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もう、七ヶ月。まだ、七ヶ月(二)

「……貴女が抱く劣等感を、俺は理解しているつもりだ」


 誤魔化すことも、視線を逸らすことも許さない実直な眼差しに、ルシアナは大きく目を見開く。それから瞬きを数回繰り返して、小さく吹き出した。

 ころころと笑うルシアナに、レオンハルトは戸惑いの表情を浮かべる。


「怒られる覚悟はしてたんだが……笑い出すとは思わなかった」

「まあ。怒るだなんて有り得ませんわ。こうして真正面から向き合ってくださるところをお慕いしているというのに」


 おかしそうにひとしきり笑ったルシアナは、短く息を吐くと、レオンハルトに寄りかかるようにその首元に顔をすり寄せた。


「……触れられたくない話題であることは否めません。何故わたくしだけ、と思ったことは、一度や二度ではありませんから」


 そう呟くように言うと、レオンハルトはルシアナを抱き締め、優しく頭を撫でた。

 自分を気遣い、よく謝罪を口にする彼が、今はそれを言わないことが嬉しかった。

 触れにくい話題だと避けず、触れたことを後悔しない。それは、レオンハルトが自分に愚直なほど誠実に向き合っている証だと、ルシアナは思った。


(他の方に言われていたら……もしかしたら不愉快に思ったかもしれないけれど、レオンハルト様がどれほど真っ直ぐで、どれほどわたくしを愛してくださっているのか、わたくしは知っているわ。だから、決して嫌ではない。いいえ、それどころか嬉しいとさえ感じている)


 彼と過ごした期間はたったの七ヶ月だが、彼の人となりを知るには十分な時間だった。もちろん、この短い期間で彼のすべてを理解できたと自惚れるつもりはない。しかし、彼の言動を素直に受け取れるくらいには、彼について把握しているつもりだ。


(愛しい方という欲目がないとは言わないけれど)


 甘えるように鼻先を擦り付けながら、ルシアナは目を閉じる。


「……レオンハルト様は、くだらないとは思いませんか?」

「何がだ?」

「わたくしが……体格というものに囚われていることです」


 ルシアナは一つ息を吐くと、言葉を続ける。


「トゥルエノの王女という立場で見れば、わたくしは確かに小柄です。けれど、そこから目を逸らせば、わたくしは特別小さいというわけではありません。同年代の令嬢とは、それほど目線が変わりませんから」


 トゥルエノ王国にいるときは知る機会がなかったが、シュネーヴェ王国で多くの人々に会う中で、自分の背丈はそれほど小さいわけではないことを知った。

 塔を出てから、トゥルエノ王国では常につきまとっていた、「この小さいのが王女か?」という視線は、シュネーヴェ王国ではほとんどなかった。


(トゥルエノの王女としては不出来というだけで、わたくしは“普通”だわ)


 だから、本来ここまで気にするようなことではないのだ。「このまま生きられるかわからない」と言われた自分が、同年代の令嬢と変わらないくらいに成長し、健康に生きている。それで十分だと、欲張らずに満足すべきなのだ。


「……何に比重を置くかは、人それぞれだ」


 しばしの静寂のすえ聞こえた声に、ルシアナはゆっくり瞼を持ち上げる。


「他者が抱えるものについて、当人以外が評し、論じるのは、間違っていると思う。同じ悩みを持っていたとしても、人が違えば悩みどころも違うだろう。何を辛いと思うのか、それを真に理解できるのは当人だけだ。だから、貴女の抱えるものについて俺がどう思おうが、貴女はそれを気にする必要はないし、気にするべきではないと、俺は思う」


 ぼやけた焦点が合っていくように、レオンハルトの紡ぐ言葉がはっきりと耳に届く。その言葉はあまりにも真っ直ぐで、ルシアナの口元は自然と綻んだ。


(……レオンハルト様のおっしゃっていることは正しいわ)


 しかし、今はその正しさが少しだけ寂しかった。

 その気持ちを慰めるようにレオンハルトのガウンを掴めば、彼はその手に手を重ね、「だが」と続けた。


「それでもあえて言わせてもらうと、俺はくだらないとは思わない。騎士として剣を振るう以上、体格に恵まれたいと思うのは当然の欲求だからな。無論、貴女が体格に囚われる理由を“騎士”だと決めつけているわけではないし、そこを深く探るつもりもない」


 レオンハルトは顔にかかるルシアナの髪を耳に掛けると、柔らかなそれに指を通し、一房手に取って口付けた。


「貴女と出会ってまだ七ヶ月だ。いずれはそうなってほしいが、今はまだ貴女の心をすべて明け渡してほしいとは思っていない。だからルシアナも、抱えているものを無理になくそうとしなくていい。いつか必ず、俺が溶かしてみせるから」

「――……」


 どぼん、と心が落ちる音がした。

 溺れるほど深い彼の愛に心が落ち、じわじわ溶け出している。

 心の奥底で握り潰され硬くなったものは、そう簡単に消えはしない。しかし、彼の言葉通り、本当にいつか彼の手で溶けてなくなってしまうのだと、そんな予感がした。


「……わたくし、レオンハルト様がいなくては生きていけなくなりそうですわ」

「それは願ったり叶ったりだな。是非そうなってくれ」


 本気か冗談かわからない喜色を孕んだ声に、ルシアナは小さく笑う。

 お互いのためを思えば、冗談のほうがいい。しかし、レオンハルトが本気で望むなら、それでもいいと思った。


(……なんて。自分の人生は自分だけのもの。誰かを主軸にすべきではないわ)


 ルシアナは一つ深呼吸をすると、体を起こしレオンハルトを見つめた。

 彼の瞳はどこまでも澄んでいて、その美しさに惹かれるように、ルシアナは自然と唇を重ねていた。そうして初めて、先ほどレオンハルトが口付けを拒んだ理由に気が付いた。


「先ほど……自分勝手に……逃げるために利用するように口付けてしまい、申し訳ありませんでした。こうした触れ合いは、愛を交わすものなのに……」


 指先でレオンハルトの唇に触れながらそう漏らせば、彼は優しく目尻を下げた。


「さっき止めたのは、あそこであのまま流されたら、貴女の心は晴れることなく、わだかまりが残ると思ったからだ。貴女が心からしたいと思ったのなら、いつでも、いくらでも、自分勝手にしてくれて構わない」


 唇に触れる手を取り、その指先に口付けるレオンハルトに、また甘やかすようなことを、とルシアナはわずかに唇を尖らせる。


「レオンハルト様、このままではわたくしは甘えん坊になってしまいますわ。もっと厳しくしてくださいませ」

「貴女の願いなら何でも叶えたいところだが、それは無理だ。俺は貴女を甘やかすことに喜びを感じている。どうか俺の喜びを奪わないでくれ」


(ず、ずるいわ……! そんな風に言われては、だめだとは言えないもの……!)


 言葉なく口を開閉していると、レオンハルトが、ふっと目を細めて笑った。


「……やっと、いつもの調子に戻ったか?」

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次回更新は、ムーンライト版更新後となりますので、未定とさせていただきます。

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