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私は連れられるまま、シャルト様の部屋に入る。
「今更ですが、セレス様は紅茶をお飲みになりますか?」
「はい。好きです」
「それは良かったです。実は送られてきた茶葉が多く、一人では飲みきれなかったのです」
「アッシュ様はお誘いしないのですか? たしか従兄妹でしたよね?」
シャルト様は紅茶用意しながら苦笑いをする。
「彼は、たとえ従兄妹であろうと家族であろうと興味を示さない方です。誘っても断りはしないと思いますが、楽しくありませんから。話を振っても返事は返ってきませんし。それなら、まだ感情が元々ない人形とお茶会したほうが楽しいですよ」
「他にご友人は?」
「それは意地悪ですか? それともただ純粋な質問ですか?」
あ、地雷っぽい。
「申し訳ありません」
「大丈夫ですよ。私はあまり必要最低限以上人と親しくするべきではないと思っておりますので。ほんの少しでも気を許してしまうと、言わなくてもいい事を言ってしまうでしょう。たった一つの言葉が地位を脅かしてしまうかもしれない。ですから、私に貴族の付き合いはあっても、友人はおりませんよ」
ほお、なるほど。そんな事考えもしてこなかったな。
「ちなみにシャルト様は、平民に対してはどうお考えでしょうか?」
「立場を弁えて、何の害にもならなければ好きにしていいと思っています。お茶の準備も整いましたので、ぜひお召し上がりください」
「ありがとうございます」
その日いただいた紅茶とお茶菓子はかなり美味しかった。
◇◆◇◆◇
次の日、私は馬鹿を捕まえて良い店などを聞き出す。
「姉貴に聞けば良いじゃねーか」
「あんたと違ってスカーレットは真面目だから町に詳しいわけないじゃん」
「じゃあ姉さんにでも頼れよ」
「お姉ちゃんは服屋と化粧品店しか行かないから無理。てか別に教えるのに渋る必要ないでしょ」
「まあな。だが、相手が気に食わねえ」
「それは僕だからって事か?」
そう言うと、馬鹿はほんの少し眉を顰めた。
「ばっか、ちげーよ。女の方だよ。あのシャルトっていうやつが気に食わねえんだよ」
「なんでよ」
「こう見えても、俺は女に詳しい」
ドヤ顔でそんな事言われてもなぁ。
「だからこそ分かるんだ。良い女と悪い女が。シャルト、あいつは間違いなく悪い女だ」
「だけど僕の、コロール侯爵家としての面子がある。誤りとはいえ、一度約束した事を無下にはできない」
「俺が言ってやろうか?」
「これはただの同級生同士のやり取りに見えるが、実際は家同士のやり取りだ。つまり、却下だ。あんたはともかく、スカーレットとホリゾン王子に手間は掛けさせたくない」
その答えを聞くと、馬鹿は明らかにイラつき始めた。
「あーそうかよ。分かった、良い店教えてやる。ただ一つ約束してくれ。自分の人生を犠牲にはするな。分かったな」
「……昨日からちょくちょく良い事言ってるけど、それ絶対娯楽小説のセリフでしょ」
そう聞くと、馬鹿は顔を真っ赤にした。
「んなのどうでもいいだろ! お前は俺の言うことを聞いとけばいいんだ!」
出たよ、俺様系王子の弊害。
「はいはい。とりあえず店教えて」
「本当に分かったんだろうな……」
馬鹿は渋々ながらも店の候補をいくつか教えてくれた。
偶には役に立つじゃん。
◇◆◇◆◇
「少しいいか?」
授業が終わったから部屋でのんびりしようと思ってたのに、クズに呼び出しを食らってしまった。
「スカーレットの件?」
「そうだ。言われた通りにしたんだ。協力するのが筋というものだろう」
何で非常識な奴に上から目線で言われなきゃいけないんだろ。
「あーそうですね。それじゃあ場所移るよ」
「ああ」
場所を移したので、私はスカーレットの事を教える。
「スカーレットは自分が興味あるものに対しては五秒以上見つめるか三回チラ見する。これさえ覚えとけばいいよ。つまり、あんたはしっかりとスカーレットの事を見ておく。いい?」
「ああ」
「あと、食事はあんたが払う事。会計はスカーレットが気づかないようにこっそり済ませる。分かった?」
「ああ。それだけか?」
「最後にプレゼント。スカーレットが一番長く見ていた物をプレゼントする。分かってると思うけど、本人が見てる前でしない」
「俺を何だと思っている。それくらいの心得はある」
ムッとした表情でそんなこと言われたが、あんたに対する信頼なんてこちとらゼロだわ。




