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初めての夜、のそのあと

 照明を消し、天蓋の幕を閉めたレオンハルトは、反対側に回って静かにベッドに入った。静かな寝息を立てている人物を起こさないよう、彼女のすぐ傍まで行くと横になる。

 何度か瞬きを繰り返すうちに暗闇に目が慣れ、薄闇の中に彼女の輪郭が浮かぶ。

 自分のほうを向いてねむる彼女の姿はあどけなく、自然と顔が綻んだ。

 手の甲でそっと頬に触れれば、少々高い体温が伝わってくる。


(一度で……終わらせるつもりだったんだが)


 立て続けに二度抱いたどころか、ベッド以外の場所でルシアナに無体を働いてしまったことを申し訳なく思う。浴室でも結局二度ほど求め、体を清めるころにはもう体に力が入らない様子だった。

 もともと体が弱かったということを考えれば、何度も求めるようなことをするべきではないとわかっている。だというのに、こうして彼女を前にすると触れたくなり、触れるとより深い繋がりを求めてしまう。


(今こうしているだけでも、貴女を抱きたくて仕方がない)


 なにも、覚えたての肉欲に溺れているわけではない。

 ただ単純に、自分だけが見ることができる彼女の姿を、もっと見たいだけだ。

 自分だけに許された方法で、彼女という存在を強く感じたい。

 自分という存在で、ルシアナを満たしたかった。


「……」


 レオンハルトは肘をついて上体を起こすと、頬に触れていた手で頭を撫で、髪に指を通す。

 ふわふわと柔らかく、それでいて指通り滑らかでさらりとしたルシアナの髪を堪能しながら、レオンハルトはこめかみに鼻を近付けた。

 自分と同じ石鹸の匂いの中に隠れた、彼女特有の甘やかな匂いを肺いっぱいに取り込みながら、こめかみに軽く口付ける。


(……ルシアナ。俺のルシアナ)


 レオンハルトは熱い息を漏らすと、じっとルシアナの相貌を見下ろす。


(俺の伝えたいことが、気持ちが……少しでも届いていたら嬉しい)


 ルシアナに出会うまで、自分の気持ちを言葉にして伝えようと思ったことはなかった。そのせいか、どう表現し、どう言葉を尽くせば相手に伝わるのか、いまいちわからない。

 先ほども思い付く限りの言葉を並べたつもりだが、支離滅裂な物言いになっていたのではないかと少々不安になる。そもそも、自分の抱えるルシアナへの想いは言語化しようと思ってもできるものではなく、心をそのままさらけ出せる方法があればいいのにと思う。

 レオンハルトは小さく息を吐くと、手のひらでルシアナの頭を撫でた。


(……本当に、貴女だけなんだ。騎士にだって、自分の意志でなったわけじゃない)


 物心つくころには父に剣を与えられていた。

 次期国王となるテオバルドの第一の忠臣になれ、何よりもテオバルドを優先し、テオバルドを護る剣となれと言われ育った。

 レオンハルトが大きくなったとき、「本来であれば玉座は貴方のものだった」などという甘言を受けテオバルドたちに弓引くことがないよう、父のディートリヒは徹底してレオンハルトに忠実な家臣であれと言い聞かせた。

 それに対し不満を抱いたことはない。

 ディートリヒは、折を見ては「自分のした選択のツケをレオンハルトに払わせた」と言ったが、進む道を定められたこと自体はありがたかった。


(テオバルドも、仕えたいと思えるほどの魅力を持っていたしな)


 先ほどルシアナにも伝えた通り、今テオバルドの傍にいるのはレオンハルト自身の意思だった。テオバルドの言動に頭が痛くなるときはあるが、決して不快ではなく、むしろその天真さが眩しく、太陽のようだと好意的な感情を持っている。

 それは幼いころも同じで、テオバルドを護れるならと、レオンハルトは来る日も来る日も剣を振るった。

 周りはそんなレオンハルトを心配したが、他にやりたいことも、興味を抱くようなものもなかったレオンハルトは、時折テオバルドに連れ出されたり、テレーゼのお()りを任されたとき以外は、常に剣を握っていた。

 幸いにも素質があったようで、十になるころには同年代はもちろん、年上にも負けないほどの実力を有していた。いつの間にか騎士になることを熱望されるようになり、それが当たり前だとでもいうように騎士の叙任を受けた。

 まさか精霊剣の使い手となれるとは思っていなかったが、なったからと特別に何かを思ったことはない。

 やり続けてきたことに結果が伴っただけで、それ以上でも以下でもなかったからだ。


(騎士でよかったと、精霊剣の使い手でよかったと思ったのは、貴女への愛を自覚してからだ)


 彼女に伝えた「ルシアナへの想いを自覚してから、初めて生きていることを実感した」という言葉は、誇張でも何でもなくただの事実だった。

 ただ周りに言われたことを、求められた役割をこなしていただけの、無味の人生。それが無味であったことを、ルシアナと出会って初めて知った。


(貴女への想いを自覚したとき、自分の心臓が激しく脈打ったことを今でも覚えている)


 レオンハルトは慈愛に満ちた微笑を浮かべると、ルシアナの髪を一房取って口付けた。


(貴女が、俺に“生”を与えてくれたんだ)


 手に取った髪を丁重にベッドに戻し、頭に口付ける。


(貴女との関係も、始まりは自分の意志ではなかった。だが結果的に、貴女に出会えたことが、俺の人生最大の幸福となった)


 自分は恵まれているとつくづく思う。

 周りに提示された道を進んだだけで、名誉も地位も最愛も手に入れたのだ。これを幸運と言わず、何と言うのだろう。


(だが、これからはそれではだめだ。貴女との未来は、貴女と俺自身の手で切り拓いていかなければ)


「んん……」


 そんなレオンハルトの考えに応えるかのように、ルシアナは小さく寝言を漏らすと、仰向けに寝返りを打った。

 レオンハルトはそれに小さく笑みを漏らしながら、ルシアナの額に口付ける。


(愛してる、ルシアナ。俺の最愛(ルシアナ)


 瞼に。


(俺の唯一(ルシアナ)


 頬に。


(俺の(ルシアナ)


 鼻先に。


(俺の(ルシアナ)


 最後の唇は、少しだけ長く。


「……おやすみ、俺のすべて(ルシアナ)


 そっと唇を離すと、レオンハルトはゆっくりとベッドに体を沈ませ、ルシアナを優しく抱き締めた。

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