08話 ~人工人格って案外フランクだね~
「42」
宇宙の真理を私は知ってしまった。
…なんてことはなく、白く包まれた空間はすっと元の自分の部屋に戻ってしまった。
「……イオシス…入出力…IO.SYSってこと?!」
「アイリス様、アイリス様!」
ぼんやりと浮かぶ視界にマリアちゃん他、幹部面々の姿が映っていた。
意識はまだはっきりとしない。なにか膨大な情報に脳が焼ききれたかのような感覚だけが残された。
「…」
私はガクガクと震える膝をなんとか落つかせながら自分のベッドまで歩いていく。
エリスさんが支えてくれようとしたが手で振り払った。
とにかく感覚がおかしい。
全身が正座後のしびれのように電気が貼った感覚が走っていて起きているのが辛いのだ。
バタリとベッドに倒れ込むと私は今起きた出来事を反芻しつつ、そのまま意識を失い夢の中へと飛び込んだ。
『申し訳ございません。三次元生命体の脳容量をパンクさせてしまいました』
イオシスが機械的な音声で私の脳みそに直接語りかけてくる。
そんな事ができる高度な機能があるなら少しは加減してほしいものだ。
『第一世代生命体の基礎情報を修正します。言語認識での情報伝達のみでしばらくあなたのいう「加減」をさせていただきますがよろしいでしょうか』
そう願いたい…
まあ、こう思考するだけでも相手に伝わるのだから気持ち悪いことには変わりないのだが…
『…しかしそれが私とあなたの存在する理由ですから』
うーん…とりあえず二重人格の脳内相方ができたと思えばいいのか…
それはそれでやばい人な気もするが、
『少なくともあなたの命を脅かすことはございません。それでご容赦ください』
まあ危害を加えないというなら仕方あるまい。
少なくとも私の意にそって会話してくれるだけでも心強いものだ。
なにせ周りの人間は私を崇拝はするのだが、行動の指針を何一つ示してくれない。
『初期プログラムが失われて目的がなくなったようです。メインシステムが破壊されたのが原因です。今移民種族は目的なく非効率に行動しています』
よくわからないが、まあなんとなくSFのお約
束的なお話なようだ。
こうしている間にも最初に脳みそに直接流れてきた情報が私の中で言葉に置き換わってきた。
私が脳内会話をしているイオシスという人工知能は、ごくごく初歩的なコンピュータで、目的を遂行する補佐を行うサブシステムだということ。
そしてその目的を実施するのが私であり、システムの管理者の資格を持ったからだが私だということだ。
『アイリス様には本来、宇宙移民遂行プログラムによる第一世代人口増加計画が埋め込まれる予定でした』
よくある宇宙移民船の話ね…
『ところが私がメインシステムと切り離される何らかの事故により、アイリス様は人格を与えられずおよそ数百年空白の時間が生じたようです』
ふむふむ、話が見えてきた。といっても言葉にしないとわからないだろう。
読書マニアらしく話をつなぎ合わせていけば、事故で高度文明が失われて、いまの洞窟ぐらしのような時代劇の世界にこの世界が衰退してしまった…
そんなとこなのだろうか…
『外部スキャンシステムが使用できないために想定にはなりますがその推察には概ね同意いたします』
…空白のアイリスという体に私が何故か宇宙を飛び越えて人格が移動したために、今の状況が発生したそう解釈していいみたいね…
こういう思考が自然と浮かぶこと自体、なにかアイリスとイオシスの繋ががりを感じさせる。
まあ肝心の私の元の人格はあまり損ないたくは無いが…
『その点はあなたの持っていたパスコードにより人格転送が起きたようです。基本人格は後藤愛に固定されたままアイリスに上書きされています。九次元世界ではよくある話です』
…勘弁してほしい。そうなると地球にいる人間の何人もがこういう出来事に巻き込まれていてもおかしくない。
『宇宙は無限に広いのでご勘弁してください。アイリス様』
…その言葉はどんな状況にも使える究極な答えな気がした。
ひとまずイオシスには私が目覚めたら極力黙ってもらうことにした。
少し不服そうな感情が流れ込んできたが、脳内で会話しながら他人と会話できるほど私は器用ではないのだ。
目を開いた。周りに人が集まっている。
「アイリス様…」
「…私何日ぐらい倒れてた」
イオシスとの長い会話、膨大な情報量…どれだけ時間が立ったかわからない。
「はぁ、数分だけですが…なにやら険しい顔をしておりましたよ」
衛生士長のニケくんが私の目尻を観察し、体調を観察している。
「体は問題ないと思うわよ…ただちょっと頭がつかれたみたいね」
何があったか説明するのが難しい。
強いて言えば「宇宙と繋がった」んだが、余計みんなに心配かけることになりそうなのでやめておくことにする。
そうそう、無意識下でイオシスと繋がっているという感覚だけが倒れる前と今の違いだが、みんなのいうマナの正体が少しわかった。
別次元から取り出させる高度な文明のエネルギー
そんな感じである。
そのコントロールをあのイオシスが取り仕切っている…そう考えると、この地が邪教の聖地として崇められている理由も少しわかる気がする。
『えっへん、です』
こらこら、話すときは二人っきりのときにしろといっただろ
『…』
「なにニコニコしてるんですか、アイリス様」
マリアちゃんが困惑したように私の手を握ってきた。
本当に心配してくりているのだろう。尊いな…
私はただ脳内相方と掛け合い漫才してるだけなのに。
「うーん、まあ宇宙の真理が少しわかったからかな」
わたしはその場をやり過ごすために明るくおどけてみせた。
返ってきたのは…痛々しい目線だった。