もう、七ヶ月。まだ、七ヶ月(三)
思いがけない言葉に、ぱち、ぱち、と瞬きを繰り返すと、レオンハルトは目尻に軽やかに口付けた。
「今日はいつもと表情が違って見えた。……勘違いではないと思うんだが」
気遣うような眼差しを受け、ルシアナは、あ、と口を開いて、すぐに閉じる。
「……やはり、もう七ヶ月も過ぎたというのに、俺が貴女の身の回りに関して放置していたことが――」
「いえっ、いいえ! 違います! そのことは本当に気にしておりませんわ」
再び表情が沈みかけたレオンハルトに、ルシアナは慌てて首を横に振る。
「もし不満や不便があれば、わたくしはきちんとお伝えしました。何か思うところがあるのに伝えていなかったとしたら、それは伝えずにいたわたくしが悪いのです。決して、少しも、不平不満などは持ち合わせていませんでしたが!」
胸を張ってきっぱりと告げれば、彼はわずかに眉を下げ「そうか」と呟いた。
思うところはありそうだが、一応は納得してくれたようだ、と胸を撫で下ろしたルシアナは、腰を浮かせると枕があるほうへ体を向ける。
「三階開放の準備をしたり、領地へ帰る準備をしたりと、ここ数日お忙しかったでしょう? ですから、どうぞゆっくり休んで――」
「ルシアナ」
レオンハルトの腕の中から抜け出し、這ってヘッドボードのほうへと進んでいたルシアナの体を、レオンハルトが後ろから抱き締める。
背中から伝わる体温に息を吞むと、腹側に回ったレオンハルトの手がガウンの腰紐を解いた。そのまま腰を引き寄せられベッドに座ると、ナイトドレスの裾から手が侵入し、見えないコルセットのボタンを器用に外していく。
「レ、レオンハルト様……」
「言いたくないことを無理に言わせようとは思わないが……そうやって誤魔化されると暴きたくなってしまうな」
耳の縁を舌が這い、小さく体が震えた。ぴちゃ、という水音に気を取られているうちにコルセットのボタンがすべて外され、引き抜かれる。
彼の大きな手がシュミーズ越しに体を這うのを感じながら、ルシアナはレオンハルトの腕に手を回しガウンを掴む。
「矛盾していますわ……」
「そうだな」
ふっと笑った息が耳孔にかかる。たったそれだけで甘い声が漏れてしまいそうで、ルシアナはきつく口を閉じた。
「暴かれたくなければ拒めばいい」
一度腕を引き抜いたレオンハルトが、ガウンを脱がせ、ナイトドレスの胸元のリボンに手を掛ける。まるで拒むのを待っているかのように、レオンハルトはわざとらしくゆっくりとリボンを引いた。
リボンが解かれ、胸元が広がるのをただじっと見つめていると、レオンハルトが耳を口に含み、軽く噛んだ。
「どうした? 言いたくなかったんだろう? ……拒まないのか?」
吐息を多く含んだ囁き声に、唇が震える。
まだ大したことは何もされていないのに、すでにもどかしくて仕方がなかった。
(耳が弱いと気付かせたのはレオンハルト様なのに……ご存じなのに……)
むしろ知っているからこそ、彼はこうして耳から攻めるのだろう。
わざとらしく音を立てて吸い付き、耳孔に息を吹きかけるレオンハルトに、ルシアナはきつく足を閉じながら、短く息を漏らす。
「……嫌ではないから、拒みません」
出た声はか細く小さかったが、静かな室内には十分な音量だったようで、レオンハルトはぴたりと動きを止めた。それに合わせ耳も解放されたが、彼の気配が傍にあるだけで、濡れた耳がじんと疼いた。
この先に待ち受けるものに胸の鼓動は高鳴るばかりだったが、あろうことかレオンハルトはルシアナにガウンを羽織らせ、その頭を優しく撫でた。
「そうか。なら、いつもと様子が違った理由を教えてくれるか?」
(……え)
一気に引いた夜の雰囲気に、妙に空気が冷たく感じる。むしろ自分の体温だけが異様に高いような気をして、顔が熱くなった。
自分だけがその気になってしまったことが恥ずかしくて、ルシアナは顔を俯かせた。
「ルシアナ? どうした?」
幕のように下りた長い髪の向こう側で、レオンハルトが顔を覗き込もうとしていることに気付き、ルシアナは顔を背ける。
「……いいえ、どうもしませんわ」
(顔を見られたら、わたくしが何を考えていたのかわかってしまうわ……)
レオンハルトに背を向けながら、熱を逃がすように冷たいシーツを掴んだルシアナだったが、その手を素早く掴まれ、彼のほうを向かされる。
(あ……!)
目が合うと、レオンハルトはわずかに目を見開き、すぐに細めた。
「……貴女の心の内を知るために体を暴くのは間違っていると思ったからやめたんだが……貴女にはそのほうが酷だったようだな」
自分がどんな気分になっているのか、思っていた通り一瞬で見抜かれてしまい、さらに顔に熱が集中する。
思わず視線を逸らした瞬間、口が塞がれ、口内に舌が侵入した。
突然のことに驚いている間に舌を絡めとられ、腰を抱き寄せられる。
レオンハルトは誘うように舌を吸うと顔を離し、濡れた自身の唇を舐めた。
「それで? どうしていつもと違ったんだ?」
色香を漂わせるレオンハルトを、ルシアナは陶然と見つめる。ぼんやりとした思考のまま、気が付けば口を開いていた。
「わたくしが……狭量、だったのです……」
中途半端に高められた熱がもどかしくて、縋るようにレオンハルトのガウンを掴む。濡れた瞳で彼を見つめれば、レオンハルトは小さく喉を鳴らし、顔を近付けた。
「狭量?」
「その……王女殿下と、レオンハルト様の仲が……とても良く、て……?」
自分の狭量さを自らの口で言葉にするのは恥ずかしく、ついたどたどしい言い方になってしまったが、眼前に迫ったレオンハルトの表情を見て言葉を区切る。
レオンハルトは、目を見開いたまま固まっていたのだ。
「レオンハルトさ――っ」
「――嫉妬したのか?」
小首を傾げ、声を掛けたルシアナの体をまさぐりながら、レオンハルトが問いかける。
焦らすように体の縁を辿られ、思考が霧散しそうになっていると、「ルシアナ」と名前を呼ばれた。
答えろ、訴えるようなシアンの瞳に射貫かれ、ルシアナは小さく頷く。
「は、い」
くすぐったいような、それとはまた違う感覚のような、何とも言えない気持ちになりながら短い呼吸を繰り返していると、レオンハルトは「そうか」と呟いた。
「……嫉妬。そうか、嫉妬……」
レオンハルトは小さく「嫉妬か」と繰り返すと、とびきり優しい声でルシアナの名前を呼んだ。
「すまなかった。貴女にそんな思いを抱かせていたとは……償いになるかはわからないが、今日はとことん貴女を愛でよう」
「――え」
驚いたのも束の間、一瞬のうちに衣服を剥ぎ取られ、気が付けば彼に組み敷かれていた。
目を瞬かせながらレオンハルトを見上げれば、彼は心底嬉しそうに微笑みながら、まるで獲物を狙うかのように、その双眸を細めた。
何が彼の琴線に触れたのか、レオンハルトは宣言通り、とことんルシアナを愛でた。その愛ですっかり蕩け切ったころ、ぼんやりとした意識の中、彼が決意に満ちた視線を向けていることに気付いた。しかし、それを問う間もなく、ルシアナは深い眠りへと落ちていった。
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