初めての夜(六)
「……何故、おっしゃってくださらなかったのですか?」
頬に添えられたままの手に自らの手を重ね、頬をすり寄せながら問えば、視線を上げたレオンハルトが眉尻を下げた。
「……俺が辟易したものに俺自身がなってしまうのが嫌だった」
不思議そうに瞬きを繰り返すルシアナに、レオンハルトは短く息を吐くと、髪を梳いていた手を背中に這わせた。ゆっくりと腰を撫で、そのまま尻を緩く揉む。
「貴女に対する欲は結構前から自覚していたと、以前言っただろう。あのときすでに、俺は貴女に劣情を抱いていた」
「え――ッン」
首元にレオンハルトが顔を埋めたと思った瞬間、ぬめりとしたものが首筋を這い、ルシアナはぴくりと体を揺らす。
レオンハルトはそのまま上へと舐めていき、耳の縁を舌先で辿った。
「貴女のことは、初めて見たときから美しいと思っていた。精巧な人形のように美しい少女だと思った」
吹き込むように耳元で囁きながら、頬に添えていた手を下げていき、体のラインをなぞる。
「貴女の髪も、肌も、瞳も。純白の衣服に身を包んだ貴女は美しくて……俺は自分の気持ちを誤魔化すように別のことを考えた」
「ん……別のこと、ですか……?」
「……身代わりを疑った」
思ってもいなかった発言に、ルシアナはおかしそうにふふっと笑みを漏らす。
「まあっ……身代わりですか?」
「ああ。貴女が……思っていたよりも小柄だったから」
少々申し訳なさそうな声色で、それでもしっかりと呟いたレオンハルトに、ルシアナは笑みを深める。
「がっかりなさいましたか?」
「まさか」
間髪入れずに否定すると、レオンハルトは真正面からルシアナを見つめた。
「言っただろう? 初めて見たときから美しいと思っていたと。誰かに対しそのような感情を抱いたのは、あのときが初めてだった」
彼の熱い手のひらが脇腹を撫で、腰を抱く。どちらともなく唇が合わさり、深く舌を絡めあった。
ルシアナの存在を確かめるようにその輪郭を撫でながら、レオンハルトは顔を離す。
「……必要以上に親しくするつもりはなかった。一族を切り盛りしていくパートナーとして良好な関係を築ければいい、ほどほどの距離を保てればいいと思っていた。いずれ跡継ぎを産んでもらうにしても、そこに特別な情はいらないと、そう思っていたんだ。貴女に会うまでは」
怪しく動く手の感覚に、ルシアナは息を震わせる。
「……そのように考えていらっしゃったとは思いませんでしたわ」
「貴女に会ったその日に、考えを改めたからな」
ふ、と目を伏せて笑ったレオンハルトは、再びルシアナへ目を向けると、柔らかく目尻を下げた。
「きっと、初めて会ったあの瞬間に、俺は貴女に惹かれたんだ。俺は愚かにもそれに気付かず長い時間を過ごしたが……無自覚の中でも、一緒に過ごすうちに知った、貴女の無垢な朗らかさや優しさ、芯の強さ、強かさに、心癒され、驚かされ、感心し……心の奥底に脆さを隠し持った貴女を、何よりも大切にしたいと思うようになった」
(会った、瞬間に……?)
レオンハルトの話をしっかりと聞きたいのに彼の手は止まらず、次第に頭がぼんやりとしていく。
少し待ってほしい、と伝えようとしたものの、制止しようとした言葉は吐息となって消えていく。
その間にも、レオンハルトは話を止めなかった。
「こんな風に心を動かされたのは、貴女が初めただ。誰かを美しいと思ったのも。愛らしいと思ったのも。こんな風に触れたいと思ったのも。貴女だけなんだ。貴女だけが、俺の心を激しくかき乱す」
それが嬉しいとでもいうように、レオンハルトの声には熱が籠っている。
「貴女への想いを自覚してから、俺は初めて生きているということを実感した。貴女の表情、言葉、仕草、その一つ一つが、俺の心に様々な感情を芽生えさせたんだ。世界が彩り輝くような、そんな気分だった」
「レ、オンハルト様っ……」
レオンハルトが伝えてくれる言葉をちゃんと聞きたいと訴える理性はあったが、すでに快楽に塗り替えられた頭はその理性を一瞬で隅のほうへと追いやり、欲望に塗れた目を彼へと向ける。
「どうした? ルシアナ?」
「一緒に……レオンハルト様も、一緒に……」
それ以上言葉にしなくても、レオンハルトはまるでその言葉を待っていたとでも言わんばかりの微笑を浮かべ、ルシアナの頬に口付けた。
「わかった」
再びルシアナを愛でる準備を進めながら、レオンハルトはルシアナを愛おしげに見つめた。
「俺がこうして情を交わしたいと思うのは貴女だけだ。貴女に触れるたび、貴女と愛を伝え合うたび、生きていてよかったと思う。貴女と言葉を交わし、体温を分け合える存在であることが嬉しいと思う。貴女に出会えてよかったと。貴女が妻となってくれたのは、この上ない奇跡だと、心から思ってる。愛してるルシアナ。誰よりも」
そう言って充足感に満ちた笑みを浮かべたレオンハルトは、それからまた激しく、ルシアナの体を貪った。




