04話 ~夢なら覚めないで…いや、やっぱ覚めて~
推し活とはなにか…
元地下アイドルの、まあ年一でライブやってたから現役と言えなくもないが…
私から言わせると、
「人生に推し活は必要だ」
である。
何を熱弁しているかって、
まあ聞いてほしい…
若い頃に程々熱狂するものがあるというのはいいことなのだ。
衣装やスタジオ代のために散財もしたし、私自身こんなアイドルになりたいと別の推しを作って熱狂したし、
女友達感覚やそれ以上に近いプラトニックな恋愛感情すら抱いたこともある。
だがもう一つ言わせてほしい。
アイドルは若さゆえの特権だ。
適度な推し活はいいが、アイドル活動とは自己陶酔の世界だ
自分に酔えなくなってまで、嘘をついてまでやるものではない…
「そう…嘘はつけないわね…あなた達には」
テーブルを囲む4人に向い私は諦めたようにつぶやいた。
「……」
気まずい沈黙だが、私は皆の表情をよくよく見てみる。
失望、怒り、憎しみ…そんな顔を見せていたら身の危険を感じていただろう。
だが少なくともみんなが見せる表情は戸惑いと罪悪感という雰囲気が感じ取れた。
「(まだ大丈夫)」
地下アイドルの感覚として、ファンが離れていく瞬間というのは身にしみてわかっている。
いま、私が宿命とやらを覚えていないこと…
力とやらを使えないこと…
どうせ隠し通せるわけではないと数秒考えた後、打ち明けた後の食事はひどく気まずいものの、とりあえずなんとか私の思い通りに進行している。
「…」
「私どもの…力が及ばず…」
エリスさんは俯いていた。その瞳には薄っすらと涙が見える。
「(…そこまで思いつめなくてもいいんだけどね)」
同時に冷めた思いも浮かんでくる。
推し活のファン側の心理も少し分かるからである。
ファンは自分の応援するアイドルが活躍してほしいのと同時に、その活躍に自分が一番の貢献者でいたい…
そんな自己満足の世界でもあるのだ。
話がだいぶそれていた。
私たちは今、ようやくまともに会話ができるようになった私こと「アイリス様」を囲んでのオフ会…
じゃなかった…幹部会を兼ねた晩餐を開いているのだ。
神官長のエリスさん。瞳がキラキラした青い髪のお姉さん…
カミラ君…長髪イケメンで和装が似合いそうな整った笑顔…
あ、役職は近衛師団長ね。日本刀でも渡したら絵になりそうだ。
「(…イケメンオーラがすごいわぁ…思考にノイズでも走らしてるのかしら)」
衛生士長のニケ君。何を考えているかわからないニヒルに歪んだ口元が特徴の黒髪の美青年
そして
「お茶が用意できました」
侍従長のマリアちゃんが私達にカップを差し出してきた。
名前からして、この子が教祖でいいんじゃないかという心の本音を隠しながら、私はお茶をすする。
独特の苦味と渋みはあるもののお茶はお茶のようである。紅茶と緑茶を混ぜたような微妙な味だが、身体の質が違うのか、不思議と美味しく感じられた。
「…ということで…この世界のことは何もわからない…宿命とかそういうことも…知らないわ」
包み隠さず私は目覚めてからの出来事を振り返っていった。
前の世界のことなど話しても仕方がないので、そこら辺は希望を抱かせないように注意しつつ、とにかく振り回されて疲れたということを強調し説明するたびに皆の顔が強ばるのが面白い。
彼らにしても私が目覚めた後のことなど想定になかったようだ。
聖典と呼ばれる1000年前に記された書物…私の認識では聖書…の記述に従い事が進むと思っていて思考が止まっているという。
これはいい側面もあるが、反面でこれからの行動指針がないに等しいことも意味している。
皆がその事実を噛み締めながらすがるような思いで私に期待の眼差しを向けていた。
…やっぱり推しを見る目だよなぁ…
私はどうしようもないというばかりに大きくため息をつく。
「とにかく、わからないものはわからない…しばらくしたら思い出すかもしれないし…ここでの生活に体を慣らしたいし…今はそこまでにしておきましょう」
サラリーマン時代の「無駄な会議」の空気を悟った私はバッツリと会話を打ち切ることにした。
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1946
そう…駅に飛び込んできた電車に書かれていた数字だ…
思い出した。
4日ぶりに会社から開放され意識朦朧としていた私はホームの縁で帰りの電車を待っていた。
いや、このあと現世を嘆いて電車に飛び込むわけではない…
なぜならそんなことをしなくても…誰かがポンと私の背中を押して、私を線路に飛び込ませたからだ
「ずっと応援していたのに!!」
声に聞き覚えがある
たしか私の地下アイドル時代の応援団長の声だ…
私のライブ全てに参加し、グッズを全て買い…私の一番のファンだった男の子
そういえば仕事が忙しくて無視していたが
「次のライブいつやるの!?」っていうメールが50通ぐらい来ていたのを忘れていた。
ん…ということは…
なーんだ、私、ファンにストーカーされて殺されたのね…
納得、納得
「できるかぁぁぁぁぁぁぁ!」
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「おいたわしや…アイリス様…」
次の朝起きると、エリスさんとマリアちゃんが泣きながら私の手を握っていた。