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私の声を聞いたお兄ちゃんは、少々困惑した表情を見せた。
「えーっと」
あ、そうか、お兄ちゃんはこの姿を見たのは初めてなのか。
「セレス、兄妹とはいえ、頭を下げて感謝するのは紳士も淑女も関係なく、当然のことよ」
スカーレットナイス! お兄ちゃんも納得した表情になったよ。
「別に構いませんよ。セレス、随分と立派になりましたね。それでは今度のパーティーに着ていくタキシードがないのでは? セレスの歳になると、急に成長しますから」
「うん、それに困ってたんだよ。だからお姉ちゃんかお兄ちゃんに見てもらおうかと」
「それも良いですが、どうせならご友人に見繕ってもらう方が良いと思いますよ。僕やカナリアでは、普段と変わらない代物になるので」
お兄ちゃんは三人を見た。今まで兄姉とスカーレットしか気軽に話せる人がいなかったから、私にせっかく出来た友達との仲を大切にしろと言いたいのだろう。一人違うけど。
「分かった、そうするよ。ありがとうお兄ちゃん」
「こちらこそ、セレスの顔が伺えて良かったです。カナリアにもよろしく伝えてくださいね。皆さん、不束な弟ですが、今後ともよろしくお願いします」
お兄ちゃんは頭を下げて、この場を後にした。
「ほんと、いつ見てもセレスのお兄さんとは思えないほどしっかりしているわね」
「僕がしっかりしてないって言いたいの?」
「財布を盗られたのだから説得力がないわ」
うう、それもそうだ。
「仕方ありませんよ。先程の方、魔法を使っていましたから。それもかなり完成されていたものです」
「気づいたのか?」
「はい。良くない気配を一瞬感じましたので」
良くない気配を一瞬……。これってあれ? よくあるシナリオ変えたせいで起こる弊害的な? 勘弁してよ〜。
「禁忌魔法の一種かしら? もしそうなら術者を捕らえなければ。シナバー様は捕らえたとおっしゃっていたわよね。詳しく話を聞けないかしら?」
「なら走って追いかけるよ。今なら追いつける」
私は列を抜け出し、お兄ちゃんが歩いていった方に走り出す。
辺りを見回しながら探していると、お兄ちゃんが走ってこちらに向かって来ていた。
「ああ、セレスですか。こちらにローブを羽織った不審な人物は来ませんでしたか?」
「い、いえ、それより先程の盗人について聞きたいのですが」
「その人物が盗人なんです。友人に捕まえてもらっていたのですが、いつの間にか消えていたようで。どうやら相手はかなりの手練でしょう」
「あの、お兄ちゃん、禁忌魔法の可能性は?」
「禁忌魔法? なるほど、それなら。……分かりました、少し頼れる人物に相談します。セレス、今すぐ帰りなさいなんて言葉は言いませんが、十分気をつけてください。念のため、財布に異常がないかも調べるようにしてください。カナリアなら良い人物を見つけてくれるでしょう。では、僕は犯人を探しに行きます」
お兄ちゃんはそのまま走って去っていった。
列に戻ると、もう順番が呼ばれているタイミングだった。
「どうしたのよ、浮かない顔をして」
「ああ、いや」
お兄ちゃんの言葉が引っかかる。異常がないか、か。たしかに、私の財布一つ盗む為だけに禁忌魔法を使うのは少々大袈裟な気がする。ていうか私よりスカーレットの財布の方が豊かだし。
「パール、ちょっとこの財布触れてもらって良い?」
お姉ちゃんに人を紹介してもらわなくても、後に聖女となるパールなら何か分かるはず。
「何か感じる?」
「何かと言われましても、私にそのような力はございませんので。強いて言いますと、なんだか監視されている気分になります」
パールの言葉に興味を持ったスカーレットが半ば強制的に財布を持つと、首を傾げた。
「特に何もないわよ。セレス、あなたもしかして昨日の仕返しとでも思って変なこと吹き込んで無いわよね」
「僕はどこぞの誰かさんと違って優しいからそんな事しない」
そんな会話をしていると、横にいる盲目貴族が私の方を見た。
「君も婚約者がいるのか?」
「……は?」
あ、やば、意味が分からなすぎて変な言葉が出た。
「セレスという婚約者がいるのか?」
こいつには盲目だけでなく難聴も付け足してやろうか?
「セレスは僕の名前です。しっかりと名乗りましたよね?」
そう言うと、難聴盲目貴族は何事もないかのようにケーキを口にした。
「そうだったか。君に興味など一切ないから一々聞いていなかった。それと、あまりにも女々しい名前であるから、コロール家としか認識していなかったのだろう」
こ、いつ。澄ました顔でなんて酷いことを。もうこいつはクズでいいや。クズ貴族だ。
「あの、アッシュ様、流石にそれはセレス様に失礼だと思いますよ」
パールに言われて顔を上げ、少し考えた素振りを見せてこちらを見る。
「すまなかった。お詫びにここの会計は君ではなく俺がもとう」
最後の最後まで腹立つやつだな。二人は私が奢るつもりだったから良いとして、元々あんたも奢られるつもりだったのかよ!
なんだか、ケーキ食べて癒されるつもりが、余計に疲れを溜めた気がした。




