精霊具というもの(二)
突然の提案にレオンハルトは驚いた様子だったが、すぐに快諾してくれた。
あとはヴァクアルドを置いていくよう誘導すればいい、と思考を巡らせたルシアナだったが、ルシアナが何か言うよりも早く、彼はヴァクアルドを自室へと戻し、ルシアナをエスコートした。
レオンハルトと共に庭に向かいながら、ルシアナはそっと隣を窺う。
(敷地内だから大丈夫だと思われたのかしら?)
いつも傍らにヴァクアルドを置いていたことを思い出しつつ、不思議に思ったルシアナだったが、ここで余計なことを言ってヴァクアルドを帯同されても困るため、何も言わず視線を前に戻す。
トゥルエノ王国ではまだ秋真っ盛りという季節だが、シュネーヴェ王国にはすでに冬の気配が強く漂っており、それを示すように、庭にはほとんど花がなかった。
シルバキエ公爵邸の庭はそれなりの広さがあり、普段は庭師によって綺麗に整えられているが、今は越冬のため、ほとんどの花が別の場所に移されていた。
植物の香りより、土の匂いのほうが強く漂う庭を歩きながら、庭への散歩を誘ったのは間違いだったかもしれない、とルシアナは一つ息を吐く。
(けれど、ヴァクアルドと……いいえ、正確には“ヴァクアルドに宿っている精霊”と距離と取るためには、外に出てしまうのが一番だったもの。一つ失敗があるとすれば、もっと着込んでこなかったことね)
冷たく澄んだ空気を肺いっぱいに取り込みながら、ルシアナは腕をさする。すると、レオンハルトはすかさず自らのジャケットをルシアナの肩にかけた。
「! いけませんわ、レオンハルト様。これではレオンハルト様が――」
「俺は寒くないから気にするな。ガボゼに行こう。あそこならそれほど寒くないはずだ」
ルシアナを抱き上げ、どんどん進んで行くレオンハルトに、ルシアナはそれ以上何も言わず、レオンハルトの首に腕を回す。さらりとした冷たい髪に頬を寄せながら、冷えた頬を撫でると、彼は動きを止め、驚いたようにルシアナを見上げた。
「……熱があるのか?」
「え?」
思ってもみなかった言葉に目を瞬かせると、レオンハルトは頬に添えられた手を取り、その手を強く握った。
「普段から体温が高いと思っていたが、今はこんなに熱い。今すぐ邸に戻って――」
「大丈夫ですわ! レオンハルト様もおっしゃった通り、わたくしはもともと体温が高いのです。それに火の精霊の加護を受けていますから、余計そう思われるのかもしれません」
「……本当か?」
気遣わしげな視線に、ルシアナは目尻を下げる。
「わたくしの体のことは、わたくしが一番わかっています。それに、わたくしが熱く感じるということは、それだけレオンハルト様のお体が冷えているということですわ。レオンハルト様こそ大丈夫ですか?」
「俺は問題ない。俺ももともと体温が低いからな」
ルシアナを抱え直し、再び歩き出したレオンハルトは、「それに」と続ける。
「貴女が温かいから俺も十分温まっている」
「それならよかったですわ」
ほっと息を吐いたルシアナは、レオンハルトに密着するように体を寄せながら、自身の胸元に触れる。
「魔精石があれば、わたくしの周囲を暖かくすることもできたのですが、レオンハルト様にお会いするときは置いてくることも多くて……こんなことなら隠しポケットにきちんと入れてくればよかったですわ」
「……魔精石、か」
小さな呟きに小首を傾げたルシアナだったが、視界の端に映ったガゼボに、視線をそちらに向ける。
六本の白い石柱に囲まれた円形のガゼボは、入り口となる部分以外は下半分が白い石で囲われ、屋根は鈍色で円錐形になっている。椅子は、下半分を覆う壁と一体化しているようで、馬の蹄のようにも見えた。座面と、背もたれとなる壁部分には、薄いクッションのようなものが取り付けられているようで、見ようによっては不思議な形の巨大なソファにも見える。
(ガゼボに来るのは初めてだわ。そもそもほとんど邸内からは出なかったものね)
レオンハルトはガゼボへと続く数段の階段をのぼると、ルシアナを片腕で抱え、空いた手で入り口に垂れ下がっていた銀色のチェーンを引いた。すると、一瞬のうちに屋根から薄手の幕が下り、ガゼボの外の景色が見えなくなる。
周囲の景色が見えなくなるのはガゼボとしていいのだろうか、と思いつつ、ガゼボ内を観察していると、レオンハルトが腰を下ろした。
レオンハルトの足の上に座る形になったルシアナは、抱き上げられていたときとは違い、今度はレオンハルトを見上げる。
レオンハルトは吸い寄せられるように軽く口付けると、ルシアナの頬を撫でた。
「以前から聞きたかったんだが、何故貴女は自在に剣の出し入れができるんだ?」
「魔精石のおかげですわ。……レオンハルト様は、魔精石というものについて、どれだけのことをご存じなのでしょうか」
レオンハルトはマッサージでもするようにルシアナの頬を揉みながら、「そうだな」と視線を下げる。
「魔精石は精霊が宿る魔石で、精霊の住処とも言えるもの。精霊との契約媒体ともなるもので、魔精石を破壊されるようなことがあった場合、契約者は最悪死ぬ可能性もあること……ぐらいだろうか」
視線を自分へと戻したレオンハルトに、ルシアナは小さく頷き返す。
「その通りですわ。魔精石は契約者にとっても精霊にとってもとても大切なものです。魔精石は契約者と精霊を繋ぐもので、魔精石が壊れるということは、契約が強制的に解除されるということになります。マナが混じり合い、強く結びついた契約者と精霊にとっては、それを無理やり引き剥がされることになりますから、当然大きなダメージとなりますわ。レオンハルト様がおっしゃる通り、契約者は死んでしまう場合もあるほどです」
ルシアナはそこで一つ息をつくと、頬を揉むレオンハルトの手を取り、もう一方の手をレオンハルトの首に当てた。
「精霊の加護を受けた者の最大の弱点は間違いなく魔精石です。そんな急所とも言えるものを大衆の目に晒すことを、契約者を愛する精霊が許すと思いますか?」
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次回更新は4月21日(日)を予定しています。