」


 レオンハルトは短く息を吐くと、もう一度「なるほど」と呟いた。


「複数属性だと覚醒しにくかったりするのか?」

「詳しくはよく……。ですが、二つの属性をうまく扱えなかったり、自身が複数属性だと気付いていない場合は覚醒できないだろう、とベルが言っていました。精霊の覚醒は自己の確立が重要なのだそうです」

「自己の確立……」


 そう小さく呟いたレオンハルトは、ルシアナの頭に顔をすり寄せると、静かに口を開いた。


「……俺にできることは、何もないのか?」


(レオンハルト様に、できること……)


 はっきり言ってしまえば、何もなかった。

 精霊の覚醒は精霊の問題だ。周りが策を練っても、精霊自身が問題を抱えていればどうしようもない。

 しかし、精霊の覚醒をこれほど強く望んでいるレオンハルトに、「何もない」と伝えるのはどうしても憚られた。

 ルシアナは逡巡したのち、ゆっくりと目を開け、レオンハルトの肩に頭を乗せると、彼の首元を見つめた。


「お話を……たくさんお話をしてあげてください。一日の出来事や、思ったことを。精霊との交感はコミュニケーションが何よりも大事ですから。それから……」

「それから?」


 指の背が、優しくルシアナの頬を撫でる。慰撫するようなその動きに、ルシアナは、ほっと息を吐き出した。


「二日後に王女殿下方がいらっしゃるでしょう? そのときに、レオンハルト様の精霊剣と対峙させていただきたいのです」

「対峙? ルシアナと? 何故コンスタンツェたちが来たときなんだ?」

「わたくしが接触することで覚醒を促す可能性もありますから。ですが、もしかしたらそのせいで精霊の力が暴走するかもしれないので、万が一の対策として、敷地の周りに強力な結界を張っていただきたいのです」

「暴走……することもあるのか?」

「可能性はありますわ。レオンハルト様の精霊は、レオンハルト様のことを深く愛しているようですから。感情の昂ぶりが力の暴走に繋がることはあります」

「……わかった。追加で依頼を出しておこう」


 了承したレオンハルトの声を聞きながら、本当にこれでよかっただろうか、と考える。


(レオンハルト様の精霊は、覚醒については少々過敏になっているような気がするわ。だから、あまり急がずに、時間をかけて対話したほうがよかったのではないかしら。けれど、レオンハルト様のお気持ちを考えると――)


「ところで、ルシアナ」

「! はい」


 ルシアナは反射的に返事をすると、考え事を一旦中止し、レオンハルトに意識を向ける。レオンハルトからの言葉を聞き漏らさないようにしようと、視線の先の喉仏を注視した。


「何故、先ほどから俺を見ないんだ?」

「……今、レオンハルト様の喉を見ていますわ」

「……言い方を変えよう。何故、目を合わせないんだ?」


(目を逸らしたときも、顔を見られないようにしたときも、何もおっしゃらなかったからこのまま不問にしてくださるのかと……)


 そこまで考えて、以前、レオンハルトがなかなか自分のほうを見ようとしてくれなかったときのことを思い出す。あのとき、背中ばかり見せるレオンハルトに寂しい気持ちになったというのに、今度は自分が同じことをしていることに気付き、ルシアナは慌てて背筋を伸ばし、レオンハルトを見つめた。


「申し訳ございません……! レオンハルト様と目を合わせたくないわけではないのです……! ただっ……ただ、わたくしが……」


 自分を真っ直ぐ見つめるシアンの瞳に、ルシアナは自然と閉口していた。頬が次第に色づいていき、それに合わせ瞳は潤んでいく。

 その様子にレオンハルトはわずかに目を見開いたものの、すぐに目を細めると、頬に手を添え、顔を近付けた。


「……ただ、なんだ?」


 囁くような呟きと、間近に迫った相貌に再び目を逸らしたい衝動に駆られる。しかし、レオンハルトを悲しませるようなことはできないと、ルシアナはじっとその瞳を見つめ返した。

 心臓の鼓動がだんだん速くなっていくのを感じながら、ルシアナは震える唇を開く。


「っただ……わたくしが、レオンハルト様を……好きすぎる、だけで……」

「……好きなのに、目を逸らしたのか?」

「だ、だって、大事な……真面目なお話をしているのに……レオンハルト様のことばかり、考えてしまうから……」


 知らず知らずのうちに、口からは熱い吐息が漏れていた。

 すぐ近くにある唇に口付けたいという欲望がどんどん湧き上がってくる。しかし、ルシアナは理性でもってそれを押しとどめると、その代わりとでもいうように、レオンハルトのさらりとした頬を撫でた。


「……別に、話しなど今でなくてもできるのに」


 さらに顔を近付けたレオンハルトに、ルシアナは小さく喉を鳴らすと、レオンハルトの唇へ視線を落とした。


「せ、せっかく精霊剣……精霊具についてお話ししていたのですから、それにまつわるお話はまとめて一気にしてしまったほうがよいでしょう? とても大事なことですもの」

「それは確かにそうだな。だが……貴女は少々理性が強すぎる。もっと自由に振る舞ってくれていいんだがな」


 口元に緩い笑みを浮かべ、軽く口付けたレオンハルトに、ルシアナは目を見開くと、レオンハルトの双眸を凝視する。


「貴女は俺を真面目と言うし、俺もそういう性質だと思っていたが、貴女を前にするとそうでもないらしい。……こんな俺でも、貴女は好きすぎるくらい、俺を好いていてくれるか?」


 懇願にも似た誘惑の言葉に、理性は呆気なく崩れ去った。

 ルシアナはレオンハルトの首に腕を回すと、自ら彼の唇に口付ける。


「好き……大好きです、レオンハルト様。好き……」


 口内に侵入し、深く絡み付く舌に応えながら、ルシアナは欠片ほど残った理性で己を鼓舞した。


(時間をかけて精霊と対話をするほうがいいに決まっているわ。けれど、レオンハルト様が望むなら叶えて差し上げたい。どこまでお力になれるかわからないけれど……できる限りのことをするのよ)


 来たる二日後のことを考えながら、ルシアナは小さく拳を握った。

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次回更新は5月12日(日)を予定しています。

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