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本日は良いお出かけ日和。気を使わずに済む相手なら、どれほど良かっただろうか。
服もわざわざ一着買ったし、お姉ちゃんに身だしなみを整えてもらった。
うん、問題ない。
「セレス様、お待たせしてしまい申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。丁度今来たところなので。それでは行きましょう。馬車も用意してありますので」
「はい」
◇◆◇◆◇
馬車に揺られる事一時間。私達は王都までやってきた。
「お手を」
「ありがとうございます」
いくら今が男だからとはいえ、エスコートすることに少々違和感を感じる。
ま、されたこともないけど。
「王都はどうでしょうか?」
「とても広いですね。店も多く、目移りしてしまいます」
「それは何よりです。気になるお店がありましたら、構わずおっしゃってください」
「はい」
私達は馬鹿に教えてもらったいくつかの店を回った。私はシャルト様が特に気に入ってそうな物を購入し、これまた馬鹿おすすめのレストランで食事をする。
「さすが、セレス様がお選びになられたレストランですね。思わず舌が鳴ってしまいます」
馬鹿が出した候補から選んだだけだけどね。
「このレストランは美味しいと評判でしたので、一度来てみたかったのです。お気に召されたようで何よりです」
食事を済ませ、私はシャルト様に一言断って一旦席を立つ。
「お会計をお願いします」
「会計をお願いする」
「いつも通りで」
一体どこから湧いて出たのか、三人で一斉に伝票を出す。
「なんであんたらがここにいんの?」
「チビこそ、どうしてよりにもよってここを選んだんだよ」
「俺は君の助言に従ったまでだ。そういう事だから、君は俺に会計を譲るべきだ。そうだろう」
どうしてこいつはさも当然ですという顔が出来るのだろうか。
「いや、どう見ても僕が先です。相手を待たせてしまっているので」
「それなら俺も同じだ」
「そもそもあんたは一体誰と来たの?」
「お前には関係無いだろ」
「じゃああんたは一番最後ね。すみません店員さん、お会計お願いします」
二名からぶつくさと文句を言われたが、構わず払ってシャルト様の元に戻る。
「すみません、お待たせしてしまい」
「構いませんよ。では、会計を済ませましょうか」
「もう済ませているので大丈夫ですよ。それよりも、他に行きたいところはございますか?」
「え、いえ、お支払いしますよ。私が誘ったのですから」
「少しは顔を立てて下さると嬉しいです」
「……では、お言葉に甘えさせていただきます。ありがとうございます」
それから私は、またあいつらに会わないよう、周りを窺いながら色んな店を見て回った。
「日も暮れ始めましたね。そろそろ帰りましょうか。最後に行きたいところはございますか?」
「そうですね、二人になれるところに行きたいです。広々としている閑静なところとかどうでしょうか」
二人か。二人で出かけると言っても、一応私も含め貴族。私服護衛が周りにしっかり張っているから、二人とは言い難いお出かけではある。
二人になるのは贈り物を渡すには丁度良いかもしれない。うん。
「分かりました。では少し移動しましょうか」
◇◆◇◆◇
私が選んだ場所は幼少期にスカーレットと来た森の中の花畑。あの頃は本当に純粋な幼女で可愛かったというのに。
「今、誰かに失礼な事を思われた気がします」
「差し詰め、あのお節介貴族だろう」
聞こえた。聴き慣れた声と忘れるはずのない憎たらしい声が。
「そうですね。セレスくらいしか私に失礼な態度は取れませんから」
「あいつは初対面から俺に失礼な態度であった」
お前には言われたくない!
「セレスは昔から、女性には甘く、シナバー様以外の男性には厳しいですから」
「女好きか。やはり変な奴だな」
失礼な! お兄ちゃん以外の男が好きじゃないだけやい!
「でも、良い人ではあります」
まずい、近づいてきてる。こうしてられない。
「シャルト様、こちらに来てください!」
私はシャルト様をお姫様抱っこして、木々の中に隠れた。
「セ、セレス様?」
「ごめんね、二人になりたいって言ってたのに」
「いえ、今の状態も二人っきりと言って差し支えありません」
「シャルト様が問題ないのであれば良かったです」
「……あの、セレス様。本日はありがとうございました。私、何度も殿方とお見合いという形で出かけた事がありますが、こんなに楽しかった事は初めてです。そして気づいたのです。私はやはり、セレス様のことが──」
シャルト様が何か言おうとしたタイミングで、クシャッと葉を踏みしめる音が聞こえた。
驚いて顔を上げると、馬鹿がいた。だけど、私の目は別の者を捉えていた。馬鹿の背中に隠れるようにいる彼女、パールを。
「パール? どうしたの、こんなところまで」
「いえ、あの、すみません」
私はパールを安心させようと、顔の力を抜く。
「何を謝ってるの? パールは遠慮しすぎだよ。周りが貴族ばかりで気が張るだろうから、僕の前では力を抜いて。
それで、なんでお前がパールと一緒にいるんだ」
「あ? それはパールが──」
「アラゴン王子様!」
パールは馬鹿の腕を自分に寄せ、言葉を遮った。
──ズキっ
…………ズキ? なんだろう、今の。
「おっと。ま、お前らが出かけるって聞いて暇だったから、俺が誘ってやったわけ。パールも寂しそうにしてたしな」
「寂しかったなら、昨日でも明日でも相手したのに。なんなら明日時間あけようか?」
「いえ、明日は用事がありますので」
「そっか、それは残念」
そんな事を話していると、腕を引っ張られた。
「セレス様、行きましょう」
「あ、ああ、すみません。ごめんパール、もう行くね。また明日」
シャルト様は私の腕にこれでもかというほど強く掴まっている。まるで、私がどこかに行くのを阻止するように。
「……あの、セレス様! 一度断っておいて失礼だとは思いますが、明日、少しだけお時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
パールのお願いに私は頷いて答えた。
◇◆◇◆◇
帰り道。馬車の中は行きと違って静かだ。
シャルト様が話さないので、自然と私の口も開かない。
「セレス様」
「どうしましたか?」
やっと出したシャルト様の声は震えているように感じた。
「セレス様は現在、婚約者はいらっしゃいますか?」
「いませんよ」
「そうですか。私は、セレス様の事が好きです。心よりお慕いしております。どうか私を、セレス様の婚約者として、隣に置いてくださいませんか?」
瞳は潤み、握られている私の手からシャルト様の鼓動が伝わってくる気がする。
だけど、私が出せる答えは一つしかない。
「申し訳ありません。それだけは、応えることができません」
「……あの平民ですか?」
「へ?」
「セレス様はあの平民のことを好いていらっしゃるから、私との婚約は受け入れられないのでしょうか?」
一体どうしてそんな思考回路になったのだろう?
「いえ、彼女はただの友人ですよ」
「でしたらなぜ、私のことを拒むのですか?」
「そ、それは……」
そもそも私女だし。なんて言えないし。
「シャルト様ならもっと良い方がいらっしゃいますよ」
「いたら、もう出会っております」
あーどうしよう。どうしよう。 ……そうだ! お姉ちゃんが言ってた!
「えーっと、まずは正式な手順を……」
「既に踏んでいるではありませんか。貴族交友の場での見合いの取り付け。たしかに目的は別ですが、あの場で出かける約束を取り付けたということは、貴族一般から見ればそういう事です」
うそ、そうなの? え、言い方悪いけど嵌められたって事?
「もう、いいです。私を拒む理由はなんとなくでしょう。これなら平民の事が好きだからと言われた方がましでした」
「あの、シャルト様」
「安心してください。もう写らないようにします」
「そこまでしなくて……も」
その時見たシャルト様の目はとても冷たく、先程までとは別人のようだった。
ハイライトが無くなった目を、現実で見た気分。
◇◆◇◆◇
あれから私達の間に会話は無かった。悪い事をしたとは思っている。だけど、私は女なのだから仕方がないじゃないか。そうやって、一人で言い訳をする事で心の安寧を保っている。
「あ、プレゼント」
渡して少しでも機嫌を直してもらおうかと考えた。だけど、また彼女のあの目を見る勇気は私にはない。
馬鹿のあの時の言葉が頭の中に響く。
──少し、悪い予感がする。
もうすぐ完結します。今忙しいので、作者のやる気と体力次第で今月中に終わるかが変わります。個人的に本編は今月中に終わらせたい。




