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以前、スカーレットに言った。人間そんなに強くない、と。
本当にその通りだ。私は知らぬ間に弱っていたのかもしれない。
お兄ちゃんに、あんな申し訳なさそうな声を出させてしまうほど、私の様相は明らかだったのだろうから。
「私は、傷ついたらだめなのに……。どうしたらいいの? 誰か、教えてよ」
「どうしたのよ」
声のする方を向くと、スカーレットが立っていた。
「スカーレット、こんな時間まで何してるの?」
「私は図書館で勉強よ。あなたこそどうしたのよ、そんな顔して」
柔らかい、けど厳しい顔。
「ちょっと用事があってね。今戻るところだよ」
「その用事は、あなたがそんな顔になるほど追い詰められるものだったのかしら?」
スカーレットは横を過ぎようとした私の手を取り、そう言葉をかけた。
「そんな顔って、何? 貶してるの?」
自分で言うのもあれだが、ポーカーフェイスはそれなりに得意だ。だから、さっきと違って今は普段と変わらないはず。
「いいえ。むしろ普段と一緒よ。けれど、何年一緒にいると思ってるのよ。あなたはその顔で、冗談でもあんな弱音は吐かない。そんな助けを求める目をしないわ」
「どうして、そんな」
そんな断言できるのか。私に、手を伸ばしてくれるのか。
「以前、私に言ったわよね。人間は自分が思っているほど強くない。頼ってほしいって。人にそう言うのなら、まずは自分で手本を見せなさい」
スカーレットは私の心を締め付ける縄を一本一本、丁寧に解いていくようだった。だから私も、流れるように言葉を吐く。
「取り返しの、つかない事をしちゃった」
スカーレットは私の背後にいたまま、手を繋いだまま、静かに聞く。
「今日、パールに告白、的なのをされた。本気の感情だった」
「そう」
「軽口だった。パールなら、軽く流してくれると思ってた。パールの気持ちに気づかなかったから。友達としか思われてないと思ってたから」
「なんて言ったの」
「あの二人に渡るくらいなら、私が、僕が幸せにしたいって言った。でも、本当に冗談のつもりだった。冗談、だけど、言葉に嘘はない。友達として、側にいて幸せにしたいって思った」
スカーレットは私の前に立ち、呆れたと言わん顔を見せた。
「見た目と声だけ男になっても意味ないのよ。セレスは男になりきっていなかった。あなたの爪の甘さが招いたこと」
「うん」
「セレスはどうしたいの?」
「わ、私は……」
どうしたいんだろう。どうするのが正解なんだろう。
「私が言えることは一つよ。けじめをつけなさい。それ以上もそれ以下も言えないわ。こうなった以上、まずは女と教えなさい。そうしないと進まないでしょう。その後はセレス自身で決めなさい。答えるなり断るなり。ただ、我慢することだけはやめなさい」
「うん、うん。ありがとうスカーレット」
分かりきっていたこと。分かりきっていたけれど、分からなかった答え。それをスカーレットがはっきりと示してくれた。なら、私にできることは玉砕覚悟でパールと話をすること。
うん、そうしよう。スカーレットの件が終わってから!
「もう大丈夫。スカーレット、帰ろ」
「ええ」
パールに対する不安、そしてスカーレットが与えてくれたほんの少しの安心感を抱きながら、私はベッドに横になった。




