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いつものように部屋を出て、いつもより早く登校する。
「セレス様、おはようございます」
挨拶してきたのはシャルト様だ。
「おはようございます、シャルト様」
私がそう挨拶を返すと、少しこちらの事を伺っている。何か付いているのかとしばらく考えて、ようやくお出かけの事を待っている事に気がついた。
「シャルト様、直近で都合の良い日はございますか?」
そう聞くと、シャルト様は安心したのかほっと胸を撫で下ろした。
「今週末でしたら都合がつきます」
「では、その日に出かけるとしましょう。どこか行きたい場所などはございますか?」
「いいえ。私はカラー王国について詳しくはありません。ですので、セレス様に任せてもよろしいでしょうか?」
「ええ。では、詳細は手紙を送らせていただきます。共に出かけられる事、楽しみにしております」
「こちらこそ。それでは、失礼します」
彼女が見えなくなったところで、ようやくまともに息が出来た気分。
「はあ、どうしてこんな事に。私だって店知らないよ。お姉ちゃん……いや、だめだ」
お姉ちゃんは服屋と化粧品店だけで丸一日潰せる猛者だ。ていうかそれ以外の目的で外に出たりしない。このことに関しては頼りにならない。
スカーレットも町にはあまり行かないから無理だろう。
何も知らない人とのお出かけ予定を立てるのってこんなにも難しいのか。
「はあ、仕方ない。あいつしかいないか」
私は一人だけ心当たりがある奴に、放課後聞く事にした。
◇◆◇◆◇
教室に入ると、すでにクズとスカーレットは席についていた。
クズはちゃんと誘ったのだろうか?
「スカーレット、おはよう。……スカーレット?」
「あ、はい、あ、セレスじゃないの」
「どうしたのスカーレット?」
「セレス、私熱があるみたいなのよ」
「え⁉︎」
スカーレットの額に手を当て、脈も測ったが、至って普通だった。
「大丈夫そうだけど、気分悪いなら休む?」
「そうじゃないのよ。むしろ逆よ。今日、アッシュ様に話しかけられて、今週末出かける事になったのよ」
スカーレットは照れたように、嬉しそうにそう言った。
あいつもちゃんとやったのか。
だけど、人に言われてから実行しただけだし、おそらくパールの名前を出さなければ聞くだけだっただろう。そう思うと、喜んでいるスカーレットを見ると心が痛む。
「良かったじゃん」
私は棒読みのこのセリフを言うことしか出来なかった。
「どうしたらいいのかしら? その、格好とか、礼儀とか」
「いつものスカーレットでいたらいいと思うよ。どこ行くの?」
「決めてないわ。アッシュ様にも聞かれたのだけど、私、町に詳しくないから答えられなくて……」
「そっか。でもまあ、楽しんで」
「ええ」
スカーレットの笑顔を見て、私の差金だとバレてはいけない。墓場まで持っていってやる。そう決心した。
◇◆◇◆◇
授業も終わり、私は週末のアドバイスを貰おうと隣の教室の扉前で待つ。
「セレス様? ここは隣の教室ですが、用があるのですか?」
「あ、パール。いや、別に。パールこそどうしたの?」
「私はアラゴン王子様と娯楽小説について語り合う約束がありますので」
え? あの馬鹿と? それはまずい。二重の意味でまずい。別の日にする?
そう考えていたのに、タイミング悪く扉が開いた。
「あ? 何してんだチビ。パール、お前が誘ったのか? 俺の許可なく?」
「違う。それに、もしそうだとしてもパールが僕を誘うのにわざわざあんたの許可を得る必要はない」
「そーピリピリすんなよ。お前ちょっと過保護だぞ」
「そんなんじゃない。はあ、実は心底癪だが、あんたに助言を──」
「セレス様?」
本当に今日は色々と悪いことばかり。
シャルト様の前で流石にお出かけコースを相談する事はできないよ。
「ご機嫌ようシャルト様。どうしましたか?」
いつものように笑顔を浮かべ、私は丁寧に接する。
「いえ、こちらにいらしていたものでしたので、少々気になりまして」
「今日は用がありましたので」
「それはもう済んだのですか?」
こういう失敗できない選択は嫌いだ。彼女の目は私といたいと言っている。だけど、私の心は馬鹿に相談したいと言っている。
どうすればいいのか、そんなのもう決まっている。私と彼女の間には、地位という厄介な壁があるのだから。
「はい、シャルト様のお顔を伺えましたので」
「口が上手いですね。ですが、そう言っていただけて嬉しいです。少し、お茶でもしませんか? 実家から良い茶葉が送られてきたのです」
「……はい、喜んで。鞄持ちますよ」
「ありがとうございます」
鞄を受け取り、両手を塞ぐ。シャルト様が手を伸ばしてくるのを阻止するためだ。
しかし、シャルト様は腕に抱きついてくる。
パールに誤解されそうだから正直振り払いたいところだが、そんな事できない。
「あの、セレス様」
「パール、また明日」
足を進めようとすると、馬鹿が肩を掴んで引き止める。
「おいチビ」
「何?」
「用があるんだろ」
「……今度ね」
「そうか。いいか、俺のことが嫌いでも良い。だが、これだけは忘れるな。──笑顔にする女と泣かせる女を間違えるなよ」
そう小声で言い、手を離す。
──分かってるよ。




