初めての夜(一)
ルシアナは、レオンハルトの寝室の前に立つと大きく息を吸い込んだ。
(大丈夫。官能小説は間に合わなかったけれど、お姉様からいただいた本にはしっかり目を通したもの。わたくしなら……できるわ……!)
自分だけ散々気持ちよくされた昨夜のことを思い出しながら意欲を燃やすルシアナだったが、実際この向こうにレオンハルトがいるのだと思うと、ついもじもじとしてしまう。
閨での行為に対する羞恥はないが、相手がレオンハルトだと思うとやはり気恥ずかしかった。
(何故かしら……触れられること自体は初めてではないし、昨日は一糸纏わぬ姿をお見せしたし、レオンハルト様の舌が触れていないところなどないと思うほど全身舐められたのに……)
思い出すと体が熱を持ち、下腹部が疼く。
レオンハルトに「抱く」宣言を受けてから、今日一日ことあるごとに体が火照って仕方なかった。宣言通り早く帰って来たレオンハルトを見たときは、喜びと同時に期待で胸が高鳴った。
お茶を飲もうと誘うこともできず、普段より数時間早い夕食を済ませたあと、すぐに入浴となった。
普段であればまだこれから夕食という時間だが、邸全体が静まり返り、もう夜も遅い時間なのではないかと勘違いしそうになる。
(な、なんだか、緊張して――)
顔を俯かせたところで、扉がゆっくりと開いた。室内から漏れるかすかな灯りに視線を上げていけば、澄んだシアンの瞳がルシアナを見下ろしていた。
「ずっと気配があるのに、なかなか入って来ないから、どうかしたのかと思ったが……」
双眸を細めたレオンハルトに、ルシアナは小さく喉を鳴らす。
自分がどんな顔をしているかなど、確認しなくてもわかる。
(レオンハルト様に抱かれに来たのだと……このときを待っていたのだと、期待するような顔をしているはずだわ)
潤んだ瞳で、赤く染まった頬で、甘く乞うような表情を浮かべていることだろう。
少しの間無言で見つめ合うと、レオンハルトは口元に緩やかな笑みを浮かべ、手を差し出した。
「おいで、ルシアナ」
甘さを含んだ優しい声に、気付けば彼の手を取り部屋の中へと足を踏み入れていた。
そのまま抱き寄せられたかと思うと、扉と鍵の閉まる音が後ろから聞こえた。
先ほどより大きく鳴る心臓を抑えるように、胸に手を当てて顔を上げれば、間近に彼の顔が迫っていた。
「――っん」
触れた唇から舌が侵入し、丁寧にルシアナの口内を舐める。歯列や頬の内側、上顎をゆっくり舌でなぞってから、待ちぼうけを食らっていたルシアナの舌を絡めとった。
(熱い……)
普段よりレオンハルトの体温が高いように感じ、それに応えるようにルシアナの熱も上がっていく。
抱き締める腕に力が込められ、ルシアナもきつくレオンハルトのガウンを掴む。
深く求めるように根元まで舌を絡めとられながら、流れてくる唾液を必死に飲み込んでいると、不意に彼が口を離す。二人を透明な糸が繋ぎ、それが途切れるころにはレオンハルトに抱き上げられていた。
彼はそのままルシアナをベッドに運び、そっと寝かせる。ベッドは昨日と同じように照明のある窓側の幕だけ開いた形となっており、一方から差し込む灯りが薄暗い天蓋内を照らしている。
(……うん?)
覆い被さったレオンハルトの目つきが少々鋭い気がして、ルシアナは目を瞬かせる。
「あ――っんん」
あの、と呼びかけようとした声は、キスで遮られる。
レオンハルトはルシアナの舌に吸い付きながら、ガウンの腰紐を解いた。
「何故、中にこれしか着ていないんだ?」
ガウンの前を開きシュミーズ越しに脇腹を撫でたレオンハルトに、ルシアナは小さく睫毛を震わせる。
「どうせ脱ぐことになりますし、よいか、と……」
「他の男に無防備な姿を晒さないでくれと言わなかったか?」
「ここに来るまで誰にも会っ……会って、いません、わ」
脇腹をくすぐるように指先で撫でられ、わずかに声が震える。
「言い方を変える。こんな薄着で出歩くのはやめてくれ」
見下ろすシアンの瞳は有無を言わさぬ強さがあり、ルシアナは小さく頷く。
それに満足したのか、レオンハルトは目尻を下げると、ルシアナの体に手を這わせ始めた。
今が寝静まる夜であることを忘れたかのように、二人はただ互いの熱を分け合うように互いを熱烈に求めあった。
静かな室内に、二人の荒い息だけが広がっていく。
レオンハルトに後ろから抱き締められる形で、しばらく息を整えていた二人だが、少ししてレオンハルトがゆっくりと体を引いた。レオンハルトは自身に寄りかかるようにルシアナをベッドの上に座らせると、ルシアナの桃色の頬を撫でながら顔を覗き込んだ。
「無理をさせた。大丈夫か?」
「はい……」
ルシアナはレオンハルトの手に頬をすり寄せながら、とろりと蕩けた瞳を彼へと向ける。
それにレオンハルトはわずかに眉尻を下げると、ルシアナの眉間に口付けた。
「一応、風呂の準備もしているが、どちらがいい? 俺に体を拭かれるのと、俺に風呂に入れられるの」
どちらもレオンハルトが行うのか、と夢心地な頭でぼんやりと考えながら、ルシアナはレオンハルトの胸板に頭を擦り付ける。
「……もう少しこのままでいるか?」
慈しむような、耳障りのいい優しい声に、ルシアナはふふっと笑うと、レオンハルトの顔を見上げ、頬に手を添えた。




