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退院から数週間、お姉ちゃんからシャルト様が目を覚ましたという事を聞いた。なんとか時間を作ってもらい、面会する機会を与えられた。
「お久しぶりです、シャルト様」
「お久しぶりです。こんな姿で申し訳ありません」
シャルト様はまだ起き上がる力がないのか、寝たきりである。
「大丈夫ですよ。お身体の方はいかがですか? 痛みなどはありますか?」
「いいえ。自分でも驚くほどなんともありません。ただ、感覚がないだけです」
それは普通に考えてよりやばい状態だが、痛みで苦しむくらいならましか。
「セレス様、この度は大変危険な目に合わせてしまい、申し訳ありません」
「気にしないでください。自分で突っ込んだだけですので。それに、原因は私にも──」
「違うんです」
シャルト様は静かに涙を流している。
「話を聞いた後、私を嫌っても、恨んでもらっても構いません。ですので、最後まで聞いてくれますか?」
「もちろんです」
シャルト様の父親は、クズの父親の兄であったが、なにをしてもクズの父親には勝てなかった。
子が生まれてもルーズ家は女の子しか生まれなかったのに、グレイ家にはクズという憎たらしい男の子が生まれた。そして、生まれた子もグレイ家の息子と比べて能力が劣っていた。
せめて子供だけでも弟には勝ちたいと思ったシャルト様の父親は、奴隷を生贄に、同じ歳のシャルト様に禁忌魔法を授けた。
禁忌魔法はシャルト様の感情の起伏に敏感で、すぐに大きくなったり静まったりする。そのため、幼い頃は制御するのに一苦労だったそう。そして、それゆえに親しい人を作らないようにしていた。だが、日を追うごとに自分では制御できないほどに大きくなる事を感じ取っていき、遅くとも学園を卒業する頃には完全に制御できなくなるだろうと思っていた。
だから、剣と魔法、どちらの実力も兼ね備えている私に目をつけた。身分も申し分ないし、いざという時には自分を殺せる力がある。それで身を守る事ができるだろうと思っていたらしい。
「ですが、いつのまにか心が奪われてしまっていたのです。その心の揺らぎが、今回のような事態を招いてしまったのです」
「そっか」
シャルト様のすみませんという言葉を遮って、私は寝ているシャルト様を軽く抱きしめる。
「シャルト様は何も悪くありません。むしろ、よく頑張ってくれました。これからは肩の荷を下ろして、笑顔で、感情のままにいられる人生を歩んでください。私も友人として、シャルト様の側にいますから」
「私は、許されるべきではありません」
「シャルト様はただの被害者です。許されるも許されないも、そもそもないんですよ。自分をあんまり卑下しないでください。明るく、堂々と生きましょう。シャルト様の明るい人生を奪う者がいるのなら、私が許しません。もっと我儘に生きましょう。私が受け止めます」
「……本当に、いいのでしょうか? こんな私が、笑っていていいのでしょうか?」
「もちろんです!」
シャルト様は初めて笑みを零した。貴族としてではなく、シャルトとしての笑顔を。
「ありがとうございます。……おそらく今回の件で、私に家の居場所はないでしょう。そもそもルーズ家事態、危うい状態になるでしょう。そんな私に、貴族のしがらみなどあって無いようなものです。ですので、女性でも構いませんよ、セレス様。火が燃え盛る茨の道を歩く準備はできてます」
「え、えっと、それは……」
「冗談ですよ。こう見えて、私は人を見るのは得意でしてね。本人が気づいていないことにも気づいたりするのです。好きな人がいるんですよね」
「……はい。好きな人がいます」
「失恋してしまいましたね。ですが、友人ができました。初めての友人です。何かあった時は頼ってください。友人として、手を貸します」
「私も、明るい人生を作る手助けをしますから、頼ってください」
「はい!」
シャルト様は、失恋したにも関わらず、付き物が取れたような笑顔を見せた。
その笑顔で、ようやくストーリーを終わらせる事ができた。
過去の私、スカーレットを救ったよ。好きな人ができたよ。大切な友人ができたよ。今までの努力、悲しみ、後悔の集大成がここにあるよ。
全部、役に立ったよ。やっと、終わったよ。
だから、応えられる。
「お呼びですか、セレス様」
「うん。単刀直入に言うね。パール、好きだよ。人として、一人の女性として好きだよ。女とか、男とか関係なく、私はパールが好き」
パールは驚いた顔を見せたまま、目から涙を零した。
「す、すみません。どうしてか分からないのですが、ずっと、その言葉を待っていたような気がしていたので」
それは、私がループしていた世界線の記憶が微かに残っているってこと? そっか、そっか。あの世界線に置いてけぼりにはしていなかったのか。そっか、よかった。よかった。本当によかった。
「返事、聞いてもいい?」
「私も、セレス様の事が好きです。男性でも女性でも、変わらずセレス様が好きです」
結果はなんとなく分かっていたけど、改めて言われると本当に嬉しい。
「ですが、少し待ってもらえますか?」
「え?」
「私、聖女の素質があるらしいのです。この髪色も、それの影響ではないかと。ですので、私が聖女として、セレス様の隣に相応しくなったら、また改めて、その、関係を進展させたいのです」
ここで待ったか。なんだか、パールらしい。
「私の隣に相応しいも何もないけど、パールがそう言うなら分かった。何年でも、何十年でも待つよ」
「そ、そんなに待たせないように頑張ります」
「うん。私も頑張る。色々と。だから今はこのままで、いつも通りよろしくね」
「はい! これからもよろしくお願いします。セレス様」
何の進展もない。何度も繰り返して手に入れたものは、日常と平穏な心だけだけど、それで良い。
だって、未来は素晴らしいものであると分かっているんだから。
「男装でやり直して良かった」
「何か言いましたか?」
「ううん。戻ろうか」
「はい!」
今度はちゃんと最期まで生きるよ。この世界で、みんなと。
長文です。読まなくていいです。
先に言っておきます。後日談等はありません。
最終話です! 読者の皆様、ここまでお付き合いいただきありがとうございます!
正直完結がこんなに遅くなるとは思っていませんでした。
思った以上に今年忙しかったり、体壊したり(あとサボり)とここまで長引いてしまいましたが、離れずに更新を待って下さった皆様には頭が上がりません。
何はともあれ、今年中に終わらせる事ができてよかったです。
せっかくの最終話ですので、ストーリーに関する事話します。
実はこの作品、最序盤の時点では、セレス闇落ちからの救われないバッドエンドにしようと思ってました。その名残がほんとーに序盤にあります。
シャルトは登場時点では悪役のつもりだったのですが、書いている内にちょっと作者が気に入ってしまいまして、どうしても救いたくて、贔屓して今の立場にいます。
ホリゾン王子、本当はもっと出番をあげたかった。性格の良いキャラはこの作品じゃ比較的不遇なんだよ。ごめん。
もしかしたら回収していない伏線があるかもしれませんが、忘れてるということは然程大したことないものだと思いますので、多めに見てください。
あと最初はスカーレットもヒロイン入りしようと思ってたのですが、話は長くなるわ、あとメタイ話被るわで、無くなりました。
ちなみにこの作品のテーマは、『なんとかなる』です。何度失敗しても、繰り返せば必ず切り口は見つかるというのをテーマに書きました。
ストーリーはこの辺ですかね。あとはキャラ設定とかですかね?
この作品、途中参入キャラとか、設定だけで終わったキャラがおず、全員初期から設定されていたキャラしかいないんですよね。
で、モデルはいないつもりだったんですけど、よく主人公は作者自身とか、作者の理想の姿とかいうじゃないですか。本当にその通りだと思いました。最初の頃は思わなかったんですけど、書いている内に、なんだか似てるな〜と。これが噂に聞く作者に似るというやつかと思いました。まああんなくさい事言ったり、煽ったりする度胸はありませんが、気に入った子には露骨に甘かったり、親しい人には軽口叩けたりする部分はそっくりだと思いました。
ちなみにセレスは結構好きです。ただ仲良くはなれないと思います。セレスと仲良くなる方法が分かりません。この作品のキャラ達って、誰と誰が仲良いから、私も仲良いってのがないんですよね。誰と誰が仲良くても、あいつ嫌いっていうのが普通にあるので。
キャラ設定はこんなもんですかね?
あとは、いいね欄は作者しか見えないのですが、セレスとスカーレットのペアがやたら人気だなと思いました。まあ書いててこの二人は人気出るだろうなと思っていましたが。
あと最終話の両思いエンド。たぶん作者が読者なら、いやそこは付き合って幸せなキスして終われよ!っと物足りなく思いますが、まあこの二人の性格上、ゆっくりゆっくり進むんだろうなって思ってこの終わり方です。
セレスは自分の事だと奥手になるし、パールはいざという時じゃないと大胆にはならないので、この二人なら、これで終わるのが正解だと思いました。
長々と書きましたが最後に少しだけ。
皆さま、本当に長い間ご愛読いただきありがとうございました。
また別作品でもお会いしましたら、更新の遅い作者だという事を念頭に入れていただければと思います。
この作品が、皆様の些細な楽しみになっていたら幸いです。
本当にありがとうございました。