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初めての訪問(四)

「っふ、ぅ」


 爪の先で舌の表面を撫でていたレオンハルトは、口の隙間からもう一本指を追加し、二本の指で舌を挟むように掴み愛撫する。


「んっ、ふ、っく」


 手の大きなレオンハルトの指は、ほっそりとして見えるのにその実太く、自然と口が開く。そのせいで次々と唾液が溢れ、ルシアナとレオンハルト、両方のナイトガウンに染みを作っていった。

 だというのに、レオンハルトはそれを気にした様子もなく、指の抜き差しを繰り返す。


「エーリクの呪いのことは、本人の口から聞いたのか?」

「ぅぁ、ふぁ」


 答えようにも、指を咥えたままでは話せない。

 しかし、レオンハルトはやめる気がないようで、ただ静かにルシアナを見つめながら、今度は舌裏を撫でた。


「っぁ」


 びくりと跳ねた体をしっかりと抑えつけ、レオンハルトはルシアナを見下ろす。


「このままでも、首を振ることくらいはできるだろう?」

「ぁ、ん」


 小刻みに首を縦に振ると、レオンハルトは、ふっと目を細めた。


「その頷きはどっちだ? 今への返答か? それともエーリクのほうか?」

「あぅ、ぁ」


 きちんと言葉にならないことは理解しているのに、つい答えようとしてしまう。

 きっと、今、自分はとても間抜けな姿を晒している。

 少し頭を動かせば抜けるはずの指を大人しく咥えたまま、言葉にならない声を漏らし、だらだらと涎を垂らして、それでもレオンハルトにされることならなんでも嬉しいのだと、瞳を蕩けさせていることだろう。


「んぅ――っふぁ」


 上顎を素早く撫でられ、ぞくりとしたものが背筋に走る。

 思わず甘い声が漏れ、びくびくと体が震えた。


(だめ……)


 先ほどまではただ何となく燻っていただけの官能が一気に引きずり出され、もう後戻りできないことを悟る。

 体の芯が熱く疼き、全身の感覚が鋭くなっている。

 唾液が滴り落ちる感覚も、衣服が擦れる感覚も、そのどれもが快楽へと向かっていき、自分が何かおかしくなってしまったのではないかという気がしてくる。

 息も荒くなってきて、ルシアナは無意識のうちにレオンハルトに体をすり寄せていた。


(……もっと触ってほしい)


 完全に理性が溶け落ち、体だけでなく思考まで欲に塗り替えられる。

 ちゅう、と指に吸い付けば、レオンハルトは目を細め指を引き抜いた。


「あ……」


 突然なくなってしまったものに空虚を感じ、じっと濡れた指を見つめる。それを知ってか知らずか、彼はついた涎を拭うように指に舌を這わせた。

 赤い舌が蠢くのを見て、喉が鳴る。

 レオンハルトの舌が体に触れたことを思い出し、胸の頂も、下肢の奥も、ジンと痺れた。


(キスしたい……)


 レオンハルトの胸元をきつく掴むと、彼は自身の手元へ落としていた視線をルシアナに向けた。

 彼と目が合うだけで鼓動が速くなる。

 指についたルシアナの唾液を舐め取ったレオンハルトは、今度はルシアナの口の周りについたものを舐め始めた。

 それで少し冷静になった頭が、唾液で口の周りを濡らした姿を晒し続けていたことに羞恥を覚えさせた。しかし、温かい舌が肌を這う快感のほうが強く、甘さを含んだ短い息が自然と漏れる。

 ルシアナの唾液をすべて舐め取ったレオンハルトは、自身の唾液で濡れたルシアナの口元をタオルで拭くと、ガウンの紐を解きながら柔らかな唇に口付けた。

 望んだものを与えられた喜びに、胸の中に幸福が広がっていく。

 啄むような口付けを数度繰り返したレオンハルトは、視線をルシアナの胸元に落とした。


 視線の先を追えば、ナイトガウンの前が開き、白いナイトドレスが見えている。

 ルシアナは、自ら進んで胸元のリボンを解いた。それだけで窄まっていた首周りが緩くなり、少し下に引けば簡単に肩から滑り落ちる。ナイトドレスはシュミーズよりしっかりした作りだが、日中着るものよりは薄く軽やかな生地で、一人で簡単に脱ぎ着できるようになっている。

 ガウンとドレスから腕を引き抜くと、今度はコルセットに手を掛ける。夜に身に着けるコルセットも普段着用するものと違って柔らかく、腹側にあるボタンを外すだけで簡単に脱ぐことができた。ボタンが見えないフライフロイト使用になっているので、ボタンの上に重なっている布を捲ってぽちぽちとボタンを外していく。

 ボタンをすべて外し終わると、大人しくその様子を見ていたレオンハルトが、コルセットを空いている座面へと置いた。腰に溜まったドレスとガウンへも手を掛けたため、ルシアナは腰を上げてそれらを取り去るのを手伝う。


(ま、まだ脱いだほうがいいかしら……)


 あと着ているものはシュミーズとドロワーズだけだ。

 それを脱いだら正真正銘、裸になってしまう。

 ちらりとレオンハルトを窺えば、彼は柔らかな微笑を浮かべた。


「……それで?」


(……『それで』……?)


 何を促されているのかわからず首を傾げると、レオンハルトはコルセットのなくなった腰をしっかりと抱きながら、テーブルの上のボトルへと手を伸ばした。


「話の途中だっただろう? 呪いのことはエーリクから聞いたのか?」

「……え」


 ルシアナは、呆然としたようにレオンハルトを見つめる。

 彼の目は酒の注がれたグラスへと向いていて、視線が交わることはない。


(お話は……一旦切り上げるのかと……)


 レオンハルトは何も言っていないのに、積極的に服を脱ぎだしたのは自分だ。しかし、レオンハルトがガウンの紐を解かなければ、そんなことはしなかった。

 二人の間には甘い空気が流れていて、そういう雰囲気だったのでないか。


(……ち、違ったのかしら……わたくしが……何か先走って勘違いを……レオンハルト様はお優しいから何も言わずに――)


 羞恥に視界が滲みそうになったルシアナだが、そこまで考えて、内心首を傾げる。


(いえ、そうよ……レオンハルト様はお優しいから、ご自身にそういうつもりがなくて……わたくしが先走っただけなら、わたくしの望むことをしてくださる方だわ)


 そんなレオンハルトが、自分を中途半端な状態で放置して、わざわざ話を蒸し返した。


(……もしかして――)


「! んぅっ……」


 グラスに口を付け、喉を上下させていたレオンハルトが、突然口付けてきた。

 レオンハルトから、桃の風味がする液体が流れ込んでくる。

 すべて飲み干すと、彼が濡れた唇を指で拭ってくれた。


「先ほどずいぶんと水分を失っただろう。だからきちんと補給しなくては」


 腰を掴んでいた手が、優しく腹を撫でる。表面をなぞるように軽く触られると、それだけで堪らない気分になり、自然と足に力が入った。


「どうした? ルシアナ」


 気遣うような、優しい声。しかし、それはルシアナの案じての言葉ではないだろう。


(レオンハルト様は……わたくしに言わせたいのだわ……)


 “何をしてほしいのか、きちんとその口で言え”と言われているようだった。“もう口を塞ぐものはないのだから、自由に話せるだろう”と。

 ルシアナは一度きつく口を閉じると、先ほどまでグラスを持っていた彼の手を掴み、自分の足の間に導く。


「こ……ここに触れてください、レオンハルト様……」

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次回更新はムーンライトノベルズ版改編後の投稿となりますので未定です。

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