初めての夜(二)
「一緒にお風呂に入りたいです。……ですが、その前にお水をいただいてもよろしいですか?」
「そうだな。すまない」
レオンハルトは自身のガウンをルシアナの肩に掛けると、サイドチェストにある水差しからグラスに水を移し、それをルシアナに差し出す。「ありがとうございます」とグラスを受け取ったルシアナは、一口、二口と喉を潤し、隣に座り直したレオンハルトを見つめる。
「どうした?」
柔らかに微笑むレオンハルトに、ルシアナはこくりと喉を鳴らして水を飲み込むと、膝立ちになってレオンハルトの肩に手を置いた。
「……わたくしも、口移ししてみたいです」
本当にしたかったのはただのキスだが、昨日、桃の酒を口移しされたことを思い出し、自分も同じようなことをしてみたくなった。
普段であればはしたないと思われないか心配になる場面だが、あれほど深く交わったあとだと、このくらいなんてことないような気がしてくる。そもそも、レオンハルトは自分が何をしてもはしたないとは思わないのではないだろうか、という気がしていた。
案の定、彼は数度瞬きを繰り返したあと、ふっと口元を緩めてルシアナの腰を抱いた。
「ああ。構わない」
少し大きめに口を開いたレオンハルトに、ルシアナは水を口に含むと、そっと口付ける。
少しずつ、少しずつ、ということを意識しながら、ルシアナはゆっくりと水を流し込んだ。
口の中のものをすべて移すと、もう一度水を口に含み、彼の口内に移す。
「……もう少し飲みますか?」
濡れた彼の唇を舐めながら問えば、レオンハルトは目視もせずルシアナの手からグラスを取り、ルシアナの口内に舌を侵入させた。
少し冷えた舌同士が絡み、すぐに熱くなる。水ではなく唾液がレオンハルトのほうへと流れ、彼は喉を上下させた。
腰を掴んでいた手がガウン越しに臀部を撫で、そのまま揉み込む。
レオンハルトの肩に置いていた手を首に回し、彼の愛撫に応えようとしたルシアナだったが、彼がぐっと尻を掴んだ瞬間、とろりと足の間に垂れるものを感じ、咄嗟に顔を離す。
「ルシアナ?」
「あ……」
ルシアナは顔中を赤くし、レオンハルトが掛けてくれたガウンを掴んで下半身を隠す。
「どうした? どこか痛めたか?」
「あ、いえ……」
真剣に、心配そうな眼差しで見咎めるレオンハルトに、ルシアナは小さく首を横に振るとその腕の中から逃れようとする。しかし、レオンハルトの腕はもう一度、今度はしっかりとルシアナの腰を掴み、グラスを床に置いて空いた手でルシアナが掴んでいるガウンを開く。
(ああ……)
「……ああ」
ルシアナの心の中の嘆きと、レオンハルトの何かに納得したような呟きが重なる。
「あ、あまり見ないでください……」
消え入りそうな声を漏らし、レオンハルトの頭を抱えるように抱き締めると、彼の頭に顔を埋める。
汗を含み少し重くなった髪に指を通しながら頬をすり寄せれば、レオンハルトが小さく笑った。
「見えないようにしてるのか? どちらかと言えば甘やかされている気分だが」
「……見えないようにしつつ、わたくしが甘えているのです」
「そうか」
レオンハルトは、ふっと笑うと顔を上げた。
「では、もっと甘やかそう」
言うや否や、レオンハルトはルシアナを抱き上げ立ち上がる。天蓋の幕を捲り、ベッドの柱についた菱形の青い宝石のようなものを回すと、彼は早足に浴室へと向かった。
浴室はモスグリーンと金で統一されており、扉のすぐ近くにはタオルなどが収納された棚と、洗剤などが置かれた三段ワゴンが置かれている。
レオンハルトは片腕でルシアナを抱え、もう一方の手でワゴンを押すと、木製の衝立の向こう側へと向かう。
衝立の向こう側には猫足のバスタブが置かれ、そのすぐ傍に金の水栓が立っていた。
レオンハルトはバスタブの横にワゴンをつけると、水栓のレバーを上げてバスタブにお湯を張っていく。お湯が少し溜まったバスタブにルシアナを下ろすと、ガウンを回収してワゴンの取っ手に掛ける。
ルシアナをバスタブ内に座らせ、手桶に蛇口から出ているお湯を入れて、それをルシアナの肩や背中にゆっくりかけていく。
「熱くないか?」
「はい、大丈夫ですわ。……レオンハルト様は入らないのですか?」
バスタブのへりに手を掛けレオンハルトを見れば、彼はルシアナの体にお湯をかけながら額に口付けた。
「準備が終わったらな」
「寒くはありませんか?」
「ああ。問題ない」
手のひらで掬ったわずかなお湯をレオンハルトの腕にかければ、彼は「ありがとう」と頬に口付け、ワゴンからボトルを取る。一度お湯を止め、中の液体を蛇口の真下に垂らすと、レバーを上げ勢いよくお湯を出した。すると、見る見るうちにバスタブ内にはお湯が溜まっていき、ぶくぶくと泡も立っていく。
泡を広げるようにルシアナがお湯をかき混ぜていると、ボトルをワゴンに戻したレオンハルトがバスタブに入り、ルシアナを後ろから抱き締めるようにして腰を下ろした。
レオンハルトが入ったことで水かさが一気に増し、レオンハルトはレバーを下げてお湯を止めると、ワゴンからスポンジを取って優しくルシアナの体を洗い始めた。
指の先まで丁寧に優しく洗ってくれるレオンハルトに、何故彼はこんなにも優しいのだろう、とルシアナは考える。
考えながら、ルシアナは静かに口を開いた。




